【稽古場レポート】稽古場見学会に密着!演劇集団円『コウセイネン』
11月14日(木)より吉祥寺シアターにて上演される、演劇集団円『コウセイネン』。来年で創立50周年を迎える老舗劇団が、小劇場界で活躍する松本哲也(小松台東)を作・演出に迎え、「生きること幸せを願うこと、やり直すこと、様々な何かを諦めてはいけない」をテーマにした新作を上演する。
今回、初日まで2週間弱というタイミングで、近隣の専門学校や大学、声優養成所などに声をかけ、2日間の稽古場見学会を実施した。以前から制作部の間では案が出ていたものの、完成前の状態を見られることに抵抗感を持つ演出家も少なくないため、なかなか実施出来ていなかった試みを、松本が快諾したことにより実現した。
私が見学に行った11月2日は、作中と同じく強い雨。三鷹市下連雀にある円スタジオに、15名の見学者が集まった。
稽古が始まる前、俳優の岩崎正寛から「カンパニーや演出家によって稽古の仕方は違うが、今回の公演の『いつもの稽古風景』をお見せします。ざっくばらんに、なにかあれば率直な意見もください」と挨拶があった。
稽古が始まると同時に、演出助手や演出部が素早く舞台セットを準備し、俳優に鞄などの小道具を渡す。動きに影響のある服以外は稽古着だが、靴は衣裳の靴を履く。ト書きを演出助手・梅田雪那が読み、シーンが始まった。雨の音やバスの開閉音など、音響も入れて稽古していく。
今回の稽古では冒頭から順にシーンが行われていった。仮釈放となり、小さな田舎町に越してきた男・恒光陽一(玉置祐也)が星野家の長女・美織と出会うシーン。なぜ美織が陽一に話しかけたか、理由を提示するための演出を松本がつける。あるひとつの身振りや視線だけで、ぐっと分かりやすくなるのだから不思議だ。
学生たちは真剣なまなざしで俳優の演技を見て、こまめにメモを取っている。稽古場には心地よい緊張感が流れていた。
それが急激にゆるんだのは、主人公の陽一と同僚の黒辺桐雄(上杉陽一)が仕事中に会話をするシーンだ。黒辺はひとなつっこく陽気な話し方で、小ボケも交えながら場の空気を変えていく。そのままにぎやかなシーンに突入していき、学生たちの中には身をよじって笑う者もいた。
『コウセイネン』には“保護司”(=犯罪や非行をした人たちが再び罪を犯すことがないよう、その立ち直りを地域で支える民間のボランティア。法務大臣が委嘱することとされており、給与の支給はなく、交通費などの活動にかかる実費が支給される)という大きなキーワードのほかにも、家族、仕事と職場での人間関係、淡い恋愛と、人生で多くの人が直面する様々な悩みについて丁寧に描かれている。
陽一は一見「普通」の、寡黙で素朴な“好青年”である。しかし、仮釈放中の人間であるという事実が、彼を見る周囲の目や人間関係に大きく影響を与えている。また同じく一見「普通」に見える美織も、家族関係に大きな問題を抱えている。
誰しもが悩みを抱えて生きる現代、観る人が誰に感情移入をするかによって、この物語の主題がなんなのか、全く見え方が変わりそうなところも、この作品の魅力と言えるのではないだろうか。
また、私が稽古を見学して驚いたのは、人物造形のディテールの細かさだ。衣裳やアクセサリーひとつでも「その人らしさ」が現れている。陽一の会社の同僚で、輩っぽいふるまいの佐藤元気(友岡靖雅)がつけているブレスレットなどがあまりにも「それ」っぽくて笑ってしまった。
この物語では、季節の移ろいも描かれるのだが、春にメガネを頭に載せていた社長は、夏にはスポーツサングラスを頭に乗せている。やはり夏はゴルフなどの接待も忙しいのだろうか。女性陣はシーンでパンプスが変わっている。人と接することや外回りが多そうな職業だから、靴も休ませてあげないと消耗が早いのだろうな――そういったディテールが、物語の現実味をぐっと増し、深みを持たせてくれる。
稽古を3時間ほど見学したところで、学生たちは解散となった。プロの現場を驚くほどの近距離で見た学生たちは何を思ったのだろうか。
稽古を見学した浅沼さんと遠藤さんのおふたりに感想を伺った。ふたりは星野電工社長・星野健吾役で出演の岩崎が講師を務める声優養成所に通っており、そこでの紹介がきっかけで今回の稽古場見学会に参加したそうだ。
今日見て印象に残ったシーンやセリフを伺ってみたところ、浅沼さんは「家族のシーンは、複雑な感情表現が必要なシーンだと思ったし、つい感情移入してしまった。とても印象的で、本番を見るのが楽しみになった」と言っていた。
遠藤さんは「印象的だったのは、保護司に会社を紹介してもらうシーンや、スナックでのシーン。主人公の陽一はほとんど自分から喋っていないのに、周りの人が色々と言うだけで、どんどん話が進んでいく。その分、喋っていることだけが真実ではないことが、観客には伝わってくる。『立ち上がる』などの仕草だけでその人の感情が表現されるのを見て、『あの人のことをもっと知りたい』と思わされる芝居だった」と語る。
また、今回はじめて劇団の稽古場に足を踏み入れたという浅沼さんは、公民館の一室を借りたりして稽古しているのをイメージしていたため、円のように大きなスタジオで、舞台セットや音響を使って稽古しているのに驚いたという。「実際の上演で表に出るのは俳優だけだが、稽古場ではたくさんのスタッフがそれぞれの仕事を果たしている。たくさんの人が関わって舞台が出来ているというのを強く実感した」と、稽古場を見たからこその感想を伝えてくれた。
遠藤さんは演出の仕方にも感銘を受けたようで、「話していることだけじゃなくて、話し方や聞き方で人を作っていく芝居・座組・作り方だなあと思った。『こう動いてみて』『こういう言い方にしてみて』ではなく、『たくさん人がいる中で「この人に聞かせたい」と思ってみて』『こう言われた時に、こういう風に捉えられるよね。そこを意識してみて』と、本人の意識に言及した演出が多かった。俳優が意識を変えるだけで、雰囲気や観客に伝わるものがすごく変わってきて、役としての人間が出来ていく手ごたえを感じて面白かった 」とのことだ。
学生にとっても、集団で作品をつくる面白さを再認識したり、演技について改めて考えたりする、よいきっかけとなったのではないだろうか。
良質な作品を上演しながら、後進の育成にも貢献する演劇集団円。老舗劇団の熟練の俳優・スタッフが緻密に作った『コウセイネン』、ぜひ多くの人に観てほしい作品だ。
演劇集団円『コウセイネン』
2024年11月14日(木)~11月24日(日)
詳細・ご予約:演劇集団円『コウセイネン』|吉祥寺シアター