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競走馬の列伝『名馬を読む』『2』を語る。

そろそろ中央競馬では『三歳未勝利』クラスのレースが無くなる頃になってきた。

競馬を良く知らない方に説明すると、中央競馬に登録して出走するサラブレッドは、二歳の夏にはレースにデビューし『新馬戦』あるいは『メイクデビュー』という競争に出られる。そこで勝てばさらに上のランクのレースに出られるが、負けた場合『未勝利』というクラスに移される。

『未勝利』クラスのレースには制限がある。8月いっぱいでもってこのクラスのレースはなくなってしまうのだ。
それまでにこのクラスで勝つことが出来なかった競走馬には大変厳しい道が待っている。少なくとも、中央競馬で活躍する可能性は限りなく少なくなる。

もちろん、その限りなく少ない可能性を掴んだ者らもいるのだが……

本題に入ろう。
そのような厳しい世界で勝ち上がり、栄光と名誉を手にしたスターホースと呼ばれる馬たちがいる。
中央競馬を主催するJRAは1984年から事業の一環として「顕彰馬」というものを毎年選出しており、プロ野球の殿堂入り選手のようなものである。

実際、選出された馬たちの事跡が府中にある東京競馬場にある殿堂に飾られているというから、よろしければ見に行かれると良い。

江面弘也著『名馬を読む』(三賢社)はそんな、人々を沸かせ、人々の記憶に残る活躍をした顕彰馬たちを、その生い立ちから生涯まで記した列伝である。

発行が2017年のため、これに記されている名馬に加えた数頭が現在顕彰馬に選出されているが、それを追いてもこの本は、馬一頭が受け持つ世界をしっかりと追いかけて書かれているところに好感が持てる。

どんな馬にも、生まれ故郷になる牧場があり、その牧場を管理する牧場主さんとその家族が居る。同じように競走馬として成績を残したり、血統から期待を受けてきた父馬と母馬がいる。競走馬の育成に心を砕く調教師や厩務員が付き、レースでは共に苦楽する騎手がいる。

名誉高いレースをいくつも勝つ名馬も、明日負ければ未来は暗い未勝利の馬も、それは何一つ変わらない。

そんなことを今、この本を手に取って思った。


この本を私は『列伝』と呼んだ。
顕彰馬は長い時間を経た中央競馬の歴史の断片でもある。
と、すればこの本はある意味でJRAの歴史でもあるのではないか。

何しろ、日本の競馬はとにもかくにも『大衆の競馬』なのだ。
JRAという公共性の高い団体が、ギャンブルとロマンに狂騒する大衆に対して如何に対峙してきたのか。
顕彰馬という制度そのものの変遷からそう言ったものを窺うことも出来るのだ。

同著には二年後に発売された『名馬を読む2』という続編が存在する。
制度的に顕彰馬に選出されていない、これから選出されるかもしれない、そんな顕彰馬という制度の隙間に零れ落ちた馬たちを取り上げた作だ。

制度から零れた馬でも、公が『名馬』と刻んだ馬たちといずれも劣らない、人の記憶と記録に残る名馬である。
著者の江面氏は同作の続編を書くにあたり題名をどうするか悩んだそうだが、結局『2』という凡庸な形態に落ち着いた旨を前書きに残しているが、さもあろう。

所詮名馬かどうかなど、馬自身の与り知らぬことである。

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