退屈

1996年生まれ。満足に少し届かないところ、あるいは、不満になりきれないところ。その曖昧なラインで生きてる。アダルトチルドレンとか機能不全家族、精神的虐待を知っています。青年になってからあったかい手と心を持つ人達を知った。退屈だけど感謝も知ってる、今の自分が一番ちょうどいい

「イチゴ農家のお父さんがこう評価してました!」って言いふらしてる人は「ああ、親というものが絶対的存在で盲信して幸せに育つことができた恵まれた家庭の方なんだなぁ」という印象。子どもは親の成果物だと思ってるんだろうなぁ。

菅総理を出身地である秋田を用いて皮肉ってる人をお見かけすると、「この人は地元にめちゃくちゃ影響された事を自覚し育ち恩返しする地元愛の強い人なんだろうなぁ」と感心する。そうじゃなかったら皮肉にもならない。

納めたものが直接自分に返るわけじゃない。困窮している誰かを幸せにして、巡り巡って自分の平和な日常を保つためにいま納める。それが税金の役割なのだ。そう信じて今日もタバコ税を納めている。〜完〜

私は子供の頃生活保護を受けていて、ずっと誰かの税金を使うのは申し訳ないなって思っていたけど大学の時教授に「誰もが受給者になりうる。お互い様だよ。私もそう思って納めているし。だから気にしなくていいんじゃない?」と言われて、税金の見方が変わったなぁ。

地元の魅力を出すワークで「人が優しい」「農作物が美味しい」っていうのは、どこの地方も同じだから。どういう優しさなのか、なんで美味しいのか、を知ってこそいきるワードだと思う。そのために歴史とか風土を知識としても肌感覚としても知りたい。地元一人旅はいい機会だよ。

gotoの話を大学生にしたら「でも旅行とはいえ東京行けないし」と言われて、地方の楽しさを知らないのは勿体ないと思った。「地元好きです!」って人多いけど、その地元は県全体じゃ無くて、自分の知ってる一部のことだって自覚がない人が多い。勿体ないぞ!