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smashing! ハードデイズとおれ・後


「鬼丸くん、次のお店で終わりかな?」
「そう!ありがとうハルさん、助かった~」

佐久間と雲母は何件かの檀家を訪ねたあと、諸々の買い出しに商店街へ。善宝寺馴染みの店主に挨拶し、佐久間の隣で微笑む雲母の煌びやかさに皆が圧倒され、何故か持たされるお土産のほうが多くなっていく。ちょっとあのイケメン!サンダル履きなのに足の指も踵もツルッツルて!どこ見られてるんだおい。そして色々な店で交わされる定番のオヤジギャグに、雲母が既にグロッキー気味であった。勿論笑いすぎによる。

「…笑いに溢れる土地柄。鬼丸くんたちがあまりバラエティとかでウケない理由がわかる気がする」
「それきっとハルさんだけかもな…」

ふと、佐久間の足が止まる。この道の先にあるのは所謂呑み屋街。あまり風紀のよろしくない店も多く、日中は人気が無い。道、一本向こうだったわ。戻ろっかハルさん。そんな二人の前に、さっきまで誰も居なかった通りに、人影。

「…あれ?知ったのおるがん」
「…ランちゃん…」
「鬼丸くん?」

長い黒髪を後ろで束ね、笑った顔がひやりと冷たく胸を刺す印象の、美しく若い男性。少し不自然とも思えるのは、そのまるで学生服のような出で立ち。スナック、と書かれた扉の前。数個のイスが並ぶ。まあ座んなよ。ランちゃんと呼ばれた男は手招きして微笑む。
男の名は森利蘭丸。どうやら佐久間の同級生らしく、一方的に話し始める内容はほとんど学生時代のもの。時折笑いながら話す森利とは正反対に、佐久間は無言を通している。見かねた雲母が、口を開いた。

「あの、僕は鬼丸くんの友人です。あなたは彼の?」
「同級生だよ。こいつの友達の、俺は彼氏っていうか、さ」
「…話すことなんかない。帰ろうハルさん」

徐に立ち上がる佐久間を、森利は静かに眺める。また逃げんの。投げつけられた言葉に、佐久間の背中が緊張する。

「森利さん、事情はどうあれ、あなたのお話には脈絡も何もない」
「部外者は黙っとれ」
「…この場合、部外者はあなただ。僕らに楯突くというなら、あなたを排除する手立ては幾らでもある」

佐久間も見たことのないその「無表情」。おそらく雲母は物凄い剣幕で怒っている。しかしそれらは能面のような美貌の下に全て隠されていた。物静かだが殺気紛いの気配を纏う雲母を、佐久間は慌てて腕を引きこの場から連れ出そうとする。

「…大丈夫、なんでもないんだハルさん。ランちゃんは…」
「どうして、鬼丸く…」
「ランちゃんは、あそこからは…」

出てこれないんだ。

思わず二度見した雲母の視線の先、あの通りにはさっきまであったはずの、あの古ぼけた扉も、丸い小さなイスも何もなかった。森利蘭丸、あの男性の姿も。

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「鬼丸くんにも、僕にも見えた。相当に強い力なんですね」
「みたいだけど、ランちゃんは動けないから、きっと淋しくなって、俺を引き込んだんだ」
「ひょっとして、彼は自ら…?」

大通りに面した喫茶店で、二人は脱力したように座っていた。
佐久間の話はこうだった。学生時代、将棋のタイトルを獲れそうな友人がいた。幼い頃から通っていた将棋クラブでずっと一緒だった幼馴染み。尾田信長といった。尾田には仲の良い友人がいて、見せてくれた写真の中、小柄で美しい彼と尾田が笑っていた。男だけど俺はこいつが大好きなんだ。それが森利蘭丸。高校に入り、偶然佐久間は森利蘭丸と同じクラスになった。その頃尾田は将棋が忙しく、ほとんど学校に来ない日が続いていた。

佐久間は知らなかった。二人が既に恋人同士で、会えない日が続いて心を痛めていたことも、尾田の将棋のランクが伸び悩んでいたことも。そしてある日、二人は突然佐久間の前からいなくなった。そう。永遠にいなくなってしまったんだ。尾田達の微妙な変化を感じ取った佐久間が、俺にも何か出来ることはないか、そうメッセージを送った矢先のことだった。

その事件のことは、名士であった尾田の親に丁重に隠され、一部の人間にしか知らされることはなかった。誰にも知られることなくあの二人は消えてしまった。佐久間はただ、兄の達丸に縋って泣いた。けれど泣いても泣いても、自分の涙は二人の場所には届かない。思い知るしかなかったのだ。

「…彼はきっと、鬼丸くんが苦しんでいるのを知ってたんですね」
「ランちゃんに伝わってたかな…」
「だって彼は鬼丸くんに、一度も触れなかったよ?」

実体を持たない存在との接触は、かなりの危険と覚悟を伴う。口では好き放題言っていたが、あんなに近くにいたのにもかかわらず、森利は佐久間に絶対に触れようとしなかった。それは。

「うん、きっと淋しくなって、君を引き込んだんだね」

彼らの苦しみを背負うことは出来ないけど、祈ることは、幾らでも出来るのだ。どうか彼らが、そこで安らかであるように、と。
運ばれてきたコーヒーの香りは昔と変わらず懐かしく、雲母の優しい声とともに、佐久間の心の奥を撫でるように擽った。

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「えっ…てことは、その友達てストーカー…」
「いやいや、そんな怖いもんじゃないて。あの子はただ鬼丸のこと盗撮しとっただけ…」
「イヤーーーーー!!」

結城と小越、伊達と喜多村は、本堂に奉納されているというガチ怖いブツを見せてもらいに来ていた。ごめんあらかた供養したばっかりでな。ちゃっちいのしか残っとらんけど…そう言って達丸が出してきたのは小さな箱。中はどうやら写真。それも、自分の弟の。

先刻の「喜多村VS伊達・雌雄を決する一戦」廊下雑巾がけ勝負。判定者不在の為、雌だか雄だかを結局ドローに持ち込んだ両名。ヘロヘロの膝ガクガクの体でこのガチ怖アイテム開封式に臨んだのだが、もうなにも頭に入ってこない。時折喜多村が発する「ゆるせん」の呟きが「たません」程度にしか響いてこない。佐久間絡みの一大事なのに。

「これ撮った子、鬼丸の幼馴染みなんやけど、惚れっぽくていろんな子追っかけてたら…自分やってた将棋のタイトル逃しちゃってな」
「…しょうがない奴だな」
「でも写真に撮ってたのは鬼丸だけで、それを付き合ってた…なんだっけ、綺麗な男の子に知られて。大喧嘩なって、そんで…」

痴話喧嘩も色々あるが、互いの身を滅ぼすまでの結果になるとは。結城は目の前の佐久間の写真の山を見つめながら言う。

「これ、なんで処分しないのお兄さん」
「駄目なんよ。してまったら」
「なんで」
「あいつら、今おる場所から開放されてまうから」

千弦くんほら写真、どんだけ見てもええよ。好きなやつあったら全部じゃなかったら持ってってもいいし。そう言って達丸は喜多村に写真の箱を渡した。喜多村は震える手で箱の中の「ヘンタイが撮ったやつなんて許せないしアレだけど是非見たいです少年佐久間のお宝写真」を一枚一枚ゆっくりと吟味し始めた。怖。こいつ怖。半泣きの伊達の背に小越がそっと手を添える。
肌色のものは特に見当たらない。ただ単に隠れて撮っただけの写真。けれどもそこには、親しい者にしか見せないような柔らかく、優しい顔をした佐久間が溢れていた。好きだったのか、な。今となってはもう、本人にもわからないんだろうけど。

「…いつか開放?されるといいね。アレな人だけど」
「しばらく頭冷やしてもらってから、成仏させたるわ」
「どういうことお兄さん?」
「煩悩だらけで力が漲っとるみたいやからなあ。今も」

みなぎるて。緊張の糸が切れ爆笑に包まれる中で、達丸は嬉しそうに本堂の護りである、大きな菩薩像を仰ぎ見た。

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「うわ~ん兄ちゃん…」
「お兄さん…」
「俺、立派な人タラシなる兄ちゃんに誓う」

ほぼ全員が達丸和尚ロス。おい一体何があった。佐久間と雲母が留守にしている間、メンバーの中になんらかの変化があったのだろうか。伊達も結城も「出家…」などと穏やかでない発言を繰り返している。

「千弦、何かあった?」
「…鬼丸の兄ちゃんさ、みんなの救世主みたいになってんの」
「なにを救われたん」
「それぞれ抱えるもんが違うから…」
「…待って、お前も何か変じゃない?」

寺にはあの後一泊。全員ものすごく静かに般若湯もいただかず早々に就寝。何かおそらく疲労。翌日は昼過ぎまで掃除したり達丸の法話を聞いたり。そして徳河に駅まで送って貰ったのだ。

新幹線で帰着後、何故か全員が佐久間の家に集合し、リビングで雑魚寝している。今ココ。
配置な。カップルバラバラだな大丈夫か。でもまあ全然いい。泊まって貰ってもかまわんのよ。でもなんでこんなお通夜みたいになってんの?そんな中何かを悟ったように結城が立ち上がり、佐久間に向かって叫んだ。

「ちょっと待って、ガチホラー全然なかったじゃん!」

ねも一回行こ!お兄さんに会いに行こ!リビングで皆が抱き合って団子状態になる中、佐久間の隣で涼しげにコーヒーを飲んでいた雲母がこっそり耳打ちする。

「あのこと、言わない方がいいね。鬼丸くん」
「うん、ガチやもんな」

知らぬが仏。まさかそんな言葉を実感することになるなんて思いもしなかった佐久間は、時々こそこそとバッグの中を盗み見て悦に入る喜多村の様子にすら、気付けないでいるのだった。



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前編↓ よろしかったら♡

https://note.com/kikiru/n/n1eb7deccca08

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