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「和の酒 菊の司」がかなりおいしくなった話

こんにちは、ボンです。

しばらく更新しておりませんでした。サボってたわけではない…というのは言い訳ですが、けっこうボツ記事ばかりだったのはマジな話で、タイトル未設定の下書きがたまりにたまっておりました。そろそろちゃんと出せる記事を書こう、と堅く決意し今回のnoteを書いています。

もう少しで皆造ということで、長かった酒造りも終わりをむかえようとしています。

杜氏や専務とも話していましたが、造りが終わるというのは毎年なんとも不思議な気分でして、「やっと造りが終わるなあ…(ホッ」という安堵と、「美味しい酒はできたけどまだまだできる!なのにもう終わってしまう!泣」という不完全燃焼にも似た気持ちが常に同居しているような、そんな感情です。

今年はコロナ禍で酒がとにかく売れない状況で酒造りを迎えました。それは全国ほとんどの酒蔵さんについても言えることで、各蔵様々な想いを込めながら酒造りに臨んだことでしょう。

当社も例外なくコロナの悪影響を多大に受けている最中ですが、仕込みの本数は若干減ったものの、新商品の開発など新しい試みもどんどん取り入れ、商況の停滞感とは切り離した酒造りを行いました。

これは個人的に思うことですが、ほとんどの一般消費者のみなさんにとって、「ひえ~、酒が売れな~い、買ってくれ~」という雰囲気は、酒を購入する動機に全くならないんですよね。酒がうまいかどうか、外見中身ともに興味をそそるアイテムに仕上がっているかどうかが肝心で、自分も一消費者の立場で考えた時そこにしか判断基準はありません。(すごいざっくりとした言葉ですが)

「ほとんど」としたのは、特定の酒蔵の大ファンであればその蔵を助けたいという気持ちから買うであろうと想像できるからですが、逆にそういった方々はアピールしなくても購入してくださるんですよね。当社を応援してくださっている方々についても同じです。

なので当社としてこのような商況でも受け身にならず、こちらが主導権を握った状態でありたいというか。数多の日本酒の中でお客さんに選ばれる商品を造り続けるという根幹は変わらず、むしろシビアになっているのが現状ですので、味はもちろん、どういった仕掛けを施したら菊の司に目が留まるかを考えに考えた酒造期だったと思います。

決まりと品質のジレンマ

今年の酒造りで特に変わったのは、経済酒ラインナップ「和の酒菊の司」の大幅な酒質改善です。

和の酒はこれまで普通酒を詰めた商品でしたが、2020年11月から中身が本醸造酒になりました。普通酒から本醸造酒になったので美味しくなりました!ではさすがに意味がわからないと思うので、かいつまんで説明いたします。

まず日本酒には「特定名称酒」と「普通酒」という大きく2つの区分があります。特定名称酒は本醸造酒や純米酒、吟醸酒など、原材料について細かく決まりがある酒で、普通酒はそこに該当しない酒となります。ここを丁寧に説明しすぎるといつまで経っても本題に入れないので、詳細は国税庁の下記URLからご確認ください。
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/hyoji/seishu/gaiyo/02.htm#:~:text=1%20%E7%89%B9%E5%AE%9A%E5%90%8D%E7%A7%B0%E3%81%AE%E6%B8%85%E9%85%92,%E7%A8%AE%E9%A1%9E%E3%81%AB%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82&text=%E7%B2%BE%E7%B1%B3%E6%AD%A9%E5%90%88%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E7%99%BD%E7%B1%B3,%E3%81%AE%E5%89%B2%E5%90%88%E3%82%92%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

今回の酒質改善にこの2つがどのように繋がっているかというと、「製造年月」の表示ルールの違いに他なりません。正直消費者のみなさんにとってはどうでもいい、というよりは「もっとわかりやすくしとけよ!」な話です。

「製造年月」と聞くと酒を醸造する期間を想像する方が多いと思いますが、実際には「販売する目的をもって容器に充填し密封した時期」がこの表示の正体です。なので1年前に造った酒をずっとタンクで貯蔵し2021年3月に詰めた場合でも「製造年月2021.3」と表記されるので、いつ造られた酒かまではその表記から把握することができません。

しかし特定名称酒については例外措置がとられていて、「容器に充填し冷蔵等特別な貯蔵をした上で販売するものについては、その貯蔵を終了し販売する目的をもって製品化した日を製造時期」とする決まりがあります。

この例外措置、鋭い方なら「根本的に変わらなくね?」と思うはずです。先述した内容になぞらえると、「1年前に造った酒をずっと瓶で冷蔵貯蔵し今年の3月に出荷した場合でも『製造年月2021.3』と表記されるので、いつ造られた酒かまではその表記から把握することができません」となるからです。

たしかに商品の製造ロットという観点では何が違うのかわかりづらいですが、上槽してすぐに瓶詰めし1年間冷蔵貯蔵した酒と、1年間タンクで貯蔵し続けた酒では品質が明らかに異なります。わかりやすいところで言えばフルーティーで華やかな酒をタンク貯蔵すると、フルーティーで華やかな要素をほぼ失います。

…いや、これは誤解を生むな。

タンク貯蔵している間に不要な香味成分(所謂オフフレーバー)が生まれ、それを炭素ろ過等で取り除く過程において元々あった良い要素も取り除かれてしまう、と言った方が正解かもしれません。とにかくタンク貯蔵で品質を維持するのはかなり高度な技術なんです。というか可能なのでしょうか?

瓶でしっかり冷蔵貯蔵していてもオフフレーバーが生まれてしまう可能性はふつうにありますが、タンク貯蔵よりもはるかに管理が容易く、1回火入れで瓶詰めしちゃえばろ過などの不要な工程も省けるため、ピュアな酒の味わいを市場にお届けできる可能性が格段に上がります。搾った酒が違う何かになるリスクを格段に低減できる、と言い換えることもできます。

製造年月を取り巻く認識

品質を考えれば瓶貯蔵の方がはるかに良いというのは伝わったかと思いますが、今度は「じゃあ普通酒でも同じようにすればよくない?」と思う方もいらっしゃるはずです。

製造年月に関する認識が正しく浸透していればいいんですが、ルールの複雑性もあってか、いまいちメーカー・販売業者・消費者それぞれの間で意識のズレがあるように思います。

製造年月に関する決まりは先述した通りなので、これが賞味期限・消費期限などの食品表示とは一線を画す存在なのは言うまでもありません。「いつ頃蔵から出荷されたか」という情報が主にわかるだけで、その商品の鮮度や品質劣化まで把握することはできないのです。

あと重要なのは貯蔵環境。

業態によって「製造年月から3カ月経った商品はメーカーに返品」などのルールがあったりします。

普通酒は先ほどの例外に当てはまりませんので、瓶詰めした段階で製造年月が決まります。普通酒はSMやディスカウントストアなど量販店がメインとなる商品で、3カ月返品は正にそういった業態で多く見られるルールです。日付上1年分瓶に詰めてしまうと瓶詰め後4カ月目から棚に並ぶことはないため、タンク貯蔵にせざるを得ない…。

和の酒が本醸造酒に変わったことでそんなジレンマから一気に解放されました。菊の司では一昨年の造りから特定名称酒をすべて瓶貯蔵で管理していましたが、今年の造りからめでたく経済酒ラインナップまで瓶貯蔵を実現することができたのです。

一貫した酒

とはいえ「美味しくなった」と言っても酒は嗜好品。好き嫌いありますので、「今までの方が良かった」「普通酒に求めていたものとはなんか違う」みたいな意見もあると思います。僕は燗酒愛好家ですが、燗をすることだけで言えば今の若い和の酒よりも、前のタンク貯蔵された和の酒がおいしく感じたとは思ってます。

しかしですよ。燗酒愛好家だからこそ贔屓目なしに言いますが、燗にしておいしい酒の代表作として旧和の酒を挙げることは絶対にありません。僕は最近口癖のように「酒の本質価値とは」みたいなことばかり言っていますが、この場合の本質価値とは一体なんだろうと考えてみた時、「燗でおいしい酒」というゴールをもって酒質設計され、「燗でおいしい酒」という評価を消費者から得た酒。つまり導入と結果に齟齬がない品質こそが、その商品の真の価値なのでは?と思うわけです。

多くの蔵においてそれができているのが特定名称、とりわけ「限定流通」や「特約店限定」と称しラインナップされている商品です。限定流通の真の意味は流通を絞ることではなく、商品のコンセプトや価値、取り扱い方などの面で信頼関係が取れた酒販店と取引することにあります。

むしろこれらと酒の味わいを含めた納得してもらえる商品力がないと、酒販店さんが欲しがる商品にはなり得ません。だから「導入と結果に齟齬がない品質」を、こういった特殊商品においては体現できているのです。

逆に多くの蔵においてそれができていないのが、普通酒などの経済酒ラインナップです。

地酒蔵のほとんどが年間醸造ではなく寒造りを採用していますから、10~3月くらいまでの間に1年分の酒を一気に造るわけです。その中には当然普通酒も含まれており、先述したような理由からタンク貯蔵されるのが一般的です。それらはほぼほぼ炭素ろ過などで味を調整され、瓶に詰められた後に出荷されていきます。

皆無とは言いませんが、そこまで計算された酒質設計であると言い切れるお蔵さんは事実ほとんどいないのではないでしょうか。炭臭(酒についたろ過助剤由来のフレーバー)を好む人がいるのは理解していますが…。

そういった意味で「新生・和の酒」は、導入と結果に齟齬がない、当社がここ数年で取り組み続けている酒質の向上を形にできた商品だと思っています。フレッシュでスムーズなタッチでありながら、コクや柔らかな甘みもほどよく感じられる。ろ過をしてしまっては決して楽しむことできない味わいでしょう。

エゴにならないこだわり

僕はサウナーなので、週に1回以上は盛岡市内・あるいは近郊の温浴施設を訪れます。そんな折、とても嬉しい場面に遭遇しました。

とある宿泊ができる施設に行った時のことです。そこには当社がお世話になっている飲食店がテナントとして入ってまして、サウナ上がりに酒を飲んで気持ちが良くなったらそのまま寝よう、という算段の時によく利用しています。

そちらのお店では単品の他、飲み放題メニューに以前から和の酒を使っていただいていて、銘柄がわからない形でリストオンされています。よくある「日本酒」としか書かれていないやつですね(笑)

僕は和の酒を2~3合飲むだけとパターンが決まっているので毎回単品で頼むんですが、意外と1人で来店するお客さんで飲み放題を頼む方が多いんです。酒豪すごいなあと感心していると、目の前のテーブルにいたおじさんが「日本酒1合冷酒で」とオーダー。

徳利とお猪口が到着し、すぐに一口飲むおじさん。後ろ姿なので表情は見えないのですが、なにやら「ん…?」みたいな挙動をしてすかさずもう一口。

割と近い席だったので間違いなくはっきり聞こえたんですが、「これうまいなあ」と独り言をボソッと発したんです。そして1合を速攻で飲み干すと「もう2合冷酒」とオーダーしていました。

これを見るため、聞くために取り組んだんだよなあ。報われたなあ。とめちゃくちゃ嬉しい気持ちになりました。サウナで体が整って、心も整った。そんな気分です(笑)

造り手のこだわりは時に需要との乖離を引き起こし、ただの自己満足となってしまう…。そんなことが日本酒に限らず、ものづくりでは往々にして起こり得るわけです。あくまでもこだわりの先には飲み手がいるということを忘れてはいけないなあと思います。

書いていて落としどころを見失いました…(笑)が、事細かに説明をして理解してもらうのではなく、「飲んでみたらわかるよ」と言えるぐらいの酒を造ること。一番難しいかつものづくりの基本なのかもしれませんが、飲み手の支持を得ていくというのはそういうことなんだろうなあ…。

といったところで長文駄文失礼しました。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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