Kaito Hirano

三重県伊賀市出身。プロサッカー選手を夢見た生粋のサッカー小僧だが、プロサッカー選手にな…

Kaito Hirano

三重県伊賀市出身。プロサッカー選手を夢見た生粋のサッカー小僧だが、プロサッカー選手になれずビジネスの世界へ。そこでの経験、学びなどを発信していきます。気軽に読んでください!

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NEXTチャレンジ

3月3日の早朝に、愛知を出発し、地元三重県まで歩いて帰ります。 距離としては、約120㎞。 ヒッチハイクの時のように、明確にやる理由はないですが、とにかく面白そうなのでやってみます。 そこに、思わぬ出会いや気づき・学びがあれば最高です。「バカだなぁ」と思われる方も多くいらっしゃるかと思いますが、今の僕にとってはそれが最高の褒め言葉です。 ワクワクしか知らなかった幼少期から、年を重ねるにつれ、様々なルールを知り、良くも悪くも多くの情報を手に入れ、気づけば周りからの評価を一

    • 日本一周ヒッチハイク旅を終えて

      前回の記事では、日本一周を終え、無事に帰ってきた報告とお世話になった皆様への感謝の気持ちを書かせていただきました。 今回の記事では、主にこの旅から得た「学び」について記したいと思います。是非読んでいただけると嬉しいです。 1.大抵のことはなんとかなる日本地図もろくに理解していないし、道路情報なんてこれっぽっちも知らない僕でも日本一周を成功させることが出来た。毎日食事を摂れる保証はなかったし、11日間のうち、7日間は寝床が無く十分に睡眠を取ることも出来なかった。それでも

      • 日本一周ヒッチハイク旅〜完〜

        2月10日に名古屋を出発し、ヒッチハイクで日本一周無一文の旅に出ました。(北海道と沖縄は抜き) 1ヶ月程度を予定していたのですが、計37台の車にお世話になり、11日で帰ってくることができました。正直、早すぎてちょっと恥ずかしいです。 自ら無一文とは言いつつも、心の中では「さすがに厳しいだろうな」と思っていました。しかし、結論から言うと、無一文どころかお金が増えて帰る結果に。。。現金で計14500円、+昼飯・晩飯をほぼ毎日ごちそうして頂き、使ったのは、コインランドリ

        • 日本一周ヒッチハイク旅出発

          2020年の目標は「行動量の最大化」です。 その1つ目として、2月10日から「ヒッチハイクで日本一周」に挑戦します。 なるべくお金は使わず、無一文に近い形で行きます。 この決断に至った経緯は以下の通りです。 僕はサッカーを始めた小学1年生の頃からプロサッカー選手になることを夢見ていた。結果的には夢を叶えることは出来ず、僕のサッカー人生は失敗に終わったが、(プロサッカー選手になることを成功と定義するならば)夢に対して甘く考えていたかというと、そうではない。私生活も全

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          2019年

          2020年になり、1ヶ月ちょっとが経ちましたが、2019年を振り返ってみようと思います。 一言で表すと、「多くの初めてを経験した年」でした。 1.サッカー部の選手会長に就任チーム始動と同時に部員約250人の選手会長に就任。大学サッカーに取り組む意味、目標設定の重要性、自分の無力さなど多くのことを感じた。しかし、この経験により、自分の課題が明確化し、成長への糸口を掴むことができた。社会人になる前に、自分の弱みに向き合う経験が出来たことは、非常にポジティブな出来事だった。

          目標を共有する

          前回のノートにも記載したが、今夏、男3人で富士登山に挑戦した。昼間にサッカーの試合をこなし、十分な睡眠も取れていないまま、体調万全とは言いがたい状態でスタートした。頂上に近づくにつれ、疲労はますます大きくなり、高山病にもかかるなど生きて帰れるのかさえ不安になるくらいだった。そんなギリギリの状態の中、僕の心を支えてくれたのは、頂上を目指し、共に登った仲間、さらに全く別で訪れていた登山者の方たちの声だった。仲間同士で、「もう少し頑張ろう」と声を掛け合い、すれ違う登山者の方と「お互

          目標を共有する

          道のりは険しく

          皆さんが、これまでで一番大きな達成感を得たのはいつですか? また、大きな成長ができたのはどんな時ですか? そこにはどんな背景がありましたか? どんな感情でしたか? そこには、人それぞれ事象は違えど共通する部分があると考えています。 さらに、達成感と成長は共存すると考えています。 そう思うのは、僕の以下の2つの経験があるからです。 ①高校時代の三重県サッカーリーグ優勝高校3年時に三重県リーグ優勝を経験。しかし、そこまでの道のりは決して楽なものではなかった

          道のりは険しく

          怒りたくない

          時には、厳しく怒ることも必要かもしれないが、僕は基本的には怒りたくない。どんなことも、受け入れて、一緒に考え、乗り越えていけるような人間でありたい。 「怒る」こと誰がどう考えてもダメなことをした時には怒ることも必要。しかし、それ以外ですぐに怒ってしまう人は弱い人間だと思う。本当に強い人間こそ怒らない。 人はなぜ怒るのか自分と違う考え方、価値観の人に対して、無理矢理自分のレールに乗せようとする。その方法しかしらないから。その時、自分の経験値が少ないことにより、「なるほどね

          怒りたくない

          承認欲求

          僕は幼少期から承認欲求が強い。だから、よく人の目を気にして生きてきた。いつも考えていたことは、「これを言えばこの人はどうなるだろう」ではなく、「これを言えば僕はどう思われるだろう」だった。やりたいことがあっても周りの目を気にしてやらないことも多かった。厳しいことを言ってあげた方がその人のためになると分かっていても、少しでも自分が嫌われる可能性があるなら、言わないようにしてきた。それによって、どんな人ともそれとなく、上手くやってきた。それとなく、、、。それはその人のためではなく

          承認欲求

          未来は勝手に変わらないし、過去は勝手に輝かない。

          僕はすごく心配性。すごく未来が不安。社会人になって自分に何ができるのか。お金を払って受けてきた「教育」からお金を貰って「働く」という全く違った形になる。これまで、サッカーに守られてきた人生から新しい一歩を踏み出す。周りの環境は自分を守ってくれない。自分を守れるのは自分。だから、自分で自分を守ってあげられるぐらいの力を付けないといけない。(自分だけでなく、大切な人も守ってあげられるような男になりたい) 「今」がすべて どうすれば、自分に力を付けることができるのか。それは、「

          未来は勝手に変わらないし、過去は勝手に輝かない。

          時間

          最近めちゃめちゃ思うんです。時間て大事やなって。全然足らへんやんて。 お金は自分で生み出せるけど、時間は全員同じで変えられない。 何かに取り組もうとした時、僕と同じように時間が足りないと感じたことはありませんか? 同じ24時間の1日を生きているはずなのに、人によって生産性に大きな違いが生じています。 ビルゲイツ、イーロンマスク、ザッカーバーグなどの世界に影響を与え続ける事業家達の1日も、もちろん同じ24時間です。 周りで結果を出し続けるあなたが尊敬するその人も同じ1日

          僕を救った言葉

          僕の大学サッカーは挫折から始まった。部員約250人のサッカー部はレベル順に6つのカテゴリーに別れ、活動している。新入生は最初の1か月で実力を判断され、各カテゴリーに割り振られる。新入生の約7割はセカンドチームにあたる、U-20というカテゴリーでプレーするが、このカテゴリーに入れなければ大学サッカーはほぼ終わり、プロなんて夢のまた夢、先輩にはそのように聞かされていた。だから何としてでも、そのカテゴリーに滑り込むべく死に物狂いでプレーした。 そして、1か月後、ついに迎えた発表の

          僕を救った言葉

          自分次第で学びは変わる

          「夢を持てる人を増やしたい」夢を持てる人を増やすためにはかっこいい大人を増やす必要がある。そのために僕が今できることは、ファーストキャリアの選択の真っ只中にいる就活生を支援することだと思い、9月頃から本格的に就活相談をスタートさせた。 それから3ヶ月ほどが経ち、約40名の就活生と話をさせていただいたが、当然歩んできたキャリアは1人1人違う。モノの捉え方、考え方も違えば、価値観も違う。自分と違う人たちに触れることはすごく刺激的で楽しい。 なぜ取り組むのかそんな就活相談を通し

          自分次第で学びは変わる

          僕は本当にサッカーが好きだったのか?

          16年間、本気で向き合ってきたサッカーを引退し、早3ヶ月が経った。 引退してから一度もまともにボールを蹴っていない。無性にボールを蹴りたくなることも、今のところない。 「あれ?俺って本当にサッカーが好きだったのか?」 今、こんな感情に侵されている。 本気でプロサッカー選手になりたかったし、本気で上手くなりたいと思っていた。友達からの遊びの誘いも練習をするために断ったし、サッカーに必要じゃないと思ったからせっかくの告白をお断りすることもあった。常に自分の中心にはサッカ

          僕は本当にサッカーが好きだったのか?

          偶然

          これまでの人生を振り返ると、「予期せぬ出来事」「偶然の出会い」の連続だったように思う。 「クラスメイト」「チームメイト」「先輩」「後輩」「同期」。彼らとの出会いは、ほぼ全て「偶然」と言っても過言ではない。もっと言えば、この家族の元に生まれたこともまた、「偶然」である。 そして、恐らくこれからも「偶然」「予期せぬ出来事」が大きなウエイトを占める人生を歩むだろう。 事実、キャリアの8割は「偶然」によってできていると言われている。 だが、ほとんどの人が自分の夢・目標に対して思

          引退

          2019年9月22日 VS FC伊勢志摩 0–2 これをもって16年間、必死にもがき続けたサッカー人生が終わりました。「引退なんてどうってことない」、そう思っていたけど、試合終了のホイッスルと同時に僕の目には涙が溢れました。これまで何千回と聞いてきた、試合終了のホイッスルがいつもとは全く違ったように聞こえました。この試合の終わりは、僕のサッカー人生の終わり。そんなことぐらいはバカな僕でも容易に理解できました。そして、応援席のチームメイトからのお疲れ様の声。「終わったんだ」、