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北方鎮護の毘沙門天(仏像探訪記③)

成島毘沙門堂と毘沙門天

岩手県花巻市東和町。
ここに日本最大級の大きさを誇る毘沙門天が祀られている。

宮城県仙台市から高速道路を利用し、車を走らせること2時間。東和ICで高速道路を降り5分ほど行くと、「熊野神社 毘沙門堂」という看板が見えた。

看板のところを曲がり、つづら折りの坂道を車で登る。登り始めてまもなく、駐車場に着いた。
駐車場前には鳥居があり、左右に「熊野神社」「毘沙門堂」と彫られた石柱が2本立っている。

鳥居の扁額にも「熊野神社 毘沙門天」とあり、神仏習合の寺社ということがわかる。

神仏習合については、こちらの記事で書いているので、興味があれば参照していただきたい。

今回は、毘沙門天の中で国内最大級(木像では日本一)の大きさ(4.73m)を誇る、成島毘沙門堂(岩手県花巻市東和町)の兜跋毘沙門天立像(とばつびしゃもんてんりゅうぞう)(国指定重要文化財)をご紹介する。

成島毘沙門堂の創建は明らかではないが、隣接する三熊野神社が坂上田村麻呂により延暦21(802)年に那智熊野三山の神々を祀り創建されたと伝わるため、それと同時期ではないかと言われている。

兜跋毘沙門天とは、毘沙門天の異形体の一つで、西域の兜跋国(現在の中国新疆ウイグル自治区と言われる)に出現した毘沙門天という説もあり、目を大きく見開いた異国的な風貌と特殊な服制をとる。

成島兜跋毘沙門天は、左手に宝塔、右手に鉾をとり、地天女に支えられるように立つ。
また、手首まで覆う金鎖甲という外套のような甲冑を着ている。

なお、成島毘沙門堂の兜跋毘沙門天は日本三大兜跋毘沙門天に数えられるという。他2つは東寺(京都府)、観世音寺(福岡県)。


岩手県と毘沙門天

平安時代の毘沙門天は畿内に多く残されているが、岩手県北上地域にも集中している。
これには古代東北を舞台に繰り広げられた、蝦夷(大和朝廷に服属しない東北の民のこと)と大和朝廷との長きに渡る戦争が大きく関係している。

※大和朝廷による蝦夷征伐については、本記事の趣旨から脱線してしまうため、また改めて書こうと思う。

なぜ戦に毘沙門天が関わってくるかというと、毘沙門天はもともと仏教世界の北方を守る四天王の一角で、「北方鎮護=京からみて北方にあたる東北地方の鎮護」という論理で、戦勝祈願として祀られることになったからと考えられる。

特に岩手県の北上地域は、坂上田村麻呂率いる朝廷軍と阿弖流為率いる蝦夷軍との激戦の地であったことから、毘沙門天が集中していると言われる。

実際、三熊野神社の成立には坂上田村麻呂が深く関わっており、成島兜跋毘沙門天も田村麻呂が完成させたと伝わっている。


兜跋毘沙門天立像の魅力

早速参拝を始める。はじめに熊野神社から。この熊野神社は「三熊野神社」といい、5月には全国から乳児が集い、泣き相撲大会が開かれるという。

境内には泣き相撲のキャラクター?がいた。

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どうやら幼児成長祈願として奉納されたらしい。なかなか特徴的な、というかリアルな石像である。

神社を参拝した後、かつて毘沙門天が安置されていたお堂に入る。

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床板が抜けるのではとひやひやした場所もあったが、神仏習合の名残を留める厳かな空間だった。

お堂を抜け、その奥にある石段を登っていくと、収蔵庫がある。

収蔵庫前の受付で拝観料(500円)を払い、収蔵庫の中へ。そこには兜跋毘沙門天をはじめ、左右に尼藍婆(にらんば…鎧をまとい手に剣を持った女神)毘藍婆(びらんば…はちを手に持ちすべてを破壊する大風を吹かせる女神)という2体の邪鬼、さらに両端には伝吉祥天像伝阿弥陀如来像が祀られている。

受付の方が音声案内を流してくれるなか、仏像を鑑賞する。

兜跋毘沙門天を初めに見た感想は、「でかい、すごい迫力」、これにつきる。
ここでは4.73mの大きさの仏像を真下から眺めることができるのだ。しかも国指定重要文化財である!

さらに驚くべきことに、この毘沙門天は一木造りの仏像なのだ。
一木造りとは、その名の通り、一本の木材から仏像の全身を丸彫りにする方法をいう。ただ、腕や脚部が別木でも、頭部と胴とが一本の木でつながっている場合も一木造りと呼ぶそうだ。

毘沙門天の足元を支える地天女もなかなか良い表情をしている。

左右に控える尼藍婆と毘藍婆もついつい真似したくなるポーズをとっている。

兜跋毘沙門天像に向かって左側には、吉祥天像と伝わる仏像がある。像高約180センチの比較的大きなケヤキ材の一木造の立像で、平安時代前半の作と見られているが、一部失われた部分もありはっきりしていない。

優しい顔立ちで、毘沙門天との対比から吉祥天像といわれてきたが、服装は菩薩の特徴があり、頭上に牙を持った2つの象頭が乗った特異な姿の像で、歓喜天という説もあるそうだ。

胸の前に出した二つの手も印象的であまり類を見ない姿で、顔立ちや立ち姿もどこか女性的な不思議な雰囲気を持っている。

兜跋毘沙門天の向かって右側には、阿弥陀如来像と伝わる仏像がある。像高は約160センチのケヤキ材の割矧(わりはぎ)造の坐像で、制作年代は像内部にかかれた銘文より室町時代後期の作と見られている。

割矧造…干割れを防ぐために材の一部を木目に沿って割り、内部を刳って再び合わせる割矧の手法を像の幹部に適用したもの。

また、この銘文には十一面観音とあることから、十一面観音像として作られたのではないかとも考えられている。
しかし、頭部は大仏に見られるような螺髪(らほつ)の髪型であり、体には斜めに布をたらした条帛(じょうはつ)の姿をしている等、菩薩を思わせる特徴がある。

このように、毘沙門像以外も謎に満ちた姿であり、この東北の地に伝わった仏像形式が特異な文化を持っているとも考えられる。


次なる仏像を求めて

成島毘沙門堂の仏像たちは、兜跋毘沙門天をはじめ、はなかなかの見応えなので、一見の価値ありである。

東北の地には中央の仏像とはまた違った特徴があり、東北独特の仏教文化の雰囲気が漂ってくるようである。

せっかく岩手県に行くからという理由で、拝観予約を済ませていた黒石寺へ足を伸ばす。黒石寺薬師如来もまた、他に類をみないタイプの仏像である。

ずっと見てみたかった薬師如来に会いに黒石寺へ向け車を走らせた。


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宮城県在住で、東北地方の仏像を巡り歩いています。 神社やお寺、歴史が好きです。 下記ブログで寺社巡りや歴史について書いています。 https://rekishijisya.com/ このnoteでは、日頃のなかで感じたことを思いつくままに書いて行こうと思います。

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