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東京の美容室

紅葉の役目を終えた枯れ葉たちが冷たい東京の道路を滑る。厚いコートやダウンに身を包んだ人達が颯爽と移動していく。なぜか都内の人たちは歩くスピードが速い。

そこには俺が住んでいる街とは比べ物にならないくらいお洒落な建物やファッションで溢れていた。東京の美容室を紹介された俺は、初めて都内で髪を切る為どんな髪型になるのか期待で胸が一杯だった。辺りは夕日が沈み、夜が近づいていた。ネットに記載されている店までの案内とGoogleの地図を頼りに、俺は足を進める。


美容室までの道のりは(東京だともれなく道に迷うのだが)思ったより難しくなかった。道中、紺色の重たいコートを着ている親が、娘と思われる丁寧に磨かれた黒のローファーを履いた子供の写真を撮っていた。顔の表情や身なりから不自由のない暮らしをしている家族だということが瞬時に読み取れる。先へ進むと俺が聞いたことがないブランドが道に店を連ねる。外から店内が見え、茶色系のライトが商品の高級感をさらに醸し出していた。東京の店内の時間の流れだけは遅かった。


目的地に辿り着く。辺りは枯れ葉が道路を削る音と革靴がリズムを取っているだけであった。東京で髪を切る。初めて美容室デビューをした中学生以来の緊張感だった。感染症対策のため、その店は入り口のドアを開けていた。受付を済ませ、予約時間まで待つ。年末最終日とのこともあり、店内は先ほどの東京の静けさと打って変わって忙しなかった。店員でのんびりとしている人は誰一人いない。

予約時間を少しすぎた頃、今日指名した担当の方が俺に声を掛ける。最初に座ったパイプ椅子から移動してレザーのソファで待つように言われる。目の前にはシャンプーをされている客が4,5人ほど横になっていた。どうやら壁の向こうにも同じシャンプー台があるらしい。向こうの鏡に反射して分かった。客や店員の容姿から伺うに、かなり気合の入ったヘアスタイルやハイブランドを身につけている人がほとんどだった。こんなダサい男がこのソファーに一人座っているが目立って恥ずかしくてしょうがない。スマホをいじるフリをしながら再度声がかかるのを待つ。

どうやら今日俺の髪を切ってくれる人はかなりの人気で、数人のお客さんを同時に接客しながら進めているようだった。他の店員もあちらこちらへ移動しながら作業を進めている。斜め左は会計待ちの客が列を作っていた。また、年内営業最終日であるため仲のいい店員と客が最後の挨拶をするなど入り口付近はややカオスな状況であった。

予約時間を30分ほど過ぎた頃、別の店員からシャンプーの声がかかる。早足で移動する。上から店が全て見渡せるが、空いている席は無いほど満席であった。ほぼ作業とも言えるシャンプーを済ませ、やっと担当の方が来てカットに入る。

ここまで様々な事を考えていた。俺は今まで神奈川の美容室に満足していたが、果たして東京の美容室はどうか。場所も変われば人のファッションも変わる。街の雰囲気も変わる。俺はどうか。この街に合うか。もう少し良いコートを着てくるべきだったか。ぐるぐる頭の中で会議をしている内に気づけば別の髪型になっていた。再度シャンプーを済ませ、会計へ。もう少し伸びてからまた来よう。俺は美容室を後にした。


気づけば2時間ほど滞在していた。辺りはすっかり暗くなり、すれ違う人の顔も見えないくらいだった。俺は初めて東京で髪を切った。自分がなりたいヘアスタイルにするにはもう少し時間が必要だった。店に来る前の親子はどこへ向かったのだろう。駅へ向かう。この細い道は冷たい風を直にぶつけてくる。

ふと道の途中でプラダがあった。他の店は閉めているところもあったが、プラダは一際ライトが光っていた。ガラス張りなので外から店内が少し見える。全身黒の制服に身を包んだ店員がバッグを持って説明をしている。

この店にいる客と俺は何が違うのだろうか。店の隣にはベンツのゲレンデと、大きなレクサスのSUVが黒光りしていた。鋭い形状のヘッドライトが俺に問いかけているようだった。

黒く光る姿が女の子のローファーを思い出させた。もっと金を稼がなきゃな。道中の写真を撮っていた親のバッグに「LV」の文字が刻まれていたのを思い出す。


時間があまり無い。俺は急ぎ足で銀座線に向かった。



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