見出し画像

Yumiko

銀座松屋の8階は、いつでも忙しい。感傷に浸っている時間も与えてくれない。初めてできた彼女が3日で終わるなんて、想像もしていなかった僕は、暫くの間は恋愛なんてするもんかと思っていたのだが、慰めてくれたのは、鹿児島から上京してきたAu Fin Becの社員の由美子ちゃん。仕事中でも目が会うたびに、「忘れちゃえって」笑いながら、半分憐れみをくれた。留学費用を貯めていた僕は、バイト後の付き合いは悪い方だった。毎晩のようにお店では、閉店後「慰めパーティ」と題して、売り物であるビールをご馳走になっていた。

「もう一軒行くかっ」由美子ちゃんと帰り道が一緒なので、誘われたが断った。別れ際に彼女が僕の唇にキスを。「元気出しなって」こちらを振り向きもせず手だけ振って、地下鉄へと吸い込まれていった。

暫し、その場でボーッとしながら唇に手を当てる。まぎれもない僕のFirst Kiss。初めての彼女が3日なら、First kissも一瞬だ。このままだと童貞もどうなるかわからない、なんてことを思いながら、余韻を楽しんでいた自分に気づく。

それからはもう、由美子ちゃんばかりを意識してしまっていた。Kissで魂を奪われた僕は、抜け殻のような体だった。それを面白く弄ぶように、帰り際にキスを毎回してきた。人目も憚らず、ここってアメリカって思うぐらい軽い感じだ。

思い切って仕事終わりに誘っていた。行く店は「STEP」高校3年からボトルキープしているスナック。ませてたな。アーリータイムスのバーボンが好きで、夜通し飲んで歌っていたところ。

どれくらい飲んで歌っていたのだろう。終電はもうない。僕の方は計画的だったと思う。相手はどうだったかは知らないが、僕の部屋に泊まることになった。

東京山手線内の一軒家だが、僕の部屋は恵まれていた。外階段で屋上までいくと四畳半のプレハブ小屋が設置されていて、両親や祖父母が寝る場所とは違う離れ。友達の溜まり場にもなっていた。

小さな部屋を有効活用すべく、二段ベット。上が寝床で下が机になっていた。寝床は、天井までの距離が狭くて、カプセルホテル並みの閉塞感がある。

由美子ちゃんと2人。狭い空間で寝た。彼女からの手ほどきを受けながら、初めてのSEXをすることになる。無我夢中だった。愛しさと切なさと心強さと、とはよく歌になったもんだと今は、なんとなくわかる気がする。愛しさも切なさも哀しさも嬉しさも怒りも悔しさも虚しさも、ありとあらゆる感情がそこにはあった。

こうしてズルズルと2人の関係は、酒と歌と体だけの関係が始まったのだが、真面目な僕が放った言葉で苦悩が始まってしまった。

「ねぇ、俺たちって付き合っているっでいいんだよね?」

「ん〜っ、今ね。大島さんと付き合っているんだ、わたし。」

「えっ。」それ以上の言葉は出なかった。大島さんは5つ上の頼れる社員で、僕の兄貴分だ。聞かなきゃよかった。ん。聞かなきゃよかったのか?


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?