見出し画像

にしなり!5話「時は来た」

 そのひが帰ってきた日以来、くらしは嬉しいながらもモヤモヤしていた。
カメラマンであるふみが日暮そのひこと"日野朝日"を探して訪ねてきたこと、見せられた写真はくらしの視界がぼんやりでありながらもそのひの面影を一瞬感じてしまったこと、楽観的に流されるように生きてきた自分の人生へのツケが一気になだれ込んできたような気分に陥っていた。

モヤモヤしていてもしょうがない、人が1日程度で改められるわけがないと開き直ったくらしはあの日からほぼ毎日日雇いに出かけていってはお金を使わない生活をしているそのひの出勤を見送ってから久々にパチンコ屋に向かった。

くらし「なんやこのクソ台!」
生活保護費を半分スッたくらしは台パンしかけたところを老婆に止められた。
トメ「いかんねくらしちゃん」
「あ…トメさん」
豹柄シャツを着ているこの老婆、松永トメは那間歩くらしに西成での生き方を教え、生活保護の手続きを手伝ってくれた親代わりのような存在であり、生活保護仲間でもある。

「半グレからせっかく足を洗ったあんたらしゅうないで」
「いやぁ~右足無いんすわ…はは」
「なぁにがあったんよ、あたいに少しでもいいから話してくれや」
普段のおちゃらけた姿からはありえないぐらい明らかに動揺を隠せていないくらしはトメに引きずられて居酒屋に連れて行かれた。

「と、トメさんお金あるんでっか」
「勝った」
ピースしながらドヤ顔で誇るトメは日本酒と焼鳥を頼むとただただ静かにくらしが話すのを待った。
「なぁ、あんた最近浮かない顔しとるよなぁ。どうしたんや一体」
「トメさんには関係あらんでしょ…うーいヒグッ」
完全に酔っ払ったくらしだが話すわけにはいかない。もしも逃亡中の殺人犯相手に恋していてなおかつ逃げられたらどうしようだなんて悩みをそう簡単に言えるわけがあるわけ無い。
…とは言えど酒に勝てなかったくらしはぼかしを入れながら話してしまった。

「なぁ、真面目に答えてくれやトメさん。もしウチが人を好きになったけどこんな阿呆そのものの生活と経歴と身体じゃ告白する勇気もないし何よりここ西成は人がいなくなるのも当たり前やよな?もしもその相手が知らん内に出ていったままどうしようって思ってたんやとしたら…うっ…ひぐっ」
トメに少しながらも心の内を話していく間にくらしの瞳からは大粒の涙が溢れ出てきた。ただでさえ見えにくい視界が更にぼやけていく。
「複雑やけどあんたもついに恋ってもんを知ったか…」
「茶化す気ちゃいまふな!?」
「ろれつ回っとらんて、飲ませすぎたか。まぁあたいとして言えることは相手がいなくなる前にさっさと告白するしかないと思うけどねぇ」
トメは直球な答えを出した後、ねぎまを美味しそうに頬張った。
「れもそれで相手がウチのこと好きやなかったらウチャもう生きてけん…」
「アホ!いなくなるんかもやったらはよいいや!それにくらしちゃんは相手とどういう関係になりたいんや」
「ずっと楽しゅう二人で過ごしたい…」
「じゃあ相手にオッケー貰ったら着いてきゃいいやないか」
「もしダメやったら…?」
「昔は向こう見ずだったのに先を考えるなんてくらしちゃんらしゅうないね、勝てもしない相手に喧嘩売ってここで倒れてたり危ないと分かっとる現場で右足を失うタマしとるから好きな人が出来たら何も考えずにはよ告白する思うてたわ」
過去の過ちを改めて指摘されたくらしはただでさえ酒で赤い顔が茹でダコのようになった。
「い、言わんといてくださいってば…もう!」
「はは、まぁ考えられるようになったってこたぁ少しゃ大人になったんやね。あたしゃあんたと同じ17の頃はほんまもんのちゃらんぽらんやったのに」
トメにからかわれたくらしは普段そのひには到底見せないであろう顔でむくれた。

「まぁ…なんにせよ告白せんと始まらんってことかいな?」
「生活保護受給者がいくら西成で底辺カーストだろうが人間としての本能を言う権利はあるでぇ?」
「でもウチゃあ障害者やし生活保護だし未だに縁が切れてない昔の半グレ仲間とたまにでも飲んだくれたりしとったり向精◯薬とか転売して小銭稼いでるしパチ打っとるカスやけん。人として事故物件どころか汚染区域にあるような家みたいなもんでやっぱ即断られるオチやないかぁ…?」
くらしの嘆きの区切りがついたと判断したトメは立ち上がると彼女の頬を思い切り叩いた。

「ウジウジしとるんやない!いなくなるかもなんやろそいつ!」
「でも…」
「でもは言わんこと!そりゃあんた人間社会の視線で見りゃアレやけど個人の目で見ればまた別や!特にここに逃げてきたような人間相手ならな!」
「トメさん…」
トその一言でくらしは先程までウジウジとと言っていた自分が馬鹿みたいに思えてきた、とはいえ人が1日で改められる訳もないのでそれは所詮彼女にとっては付け焼き刃でしかない。
「すんまへん、少し決意出来たかもやけどまだ怖いんよ」
「まぁ無理にとは言わんけど何も言えずに出ていかれるよか言ってもうた方がええ」

夕方、ほぼ毎日日雇いをしているそのひがクタクタで帰宅すると最初に見かけたのは布団に包まっているくらしだった。
「ひっ!」
「ただいま…ってなんでそんな驚くんですか」
「そ、そそそそのそのな…山田っておったやん!?あいつに騒音注意したら…暫くノックが激しくて怖かったんやぁ…」
またしても涙を我慢できないくらしはそのひの胸に抱きついた。
「山田さんさっきすれ違ったんですけど…」
「あ、あはは…じゃあ人違いかもな!」
「いや普段と様子が違いすぎますって…もしかして酔っぱらいかヤク中がノックしてきたんですか???」
「ま、まあそんなもんや…」
視線が反対を向いていたくらしに対してそのひはある1つの、最も考えたくない結果にたどり着いた。
まさか、この人私の正体、知っちゃったんじゃ…
そのひは頭が真っ白になった。

アナウンサー『続いてのニュースはタイガーマンションで起きた殺人犯であり、現在逃亡中の日野朝日容疑者についてです』

最悪の場面でTVはくらしのニュースを淡々と告げる。そして肉声まで既に公開されていた。

『やめてぇ!直哉!』
『うるせぇよバカ女!もっと稼がねぇと痛い目に合うぞ!』
『誰かぁ!助けて!殺される!』

当時の彼氏との言い合いが近所の人間に録音されていたらしいようでそれを聞いたそのひの頭には当時の記憶がフラッシュバックし、心臓の鼓動が早まった。
「あ、朝日ちゃ…」
くらしもまた、最悪なタイミングで口を滑らした。
「え…」
「あ!ここで朝日のチャンネル見れるようにならんかなってつい欲が出ただけや!」
「あー、ここでそういえばTV見てないからチャンネル何が映るか分からないんですよね、あはは…」
「あかんなぁ、難聴まで発症したらもう生きてけへんなぁ…せや、酒買うてきたんや。飲むやろ?」
「はい…」


その晩、急に様子が変わったくらしの姿を見てそのひは全く酔えなかった
誰かにバレる前に早く逃亡資金を稼いで逃げなければ…

深夜、そのひが歩いていると警察官に職質された。
警察官「すみません、この辺に泥棒が現れたんですよ。協力願えませんか?」
「えっあの…」
彼女が警官の方を振り向くと滅多刺しにしたはずの元カレである直哉が死に際の血みどろな顔で笑っていた。
直哉「なんで俺を殺したぁ」

そのひ「うわああああああああ!!!!!」
夢だった、しかし絶叫したことでくらしが目を覚ました。
くらし「なんや、また悪夢か…?」
そのひ「は、はい…いつもごめんなさい…」
「なぁ…今夜は辛いことがあったんよ。抱きしめて寝てもええか?」
「べ、別にいいですけど…」

その後、そのひは二度寝してもまたしても悪夢を見た。
彼女は早朝、漠然と考えていた海外逃亡計画を固める決意をした。
今日も稼がねば…

次回、最終回

あとがき
6月になったので更新、最終回まで書き溜めていたのを少し書き直した。
正直書き始めた頃は絶対エタると思っていたけど完結させられそうで安心した。

高いよ