見出し画像

ミスド、その伝播する情念

何日か前、ある同僚が突如ミスドが食べたいとSlackで言い始めた。そうこうするうちに、たまたまその周囲にいた同僚全体がミスドを食べたいと言い始めるようになった。僕は黙っていたが、静かに侵食されていた。

ミスタードーナツ。国民のおやつといってもいいくらい、この国で暮らす者が幼少期から慣れ親しんだ存在。土曜で半ドンの父親がおやつに買ってきてくれた思い出。高校に向かう朝の乗換駅で仕込みの油の匂いが漂ってきた思い出。夜の二階席で無限にコーヒーを飲みながら友人と特に話もせず居座った思い出。朝のミスドで山ぶどうスカッシュを飲みながら職務経歴書を書いた思い出。下北沢で腹が減ったと泣き喚く娘の口にポン・デ・リングを千切って押し込んだ思い出。慣れ親しんだ存在だからこそ、ドーナツと同じくらい、場に関する思い出も多い。

そんなミスドのドーナツ。場に用はなくてもある日突然食べたくなる。そもそもドーナツなんて考えてみれば糖質に糖分をドカッと加え、それを油で揚げて場合によっては糖分で更にコーティングした代物だ。脳の報酬系がバキバキに刺激されているのは容易に想像がつく。ドーナツがお前もドーナツ好きにしてやろうかと無辜の民草に襲いかかる。俺の嫁さんも娘も、そして俺自身もやられちまった。お前のところはどうだ?

情念は強靭で、なんなら人が食べたいと言うだけで食べたくなる。同じような情念はかつてマクドナルドにも感じたものだ。しかし30代も半ばになるとマクドナルドは体調を万全にしないとフルセット(バーガー・ポテト・コーラ)を受け付けなくなってきたが、ミスドは一個なら崩れないので油断すると未だにほいほい口に入ってしまう。

同僚もみんな、罪悪感を覚えながら一つ、また一つと口に運んでしまっているようだ。これはもう外形的には向こう側へ行っているように見える。衝動を抑えきれずに誰かが買いに走り、それを見た周囲はあたかも自らの衝動を肯定されたが如く、セカンドペンギンのようにミスドへ駆けていく。

画像1

不思議なことに、誰かが食べたいと言ったり、美味しそうに食べるところを目にしない限りは(僕は)あまり食べたくならない。現に、ミスドのない街のテレビもない部屋で過ごした一人暮らしの5年間は、ミスドに行こうとは一度も思わなかった。

しかし最近はミスド率が明らかに上がっている。そしてその要因は2つあることが知られている。

まず1つ目は、最近引っ越した最寄り駅の商店街にミスドがあるからだ。東京都民が東京タワーに登らないように、近くにあるが故に行かなくなるのではと思いきやそうは問屋が卸さない。近くにあると足が勝手に行ってしまうのだ。

そして2つ目は、娘がいるからだ。幼女が持つ恐ろしいスキルをご存知だろうか。あいつら、風景の中から「甘いもの」を見つける反射神経がやばい。ミスドがない通りから帰ろうとしても、一瞬見えたオレンジと黄色に反応して、ドーナツ食べたい!と言い出す。言い出したら最後、この情念は伝播するので親がドーナツの魅力に抗えなくなる。おおこわい。

そんな風にして、僕たちはまた一つ、また一つと食べてしまう。もうこれは、これは。

突然始まるオールタイム・ベスト3

これだけだと多分何が言いたいかよくわからないので、僕のミスタードーナツに対するスタンスをはっきりさせるために好きなドーナツを第三位から発表する。思い出込みの順位だが、いずれもド定番だ。

第3位:ゴールデンチョコレート

幼稚園から小学生くらいまではこればっかり食べていた気がする。黄色のガリっとしたやつのオンリーワン感に特別性を感じていたんだと思う。その頃はドーナツは2、3個食べても平気だったので、ラインナップの一つとしてこれを選んでいた。チョコレートドーナツのほのかな苦味と黄色い粉の甘さ・食感がマッチした、罪深い一品だ。

第2位:フレンチクルーラー

中高生にもなるとドーナツ如き5個とか6個とか食べても平気な身体になってしまう。そんな中でも、質実剛健なドーナツばかりでは飽きてしまう。

そこで必ずラインナップに入ってきたのが永遠のバイプレイヤーこと、フレンチクルーラーだった。キャラ的に主役ではないけれど格は明らかな最上級レベル。奴がいない芝居は締まらねえというイメージだ。

食感は軽く、軽やかな生地がじゅんとした食感と歯触りのあるハニーを纏う様はまさに、人間を籠絡させるために作られた兵器の様相すら呈している。これまで食べたフレンチクルーラーの数を、僕は覚えてはいない。

第1位:オールドファッション ハニー

画像2

栄えある第一位はオールドファッション「ハニー」だ。

兄貴分のオールドファッションに若干足りないパンチ感がしっかり目に補強され、ハニーの食感がドーナツ本体のややもっさりとした感じと相互作用し、鮮やかなハーモニーを奏でる。そんなハニーを食べ慣れた口でオールドファッションを食べると「おいこら、やる気ねえのか!」とすら思ってしまう。オールドファッションは彼なりの魅力で長年主役を張っているのに。

実はもう数年ミスドではハニーしか食べていない。上述のオールドファッションは誰かのをなんかのタイミングで少しもらったものだったはずだ。なぜなら、もう僕はドーナツを1個/回しか食べられない身体となったしまったためだ。

そしてそんな状況でフレンチクルーラーはもう選べない。なぜなら、生地が軽いフレンチクルーラーは1個では物足りないし、2個食べようとすると油にやられて気持ち悪くなってしまうためだ。

じゃあその貴重な一個を何にしようかと考えると、それなりの質量があって、かつフレンチクルーラーの代わりとなれるあのハニーをまとっているシンプルな味のものということになる。そこでそれまで見向きもしなかったハニーに白羽の矢が立った。

初めて口にしたのは確か30歳を超えてからだ。しかしその妖力はその時点からもしっかりと僕の体に浸潤し、今ではミスドに入ると口が勝手に注文するまでになった。現時点では不動の第一位だし、僕がミスドに求めているものの全てがここにあると言っても過言ではない。これでいい、これがいい。すなわち、スペシャルワンであり、代替がない。


ちなみにオールドファッション ハニーのカロリーは355kcalで、フレンチクルーラー2つより、多い。

より長く走るための原資か、娘のおやつ代として使わせていただきます。