藤堂高虎の「虎の恩返し」【歴史から見る生前整理】
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藤堂高虎の「虎の恩返し」【歴史から見る生前整理】

長い人生の中で、
「大変な時に助けてもらったから、いつか恩返しがしたい」
「苦労した時に良くしてもらったから、必ず恩返ししたい」
と思ったことがあるのではないでしょうか?

戦国時代、近江の国(滋賀県)の出身で、「藤堂高虎」という武将がいました。
この武将は、築城の名人であるとともに、その生涯で主君を7度も変える中で出世した稀有な武将でした。

その藤堂高虎にまつわるエピソードがあります。
ある時、仕えていた主家が滅亡したことで主を失った高虎は、
新しい主を求めて流浪の日々を送っていました。
そして、三河の国(愛知県)の吉田宿を訪れた時、
お金もなく空腹に耐えられなかった高虎は、
立ち寄った餅屋で餅の無銭飲食をしてしまいました。

それを知った餅屋の主人に正直に謝ったところ、その主人は、
「出世払いで頂くことにいたします」と許したうえ、
「無一文では不便だろうから」と言って、路銀と餅を渡して送り出してくれました。

その後の高虎は、豊臣秀吉の弟の「豊臣秀長」に仕えたことが転機となって数々の功績をあげ、
秀長の死後は、秀吉に仕えて大活躍し、伊予(愛媛県)宇和島8万石の大名となりました。
また、秀吉の死後は、徳川家康の絶大な信頼のもと更に大活躍し、伊勢・伊賀(三重県)の地で32万3000石の大大名となりました。

破格の出世を成し遂げた高虎は、無銭飲食をした餅屋の主人に会いに行きます。
そして、あの時の恩返しとして、大金を持参しました。
(※なお最初、主人は高虎のことが誰だかわからなかったらしい)
ただ、主人はそのお金を受け取らず、「近くを通る時は店に立ち寄って餅を食べて欲しい」と言ったとのことでした。

この話は、「出世の白餅」の逸話として講談などになっています。
本当の話かどうかは定かではありませんが、
高虎の記録の中に、「吉田にある例の餅を食べること」が藤堂家の習慣になっているという記述もあるそうで、まったくの作り話でもなさそうです。

なお、大名に出世した高虎は、「白餅」と「城持ち」をかけて、藤堂家の旗印を「白もち3つ」としたとのこと。

右が藤堂家の旗印

高虎のことを、「出世のために主君を7度も変えた世渡り上手」と言う人もいますが、
戦国時代の頃は、「主君を変えること=不忠者」ということはなく、己の能力を存分に発揮するために力のある主を求めることは、誰もが望んでいる当然のことでした。
また、高虎は常に、その遺訓の第一条で述べているように、
「朝起きたらその日を自分が死ぬ日だと思って生きろ。覚悟があれば何事にも動じない」
という強い気持ちを持っていました。
そして、高虎は、無事に恩返しをすることができたのでした。

恩返しをする時には、何かしら大きな形にして恩返しをしたいと望んでいる人もいると思います。
もちろんそれができれば本望です。
ただ、事情が許せば、形の大小に関わらず、少しでも早く恩返しを実行することも大切だと思います。
心がこもっていれば、その思いは必ず相手に通じるはずです。
また、「あの時、やっておけばよかった」と後悔するようなことが起きないとも限りません。
元気なうちに、できるうちにやることが一番!
これも大事な『生前整理』です。

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添田 貴文(そえだ たかふみ)/【福岡の生前整理診断士】
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