「奈落暮らし」1日目-0724

　奈落暮らし、という字面からは、暗くて狭いところに一人、むりやり押し込められ、孤独感に耐えながら、それでもなんとか息を殺して生活しようとする、半ば自暴自棄な企画を想像する。私だって、ある程度はそのように想像していた。だがとりあえず、初日の時点で早速、その認識を改めなければならないことがいろいろ起きたので、初日はそれについて記しておきたい。

　今日の私にとっての最大イベントは、「舞台監督も劇場職員も交えてチェックしたはずなのに、いざ奈落に入ってみると、何故か映像がスクリーンに映らない」であった。この単純だが深刻な問題は、私をはじめ、多くのスタッフが腰を抜かす出来事で、なおかつ解決するのに思いのほか無駄に時間を費やした。最終的には諸事情で、入ったばかりの奈落から、私は一時的に出なければならなくなった。どうしても出ないことには仕方がなかったのである。これがギネス記録のための挑戦だったら、あまりの中断の早さに観衆から石を投げられてもおかしくない。頼りの某職員も駅前の火事でやむを得ず遅刻することとなり（遅刻の言い訳のためのもっともらしい嘘なら「駅前の火事」なんて理由はまず選ばないので、本当に今、駅前が火事なんだな、と納得したが、世界は大変過ぎないか？）素人がああでもないこうでもないとトラブルの解決に右往左往する状況は、まるで舞台の初日のようだ。舞台の初日には、いくら気をつけていても想定外の出来事が起こりやすいと、舞台関係者各位は承知しているだろうが、しかし、吉祥寺シアターの奈落で毎日、舞台の記録映像を一本ずつ観てレビューを書いていくという、言ってしまえばそれだけの企画においてすら、そうなのか。初日にはつくづく魔物が潜んでいる。

　劇作家の仕事からも劇評家の仕事からもキュレーターの仕事からも逸脱しているように思える、この身を挺した企画には、様々な方から、体調の面や環境の面でご心配いただいた。お気遣いありがとうございます、という旨の返事はしてきたし、体調に関してはまだ初日なのでわからないのが正直なところだが、少なくとも環境の面についての心配は誤解があるようなので、私の認識をあらかじめ伝えておきたい。まず、大前提として、吉祥寺シアターの奈落は、想像以上に快適である。客席のほうまで広がっているため、舞台上よりも空間としては広い。ここには渡邊織音さんの「清潔で整然としているが、足の踏み場もない」状態にする舞台美術が設営されたことで、結果的に暮らし辛く、自由に動ける場所は四畳半もない、制限されたスペースを創出することに成功している（物事の順番としてはあべこべである）。また、当たり前だが奈落は劇場の一番下に位置するので、上の空間と比べると、気温が比較的涼しく保たれていて、冬はどうだか知らないが、少なくとも夏については過ごしやすい。冷房代をケチ…いや自然環境のことを第一に考え、設定温度を28℃に設定している自宅のほうが、暮らしの面ではよっぽど過酷である。これについては私も、劇場下見のときに非常に驚かされた。企画が立案されたのは緊急事態宣言下、zoomとSlackだけで物事を進めている頃だったが、オンライン会議で見落とすことは多い。伝わることもあるのだが、初日に至るまでに、空間については再考を迫られることがこれに限らず、度々あった。度々あったというよりは、今も毎日迫られている、といったほうが適切だろうか。コロナ禍に見舞われた舞台芸術で発生しがちな課題のひとつだろう。オンライン配信にすれば空間について考えなくていい、ということには全くならないのだが、これまで舞台芸術に求められてきた空間づくりのそれとも違う。この急激なルール変更についての言葉は、まだうまくまとまらない。空間について想像する脳を、育むための適切な働きかけのことを考える。

◎オマケ

　油断すると食生活が乱れそうなので、毎日の昼食と夕食を記しておくことにする。今日は小屋入り前に、吉祥寺シアター最寄りのセブンイレブンで購入した。

＜昼食＞
たんぱく質が摂れるチキン&たまご（L）
★★★★
ヘルシー的な雰囲気を醸し出している割には辛味のある濃厚な味で意外。好き。

＜夕食＞
おにぎり　辛子明太子
★★★★
鉄板に美味しい。いつも買ってるやつ。

おにぎり　炭火焼牛ミスジ
★★★
新商品。ガッツリ肉食いたい、という気持ちで買うべきではないモノだった。焼き肉系のおにぎりは、肉食いたいときに買うのに、その欲望を充分満たしてくれない物足りなさがいつもある。だからといってその気持ちが生まれるたびに焼肉屋に行けるわけでも、今はないのだが。今は、と書くとまるで昔は行けたのに…というニュアンスが出るけれど、このような状況じゃなくたってそんな頻繁に行けない。金持ちか。

チーフ・キュレーター　綾門優季