見出し画像

日本酒とオフフレーバーを考える

こんにちは、ボンです。

今日は前回みたいに特定の話題について長々と書いていきます。その話題というのは…そう、「オフフレーバー」です。オフフレーバーについては先日自分がしたこんなツイートに対して多くの方からリアクションをいただきました。

様々ご意見があるかと思いますが、まずはこのツイートの種明かしから。

こんなツイートをしといてあれですが、僕自身、オフフレーバーを指摘しながら日本酒を飲むユーザー層なんてほぼいないと思ってました。もちろん「この酒、ちょっと苦手だな」という感想には、なにかしらのオフフレーバーが原因として絡んでいるとは想像がつきます。

例えば「アルコール臭い」であれば高級アルコールを感じとってたり、「乳臭い」であればジアセチルを感じとってるみたいな…。ただそれらを「うーん、高級アルコール!w」「うーん、ジアセチル!w」と指摘している人はほとんどいないでしょう、という話です。

ところがツイートに対する反応を見てみると、ほとんどが共感や同意の類のものばかり。みんなそんなにオフフレーバーを意識しながら飲んでいるのか、業界関係者の方はそういったシーンに出くわすことが多いのかと正直びっくりしました。半分くらいは「言うほどオフフレーバーを指摘しながら飲んでる一般消費者なんているか?」「オフフレーバー、なにそれ?」で埋まると思っていましたが…。

まだまだ青二才の自分ですが数年この仕事をしている中で、「個性的な味わい」と言い換えられるこれらの指摘に対し、過敏になっているなあと思ってます。

日本酒の利き酒はどんなシーンでも減点法で行われることが多い、とても極端に言えばオフフレーバーを指摘しまくってなんぼの世界です。結果「欠点が少ない酒こそおいしい酒」という認識が業界に定着し、それをベースにしたプロモーションが行われるようになった。

それがツイートで言う「末路」という表現です。それらの酒が全盛を極めた時代は、日本酒に対するイメージを良い意味で変えたと思っていますし、新規ファンの創出に多大なる貢献があったのは紛れもない事実です。ただそこに偏重しすぎたばかりに、その枠組みから外れる酒は「おいしくない酒・悪い酒」という認識が一時的に広まったのもまた事実です。

なにか特定の酒が人気になるたびに価値観がそちらの方向に一気に傾いていくのは、無数の呈味成分が複雑に介在し、私たちを五感で楽しませてくれる日本酒という飲み物にとって非常に損な出来事だと感じてなりません。

「良い酒」とは?

デパートで試飲会をしているとよく目にするシーン。720ml5000円の大吟醸、720ml1200円の純米酒が並んでいた時、そこまで日本酒に詳しくないお客様が贈答用で酒を買おうとすると、ほぼほぼ前者を選びます。それには「進物品として恥ずかしくない価格のものを」という、味わいには関係のない要素も絡んでいるのですが、必ずと言っていいほど次のような質問をセットでいただきます。

画像2

「こっちの方が良い酒だから酒好きは喜んでくれるよね」

これには毎回、返答に困ってしまいます(笑)

大体720ml5000円の大吟醸酒というのは、各蔵が鑑評会出品酒用に仕込んだタンクから選抜されていることが多いと思います。鑑評会出品酒はオフフレーバーを指摘されない、つまり欠点のない酒を目指して造られた酒なので、そういう意味では良い酒で間違っていないです。

しかし1200円の純米酒が5000円の大吟醸より悪い酒かと言われれば決してそんなことはなく、鑑評会では評価されないけど、自分たちが目指す味わいをしっかり表現した自信の酒です。けっこう日本酒ファンの間ではこのクラスの大吟醸について意見がわかれるところで、「量が飲めない、甘い」といった感想を持つ人も少なくありません。

このことから何が言いたいかというと、「結局酒は嗜好品なので、なにを良い酒・悪い酒と判断するかは人それぞれ判断基準が違うため一概には結論付けられない」という身も蓋もない話です。

話をオフフレーバーに戻すと、人によってそれをオフフレーバー・欠点と認識する基準も違います。欠点を多く感じれば自分にとってそれは「悪い酒」となるのが自然かと思いますが、じゃあそれが世の中全般で粗悪な酒と認識されているかというとそういうわけでもないのです。

そもそもオフフレーバーとは何か?

ここまで「オフフレーバー」という言葉を当たり前のように使ってきましたが、これ、そもそも何を指す言葉でしょう。佐藤吉朗氏の「食品オフフレーバーの事例紹介」(『日本食生活学会誌』第27巻第3号、2016年)という論文にはこのように書いてあります。

”その食品にもともと存在しない臭気成分の付加や、食品が有している一部の臭気成分の増加や減少、ないしは臭気成分全体のバランスの変化により感じられる『におい』であり、食品についての各人の経験や期待に基づく各人の『潜在的な基準』から、臭質や濃度が逸脱していると判断された場合に顕在化する『におい』”
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jisdh/27/3/27_143/_pdf/-char/ja

僕はめちゃくちゃしっくり来るんですけど、みなさんはどうでしょう。つまりオフフレーバーというのは明確に誰かが決めた風合いではなく、生産者あるいは消費者それぞれに委ねられるもの、と言えるのではないでしょうか。

例えば生卵から漂う腐卵臭は誰がどう見たってオフフレーバーですし、そういった類のものについては個人差・個体差というのはないと思います。酒で言えば火落臭とかがそれにあたるでしょうか。(※火落ちクラスタの存在は把握しています…(笑))

ですがそれ以外のオフフレーバーについては、間違いなく各人の主観が介入しています。蔵元が「この酒はこういう酒だ」とビックダディ風に語れば、オフフレーバーにはならずその酒の「個性」となります。しかしその酒を飲んだ消費者が「日本酒にこんな風味があるのはおかしい!」と思えばオフフレーバーとなります。

逆に蔵元が「この酒、こんなだっけ…?」と感じればオフフレーバーにカウントされ、消費者が「元々この酒はこんなじゃないけど、この香りもまた面白いよね」と感じればそれはオフフレーバーではない、ということです。

「まだ言っている意味がわかんないよ」という人のために、このジャンルの話をするときに必ず思い出す酒があるのでその話をしましょう。入社2年目の春ぐらいだったでしょうか。

固有名詞は出しませんがその銘柄は、まあざっくり言えばめちゃくちゃ個性的な酒が多く、めちゃくちゃファンがついています。有名酒販店・飲食店でも多数取り扱いがありますが、僕はぶっちゃけその酒が苦手です。

どう個性的かというと、「獣臭」と呼ばれるようなちょっと野性的な臭いを感じます。あとは「生老(なまひね)」が割と顕著に感じられるので、野生的な風味と重なり、個人的(←ここ大事)にはどうにもおいしい酒とは思えないのです。

その酒の特約酒販店さんでその話になった時、僕は包み隠さずに言うタイプなのでありのままの感想を話してみました。そしてお互いの話していることを照合すると、同じ風味を感じているのに両者の意見は「アリ」と「ナシ」に二分された形に。まあ要するにただの味覚の違いですね。

この出来事の前から「酒は嗜好品だから美味い・不味いを語るのはナンセンス」と思っていましたが、「キレイな酒ばかりが良いわけでもないんだな」と当たり前の気づきに感動したものです。それ以来、自分の中で酒に対する懐が広がった感覚があります。

「オフフレーバーは一定ではないよ」というのはここで結論付けておきます。

車内で割れた酒のにおい

せっかくなので関連した出来事をもう1つ書いてみます。つい先日の話です。

近頃、当社の配達業務は自分がほとんどこなしているのですが、入社してから初めて車内で酒が割れてしまう事故に遭遇しました。荷下ろしを終え次の配達先にむかう時、荷物を組み直すのを忘れるという凡ミスが原因で、P箱が倒れてしまったわけです。

しかも割れてしまったのは現在スポットで発売中の「菊の司 線香花火」。

限定数量の酒を割ってしまったことに頭を抱えつつ、まあしゃーないよねと秒速で気持ちを切り替え蔵に引き返す車内は、バナナ様のトロピカルな香りに包まれ、窓からは爽やかな風が吹き込みます。「え、ここは南国のビーチなの⁉」などとくだらない妄想で正当化をする余裕があるくらいには、良い香りに感じられました。

ところが通り雨が降り窓を閉め、車内ににおいが籠るようになると、次第にその香りが不快なものに感じられてきました。これはなぜでしょうか。

先ほどの論文で言えば、「経験に基づく『潜在的基準』から臭質が逸脱していたから」と言えると思います。本来タウンエースにあるはずのないフレーバーだから、脳が「くせえ」と判断した。そんな感じです。

経験というのは非常に重要なテーマだと思ってます。人それぞれが許容できるフレーバーは経験値・成功体験の差がカギになっていて、極端に言えば熟成酒もフルーティーな酒もどちらも旨い・美味いと思えるようになるには、それぞれの魅力を最大限に味わえるシーンでの飲酒を経験したことがあるかどうかにかかっているのではないかと。

そういった意味でも、飲食店がそういった経験を僕たちに与えてくれる唯一無二の空間であることを、新型コロナ禍で夜の街が厳しい戦いを強いられている中、声高らかに叫び続けなければならないと強く感じるところです。

「言葉への馴染がない」

先日とある方とDMでやりとりしました。僕からDMしといて「DMで内容まとめるのが苦手」と言い放つ「あたおか」ぶりを発揮してしまいましたが、「こういうnoteを書くので引用させていただいても良いですか?」を尋ねると快く了承をしていただきました。ありがとうございます。

まずDMをさせていただいた経緯から書くと、その方がおっしゃっていた「一般消費者がオフフレーバーを気にせざるをえない場面がある」という内容に、自分がとても興味を持ったことから始まります。具体的にそれはどんな場面なのか、気になりますよね。前提条件として以下のようなメッセージが来ました。

画像1

そうですよね、たしかになあと思います。一般消費者がオフフレーバーという言葉に触れる機会なんてそうないですよね。

こちらのDMを見て「どういうこと?」と思った方もいるはずなので、念のため補足をしておきますが、日本酒には賞味期限・消費期限が表記されていません。飲み頃・適熟というものはあっても、適切に管理されていれば飲めなくなるようなことはないのです。詳しくは下記リンクをご確認いただければと思います。

そもそも賞味期限は、「開封していない状態で、表示されている保存方法に従って保存したときに、美味しく食べられる期限」を示したものです。つまり日本酒は「メーカーからおいしい基準を提示されていない食品」とも言い換えることができます。それだけ「おいしい」の基準が曖昧であることは、このnoteをここまで読んだ時点でお分かりいただけると思います。そして他の食品と比較したとき、それが日本酒の特異性であるとも言えるのです。

ただしこのスクショの最後にも書いていますが、チーズが嫌いな人はチーズ特有のあのにおいが嫌いなんだろうし、僕が冒頭からここまで述べていることを踏まえれば、その食べ物を嫌いな人は特有のなにかしらの風味をオフフレーバーとして感じ取っています。なのでオフフレーバーという概念自体、一般的に馴染のない物と考えた方が自然でしょう。実際、僕も酒造業界に入ってからこの言葉を初めて知りましたし…。

まとめ

あんまり長くなりすぎると読みづらくなるので、そろそろまとめに入ろうと思います。

現在の日本酒市場はやっと多様性が出てきたなあと思ってます。「やっと」なんて如何にもベテランな言い方ですが、正直この4、5年程度でもかなり市場が変わったんじゃないかと。

固有名詞は出しませんが、ちょっと前まではどこかの店先に立てば必ず「○○ない?」「○○みたいな酒はない?」と聞かれたものです。ただ、この1年、2年でそういった言葉も聞かれなくなりました。

色々と要因は推察できますが、○○だけじゃなく他の人気銘柄「△△」や「××」も、新しい価値観を提示し続けてくれていることが大きいと思います。しかも玄人にしか理解のできない味ではなく、初心者も直感的に「美味しい」と思える酒。これってすごいことですよね。いろんな味の入口ができたことにより、日本酒の選択肢そのものがめちゃくちゃ広くなったと思います。

入口が増えたことにより、その先に触れる酒のチャネルも増えています。多様性の弊害と言えるかもしれませんが、成功体験を得られる場だけではなく、失敗に遭遇する場面も増えているのです。僕たちプレイヤーは今興味を持ってくださっている消費者の人たちが、これからも酒を好きでいてもらえるように、よりシビアな取り組みをしていかなければならないと感じます。

これは日本酒に限ったことではないと思いますが、その物の本質価値ではなく、ブランドや原料等の付加価値が必要以上に重視されている時代です。オフフレーバーの話を含め、「うまいものを造る」という原点に立ち返り、数か月後に始まる酒造りを迎えたいと思います。

(蛇足)
ちなみに今回なんでこんなツイートをしたかというと、かっこよく言えば世論調査みたいなものでした。言い切って賛否両論巻き起こした方が、様々な意見を見れるかなあ…と。これからも度々そういう場面あるかと思いますので、お付き合いいただけますと幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?