コロナ備忘録 2020/05/24 とテラスハウスについて
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コロナ備忘録 2020/05/24 とテラスハウスについて

菊川裕也

(*写真は5/24 井の頭公園。
この文章では東京在住の一市民がコロナショックの時にどういうことを思っていたか書き残しておく個人の見解の備忘録です。専門的な知識はなく情報に信頼性等はありませんのでご注意ください。)

今週には緊急事態宣言も終了し、日本での今回のコロナウイルス騒動は(第一波については)一度落ち着きそうだ。もちろん変異しやすいという話や第二波の方が危険らしいという話はよく聞くし実際そうなのだと思うけど、少なくとも第一波については日本は結果的にかなりすくない被害で食い止めることができたのだと思う。

緊急事態宣言に入るようなタイミングでは、もちろんウイルスに恐怖を感じながらも、社会が進歩する大きな機運に興奮している部分があった。漏れ聞こえてきていたウイルスの性質を鑑みると、社会が大きく前進して感染を食い止めるか、社会が前進できずに感染が広がって大きな被害が出て、その後社会が強制的に前進するか、の2択しかないと感じたからだ。ただ、現実はそうではなかったと思う。思った以上になし崩し的に物事は進み、日本人は運良く抗体を持っていたのかどうかもよくわからないけど思ったより感染は広がらず、気がついたら緊急事態宣言を解除できるレベルに感染は収まっていた。この間政府はマスクを二枚ずつ配ると決めて炎上するも断行して結局ピーク時には届かなかったり、検事長の定年を延期することで炎上するも断念した直後に文春砲で賭け麻雀が暴露され訓告されるなどしっちゃかめっちゃかだが、支持率が大きく下がったくらいで大規模なデモやテロも起こらず平和な様相が漂っている。現在進行形で多くの人が失業していたり特定の業種の人が著しく損をするような決定が乱発する中でこれほど平和な空気感であることが日本の良さと悪さを表していてもやもやする。多分日本という社会は老衰しかけてるのだと思う。争ったり再生するエネルギーが足りていないと思う。ただまあ、圧倒的に国に足りていないものを自覚するにはやはり良い機会になったんだと思う。


先日テラスハウスに出演している木村花さんがおそらく自殺でなくなった。現在日本で一番シェアのあるnetflixで一番人気のあるリアリティショーの現役登場人物が亡くなったのだからなかなか大きな事件だと思う。僕は別に花さんの大ファンと言うほどではないけどnetflixでテラスハウスはほぼ毎週見ていたし、登場人物として比較的好きだったのである程度ショックを受けている。

個人的にテラスハウスに感じていた面白さは、ショーと現実社会が地続きにつながっていることだ。テラスハウスの住人たちはそれぞれに露出する目的を持って出演していて、それぞれがSNSを使ってファンを獲得して行って、卒業後もその知名度を使って仕事をしていくことが多い。テラスハウス内で人気を得ればその後インフルエンサーとして相当な影響力を持つことができるし、逆にテラスハウス内で悪役になると他の場面の生活でもアンチがまとわりついてしまうことになる。現代ではSNSにおける知名度やキャラクターが人生に与える影響を与える影響は非常に大きいわけで(実質それだけで食っていくこともできるだろう)、彼らはテラスハウス出演後にはそれまでの人格以上にテラスハウスで付けられたキャラクターの印象に沿って仕事をしていくことになるだろうから、ある意味でそれまでの人生を捨ててテラスハウスのキャラクターになってその後を生きていくことになる。それは言い過ぎだろ...と思った人は過去のシリーズで悪役になってしまった人の現在のSNSを見てみるといいと思う。数年経った後でもアンチはSNSに張り付いてかなりシビアなリプライを飛ばし続けている。その状況はかなり辛いと思うけどそこで得た知名度が仕事にもなっているのでやめられないのだろう。要はかなりタフな仕事なのだ。相当タフでハイリスクハイリターンな仕事なのだが、今回はそのネガティブな側面が最悪の結果を生んでしまった。

テラスハウスの厄介だなと思うところは、毎回冒頭に「脚本はない」というのだけれど、「演出はある」ということだ。多少注意して観てる人はみんなわかることだけどあらゆる場面は事前にカメラやマイクが完璧に仕込まれていて、映画並みのカメラワークでリアルに進行していく人間模様を捉える。おそらく本当に脚本はないのだろうけど、リアルタイムに登場人物と制作サイドが話し合ってドラマを作っているのは明白だ。ただ一方で明らかに、演者は演者でもあるにもかかわらず、自分たちの映像がその後どのように編集されて公開されるのか収録段階では知らせれてないのだろう。収録から公開までに数ヶ月の時間差があるという絶妙な設定によって、視聴者は登場人物のSNSを通じてリアルタイムの物語としてショーを見ることができるし、一方で演者は今の自分の行動が善者として演出されるのか悪者として演出されるのか、そもそも今自分がやっていることが放送されるのかもわからず、結果的に自分を晒してしまうことになる。おそらくだけど編集にはそれなりの悪意があり(僕もそれを楽しんでいるから加担している)、数ヶ月の中でいい部分だけを切り取ればその人は人気者になるし、悪い部分をつなぎ合わせればヒールが誕生する。観ている人はわかると思うけど結局視聴者も視聴者側に立っている感想を言う芸能人たち?も、リアルにリターンとリスクを背負っている演者たちの人生そのものをショーにして楽しんでいるのだ。だからこそテラスハウスは特別おもしろかったとおもうし、自分もそこにハマっていたのだと思う。今回のことはその延長線上なのだ。

演者は自分の人生に大きい影響を与えるのだから誰もが悪者には映りたくないと思うが、おそらくその身になってみないと、放送されてみないとどう映るかわからないような仕組みなのだと思う。おそらく本当に演出側の意図次第でなんとでもなるのだ。数ヶ月後放送された時に自分が悪者になっていることに気づいた人は大概傷つき、キャラを大きく変えていく。ただキャラを変えて行ったところで山ちゃんには真理を突かれるし、SNSのアンチも逃さない(ちなみに山里さんはタレントとして番組の部品として優秀にワークしているだけなので、個人に対して否定すべきことは何もない)。自分がその立場になったらと思うとぞっとする。本当にタフだ。もちろん本人が自分の意思で参加するのだけど、20歳前後の若者が本当にリスクとリターンを理解して出演しているのか不安だ。

なにがなんであろうと自殺はどうしようもないと思う。絶対に止めなければいけなかった。現実の人間関係もそれができないような状態だったのだろう。僕はめんどくさくて匿名のSNSをやったことがないので(実名のSNSもめんどくさくなってしまっていて本当に現代に向いてない...)今回のような流れに疎いのだけど、ソーシャルにどうしようもなくなった人が新しい人格としてやり直せるような仕組みやノウハウは絶対に必要だと思う。SNSは事実上無法地帯だ。
それにしてもなぜtwitterはこんなに市民権を得ているのだろう。なぜ2ちゃんねるについてはあれほど匿名の書き込みは危険という話題があったのに、twitterの匿名の書き込みが少し増えただけで炎上として社会的なものごとのようにとらえるようになったのだろう。実名で顔晒している人のアカウントと、匿名のアカウントが平等に扱われることは本当に平等と言えるのだろうか?

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菊川裕也
スマートフットウェアを開発するスタートアップORPHE Inc,のCEO / Founderをやっています。日本で成功例の少ないハードウェアスタートアップの酸いも甘いも共有していければと思っています。趣味でバンド(The Davos)をやっています。