ヤバいバイトを経験して:その2

いつどこでも好きな時に飲み物が飲める自販機だが、世界的に見ても日本は珍しい。海外では自販機にお金を入れても商品が出てこなかったり、そもそも機械が壊れていて反応しないなど当たり前だ。そう思うとかなり恵まれていると思わないか。お金を入れさえすればあとは好きなものがすぐに手に入る。夏は冷たく冬には温かい飲み物が簡単に飲める。だがその日常を支えている人もいることを忘れてはならない。

当時大学生だった俺は金が無かった。続けているバイトのシフトだけでは毎日の飲み会や遊びですぐにお金が無くなっていった。すぐにできる簡単なバイトを当てにサイトを探しまくった。

初めて経験した単発バイトの記事はこちらに記載しておくので、まだ読んでいない方は是非。

単発バイトのサイトを探していると、「自販機補充員」があった。日給もそこそこいい。当時で12,000円程だった記憶がある。一旦東京の事務所で簡単な研修を受けてから実際に業務に移るらしい。研修はすぐに終わった。勤怠の説明と注意事項の解説。概要はこうだ。

・自販機補充の補填スタッフなので、当日の欠員がいなければ業務は無し(勤務無しの場合は待機料として日給5,000円)
・欠員が出た場合、電話で待ち合わせ場所と時間の連絡が来る
・基本的には路駐切符回避(路上駐車をしていると警察に注意を受けて罰金が科さられるのを防ぐ)為に助手席で待機する


すぐに俺は地元へ戻り、電話で呼ばれるまで待機していた。勤務開始時刻は10時。しばらくしても電話は来ない。このまま待機で適当に過ごして5,000円貰えるなら楽だな。そう思いながら駅の近くをぷらぷらしているとスマホが震えた。電話だ。
「欠員が出たので、〇〇駅に11時待ち合わせで」そう伝えられると俺はすぐに電車に乗り、欠員の代わりとして向かった。

向かった先は駅の側にあるバスターミナルだった。そこで俺はドライバーが来るのを待つ。しばらくすると大手飲料メーカーのロゴがプリントされたトラックが勢いよく滑り込んで来た。「今日のバイトか?」俺は適当に返事をするとすぐに助手席に乗るよう言われた。中はタバコ臭く、レシートやコンビニの袋が散乱した狭いトラックの助手席に飛び乗った。「名前は?」30後半位の疲れ切った顔の男が言う。苗字を伝える。右手の指に挟んだタバコを口に再び咥えるとハンドルを右いっぱいに回しながら言った。「初めてか」そう言うと男はため息をしながらアクセルを踏んだ。

初めてだ。こんなにも車内が茶色くなっているのを見たのは。ドライバーは相当なヘビースモーカーなのか、吸い殻入れにはフィルターギリギリまで吸われたタバコが押し込まれていた。車内は元の色が分からないほど汚れとヤニで変色していた。安いジャンパーを着てきてよかった。10分ほど車を走らせると勢いよくブレーキを踏んだ。エンジンを切るのと同時にドライバーは車を降りる様指示し、荷台の上に載っているキャリーを下ろすように言った。下ろしたキャリーに綺麗に敷き詰められたペットボトルや缶が入った段ボールを次々と積み上げていく。俺はその早さに唖然としていた。

最初の訪問先はとあるビルの中の自販機の補充だった。社内のエレベーターを経由してそれぞれの階の自販機の補充をする。その間に俺は隣にある缶と瓶でいっぱいになったゴミ袋を新しいものに変える。それを繰り返した。聞いた話だと助手席に座っているだけでいいと聞いたんだけどな。この作業を5,6件回り、気づいたら15時くらいになっていた。昼も食わず休みも無く動き続けて少しクラクラしてきた。

日が落ちて辺りは暗くなっていた。休む暇もなく次の場所へと向かう。綺麗な巨大ビルの駐車場に車を停めて重たいキャリーを引っ張る。閉まりそうなエレベーターの扉を社員の方に再び開けてもらい、上を目指す。古びた服からからタバコの匂いを発している俺らは、さぞかし迷惑だろう。早歩きで移動する自分と塵一つ無い完璧に清掃された廊下は、なんとも不釣り合いであった。カフェスペースだろうか。コーヒーを片手にパソコンと向き合う社員や、談話をする者もいた。皆顔がはっきりしている。いや、容姿を誉めているのでは無い。ストレスフリーな印象を受けた。ドライバーは何も言わずにものすごい速さで飲み物の補充をする。飲み終わったゴミで満杯の袋を引っ張りながら下の階へ降りた。

エレベーター内でドライバーと俺だけになった。ここで会話をするチャンスだと思った俺は、興味本位で聞いてみた。「あの」ドライバーはこちらを見ずに携帯をいじる。「あとどのくらいなんですかね」ドライバーはそのまま「もう少しだな」と返事をした。エレベーターの中では少しだが、無口なドライバーと会話をすることができた。

最後はこの大きなビルの地下にある駐車場の自販機だった。隅にある自販機。薄暗い駐車場で光を放っていた。俺はやっと慣れた手つきでゴミ袋を交換した。最後の補填が終わりひと息付いたのか、あんなに急いでいたドライバーが手を休めて携帯を取り出した。「何か飲むか」そう聞かれた俺は、初めて自分の喉が渇いていたことを思い出した。スポーツドリンクを渡され、一気に身体に流し込んだ。「いつもこんな感じなんですか」俺は聞いてみた。今日は俺が初めてなのでちょっとペースを落としたという。着いて行くのがやっとだったけどな。聞くところによると、数十年間この仕事を高校卒業から続けているらしい。本心は辞めたいが、会社に迷惑がかかり代わりも居ないので仕方なく続けているという。「できる仕事があれば辞めたいけどな」そう言いながらドライバーはタバコに火を付けた。

夜の道をトラックで進む。俺は疲労と空腹で何も考えられずボーッと外を眺めていた。今朝よりもトラックのスピードは遅い。俺は最初の待ち合わせ場所で降ろされた。「ありがとな」男はそう言うと右手の指にタバコを挟みながらトラックを走らせた。空になったペットボトルを持ちながら俺は家で捨てようと思った。家に着いてもまだジャンパーからタバコの匂いがしていた。

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