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【連載小説】堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第二章 暴虐の狂詩曲(ラプソディー)
484.SS 中華飯店は減り続ける

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 街中華、昨今テレビや一部配信者の間で若干その価値が見直されて来ている、とは言え全国的に見れば店舗数が激減し続けているのが現状である。

 寂しい事では有るがこれが現実、正に昭和は遠くなりにけり、そう言う事であろう。

 コユキや善悪が心から愛して止まない、ふるさと静岡県の県庁所在地の駅も程近い一軒のラーメン店…… 正直に言おう、古臭い前時代の遺物、中華飯店はその激動の歴史に幕を降ろそうとしていたのである。

 最後の日、早朝からの仕込みを終えたこの店の店主、椎名傍也しいなそばやは店に併設された居住部の一部屋でこぶりだが真新しい仏壇に手を合わせながら呟いたのである。

竹代ちくよ、ついに今日で暖簾のれんを下ろすよ…… 最近のお客さんはラーメンはラーメン専門店、中国料理は高級チャイナダイニング、日本人の口に合わせた『中華』は最早、餃子や関西の大都市を冠した超大手チェーンの一人勝ちだ…… お前が逝ってはっきり分かったんだ、最早俺一人が頑張っても無駄なんだって事にな、気が付いてしまったんだよ…… 町の古びた中華飯店如きが大いなる時流、世界が望む変化の激流に逆らっても何一つ得る事が出来ないんだ…… もう、あの古き良き時代を取り戻す事は不可能なんだよ」

 古き良き時代、自分の言葉を切欠きっかけにして、懐かしそうな表情を浮かべ、昭和と平成初期に思いを馳せる傍也そばやであった。

 昭和三十年代生まれの傍也は、故郷静岡の調理専門学校を卒業後、横浜中華街にある四川料理の有名店での修行を経て、地元に中華飯店を開店させ独立を果たした。

 時を合わせて、修行中に出会い将来を約束し合った恋人、竹代ちくよと祝言を上げ、人生と言う大海原へと情熱と大望を手に船出したのである。

 こだわりは『本格四川料理』これであった。

 店名もその事を端的に伝える為、『四川菜家』だった。

 当初、麺料理は四川を代表する担々麺のみの提供であったが、来客からの要望に応える形で二か月後、醤油ラーメンをメニューに加え、以後塩ラーメン、味噌ラーメンと続き、最終的にはカレーラーメン、野菜タンメンまで増えていく事となった。

 回鍋肉ホイコーローがメニューから消えた同じ日、新たに焼肉定食の文字が代わりに記載され、エビチリがエビフライ定食へと書き換えられて行った。

 その後、チンジャオロースはニラレバ炒めに、ラーズージーは鳥の唐揚げへと置き換えられて行ったがそれはまだ良い、傍也が一番口惜しかったのはバンバンジーを親子丼と入れ替えた時であった。

「この料理さあ、野菜外してタレ掛けないで卵とじにしてご飯の上に置いてくれよ」

 客が望むなら仕方が無い……

 しかしこの蒸し鶏を使った親子丼もどきが口コミで昭和の静岡で一大ブームを巻き起こしてしまったのだ。

 何でも、柔らかく臭みの無い肉と卵の優しい甘さが、それまでの日本式の親子丼より洗練さを感じさせるバブリーな味、とか何とかグルメ雑誌の地方版を賑やかせたのである。

 これを切欠にメニューは時代が求める形に柔軟に変わり続けて行った。

 オムライスやミートソーススパゲッティ、かつ丼にハンバーグ定食に焼き魚定食にサバ味噌定食……

 時代のニーズに答える様に変貌を遂げ続けた結果、多国籍な大衆食堂と化して行く『四川菜家』。

 遂に店名を変えるに至り、新屋号は『中華飯店 椎名』に決定したのである。

 別に四川料理が麻婆豆腐だけになってしまった事が原因では無く、常連客達が傍也や竹代の事を、

四川よつかわさん!」

と頑なに呼び続けた事が原因であった。

 二人とも福岡県出身では無いのだ…… 店名変更もやむを得ない、そう理解できる。

 そうして三十年、必死に世の中のニーズの多様化に対応し続けた結果……

 今までの価値観を引っ繰り返す潮流が平成後期から起こり始め、令和の御代で完成されたのである。

 それは、飲食店の徹底的な専門店化であった。

 傍也は絶望した。

――――せ、専門店? ど、どうしろって言うんだ……

 ? 何で? 四川料理の専門店に戻ればいいじゃんか?

 そう思う事だろう、だがそれは無理な相談であったのだ……

 何故なら開店以来三十年間、ずっと専門外の物ばかり調理して来たせいであろう、傍也は四川料理の作り方をすっかり忘れてしまっていたのである。(麻婆豆腐は除く)

 日を経るごとに減り続けていく客数、コロナ禍によってもたらされた在宅勤務推奨と不要不急の外出を控えさせられた駅前を、歩く人の姿もまばらになって行った。

 会社に出社しないのだから、ここ数年の間、唯一の救いだった職域への出前も激減し、先行きに不安を抱えた竹代は店を傍也に任せ、シルバ〇人材センタ〇に登録し家計の為に様々な仕事に赴くようになったのである。

 最後の仕事は公園の枯草の除去であった。

 重症熱性血小板減少症候群、いわゆるSFTS、砕いて言えばマダニからもたらされる感染症である。

 勤務日から一週間後、竹代は突然の症状に苦しみだし、その後搬送された病院であっけなく旅立ってしまったのである。

 一人残された傍也は葬式やその後の諸事に追われて日々を送り、この日、最愛の妻の四十九日を迎えたのであった。

「これで一区切りにするよ、客の来ない店でボーっとお前の帰りを待ち続ける日々にもおさらばさ…… もうお前は永遠に帰って来ないしな…… ぐすっ、さ、最後に面白い事を考えたんだぞっ! 昔お前がやってみたいって言っていた大食いチャレンジ企画だっ! チャレンジャーが来てくれれば良いんだがなぁ、念の為今日はスープと麺を普段の倍、用意したんだぞぉ、凄いだろう? ははは、は……」

 遺影に向かって一人笑い掛けていた傍也は、もう一度合掌してから表情を引き締め、既に準備済みだった手書きの張り紙、チラシの裏にマジックで挑戦者募集と書き段ボールに張り付けた物を持ち、店の入り口に向かうのである。

『誰の挑戦でも受ける、来たれ勇者よ! 超大盛ラーメン! 二十分で食べ切れたら無料! 失敗したら二万円のペナルティ! 挑戦者求ム!』

 力強い字体でそう書かれた段ボールを、表のなるべく目立つ場所に張り付けていると、背後から刺すような視線を感じてそちらを振り返った傍也は思わず息を呑んだ。

 赤い振袖に身を包んだ馬鹿でかい女性が足を止めてジーっと張り紙を見つめているではないか。

 恐らく人間であろうが、若しかしたらギガントピテクスの生き残りかもしれないな、傍也はそんな事を思ったりしながらドキドキと早打ちする鼓動を感じていた。

「コユキー! 早く来なさいよ! 遅れちゃうわよ!」

「ほらほら、今から会食だって言ったろう! 全く」

 どうやらコユキと言うのが固有名詞らしい、飼い主だろうか二人の人物、こちらはちゃんとした人間の女性が呼んでいる。

 ギガントピテクスのコユキはニヤリとした不敵な笑みを残して店の前から離れて行くのであった。

「でかい生き物だったな…… 山道とかで有ったらヤバいんだろうなやっぱり…… はっ! いかんいかん、切り替えて準備しなくっちゃ!」

 そう言うと足早に厨房へと戻りトッピング具材の準備を始める傍也であった。


 開店から一時間、挑戦者の訪れを今か今かと待っていた傍也であったが肩透かしを食らった気分である。

 この間、超大盛ラーメンに挑む勇者所か普通に注文する客すら現れず、一人厨房で気合を入れ続けている自分が馬鹿の子みたいだな、そんな風に思い始めた時、その声は届けられたのであった。

「受けてもらおうかな、超大盛ラーメン、出してチョウダイ!」

 声のした方、店の入り口を見ると、あのギガントピテクスのコユキが店内に入って来てしまっていたのであった、しかも放し飼いで……

 一瞬だけ戸惑ってしまった傍也で有ったが、言葉が通じそうな様子をかんがみた結果返事をするのであった。

「はいよっ! んじゃあ、最初に失敗した時の保証金、二万円を預かりますねぇ! はいっ! 確かにお預かりぃ! 少々お待ちをぉ!」

「急いでね、こちとら飢え死に間際なのよぉ!」

「はいはい!」

 何やら急いでいるらしい、そう思った傍也は初めて作るサイズだというのに手際よく超大盛ラーメンを仕上げて行った。

 何しろ飢えた野生動物ほど恐ろしい物は無いのだ、その不文律をテレビで知っていた傍也は、調理に集中しながらも適時コユキの方を確認し続け、いざとなれば視線を外す事無くゆっくりと後退して行かなければならないのだと自分自身に言い聞かせていたのである。

 緊張の中では有ったが、自分なりに納得のいく一杯が完成したので、ドンブリ代わりのすり鉢十八号、直径六十センチ程も有る巨大な器を両腕で確りしっかり抱いて、この日の為に脚部を補強しておいたテーブルへと運ぶのであった。

 ドスンッ!

「ふぅーお待たせしましたぁ、おっと、もしも食べ切れなかったら最初にお預かりした二万円を頂きますよぉ! 頑張ってチャレンジチャレンジィ♪」

 頑張って考えて来た台詞を伝えた傍也にサムズアップで答えたコユキ、慮外りょがいに高い知性を持っている様であった。

 割り箸を手に力強く両手を叩き合わせたコユキは大きな声で言ったのである。

「頂きますっ!」

 傍也は驚いていた。

 ギガントピテクスに捕食する命に対する感謝の感情が有る事が証明されたからではない。

 目の前の霊長類が、誰も食べきれない様に設定した超大盛ラーメンを、見る見る間に減らし続けている事が信じられなかったからであった。

――――ば、馬鹿な! デカいとは言え同じ霊長類…… 内臓の仕組みが違っているのか? く、食溜めとか、か? そうとしか考えられぬ……

 そんな風に呆然としていると目の前のデカい奴、個体名コユキが信じられない言葉を発するのであった。

「ぷはぁーっ! 美味しいわねぇ! おやっさん、お代わりよっ! 超大盛ラーメン、お代わりなのよぉっ!」

「お、お代わりですか? は、はいっ! お待ち下さい!」

「早くしてねん! こちとら飢え死に寸前なんだからぁっ!」

 まさか、大食いチャレンジにお代わりは無いだろう、そう安易に考えていた椎名傍也はこの後、十数分の間に合計八杯の馬鹿みたいに大きなラーメンをこしらえる事となった、使用した麺はいつもの倍、百六十玉に及んだのである。

 七杯目をすすっている化け物の姿を目にした時、傍也はこの先の展開にわずかならぬ危惧を抱いたのである。

――――まさか麺とスープが切れる展開になるとは毛ほども想像しなかったが…… あれ一杯で終わりだと告げた時、ギガントピテクスの知性で納得してくれるのだろうか? 確信は持てないぞ…… 『ならば貴様を喰らってくれるわぁ、ガハハハ』とか? ぶるるっ! そんな死に方はゴメン被るぞっ! 食い散らかされた俺じゃあ、あの世で竹代に気付いて貰えんかも知れないからな! とは言え既に麵はあの一杯で終わりだ…… そうだっ! 量が有れば良いと言うのならチャーハンとギョウザを目一杯作ってお持ち帰りして貰うんだ! そうだそうだ、そうすればそれを食べ終わった時に近くにいる人間を捕食するじゃないか! 俺は助かるっ! そうしようっ!

 その事に考えが至った椎名傍也は猛烈なスピードでチャーハンとギョウザの持ち帰りパックを何人前も作り始めたのである。

 予想通り七回目のお代わりを平らげた化け物は、更なるお代わりを告げようとしている様だ、しかし麺はもう無い、スープも皆無である。

 傍也はぴっちりと起立しながら化け物に告げた、何でコイツの腹膨れてないんだ? そう思いながらだ。

「申し訳ないお客さん! スープ、完売でございます! 参りましたっ!」

 そう言って土産だと告げて大量のギョーザとチャーハンをテーブルの上に置くとコユキは納得してくれた様であった。

 何やら話していた様であったが、傍也の意識に残ったのは一つの単語だけであった。

 曰く、『おやっさんの味』この一言だけであった。

 中華麺(極細)をほぐすだけの最低限の接触と、トッピング具材を直に触れた一杯に数回の直持ちだけで俺の味、俺の風味を見抜いているとは…… 只々怖い…… 目尻から溢れ出る恐怖の涙もそのままに、傍也は見逃してくれそうな野獣に感謝の言葉を発したのであった。

「お、お客さん…… あ、ありがとうございます…… グスッ」

 野獣はニタァッとした嫌らしい笑顔を浮かべながら二回ほど傍也の肩を擦った後、無言のまま店を後にしたのであった、両手に大量のチャーハンとギョウザを抱えながら。

 ふぅ~、命拾いしたぜぇ、そう思っていた椎名傍也の耳に新鮮な声音が届くのであった。

「あのぉ、すいません、まだやっていますかぁ?」

「えっ! は、はい、麺とスープは終わっちゃったんですけど、ご飯物とか単品だったら大丈夫ですよぉ!」

「んだよ、さっき大きい奴が食ってたラーメンが美味そうに見えたんだけどなぁ、しゃーねーなぁー、じゃあ、メニューくれよ! おっさんよぉ!」

「は、はいぃ! どうぞぉ! メニューでっすっ!」

 入店して来たのは二十歳はたち前後っぽいイキった男の子と、彼女っぽい可愛らしい女子の二人であった。

 女の子の方がメニューを開きながら言った。

「さっきの大きなおじさん? かな? 大喰らいっぽい人が、人かな? が、満足そうに出て行った店だもん! きっと凄く美味しいと思うんだけどぉ? ね、ね、そうなんじゃないかなぁ?」

 イキった感じの背が小さな男の子が答えた。

「どうだろうなぁ? ああゆーデブって何でも食うからなぁ~、って、これマジで? なあ、おっさん! ここに書いてあるメニューって、マジで作れんの? 本当にィ?」

 傍也は答えた、自信満々である。

「はいっ! 大丈夫ですよっ! 先ほど言った通り麺とスープは無理なんですが…… 他の物だったらなんでも作りまっせ! ご随意にぃ!」

 女の子は言った。

「んじゃアタシ北海ちゃんちゃん焼きとキョフテ(トルコ風ミートボール)でっ!」

 男の子も続けた。

「俺はそうだな…… フィッシュムアンバ(アフリカの魚類のパームオイル掛け)とカイユオレザン(ウズラの葡萄焼き合わせ)を貰おうかな」

 椎名傍也は嬉しそうな声を上げた。

「あいよ! 喜んでぇー!」

 この二人のお客さん、そこそこ有名なインフルエンサー、所謂いわゆる食レポ投稿者であったようだ……

 彼と彼女は自らのSNSで言い捲ってくれたのであった。

『本物のグローバリズム、静岡で発見!』

『コロナ恐いなら外国行かなきゃいいじゃんか? 世界を見つけましたー、IN SHIZUOKA!』

 翌日朝、店の前に長蛇の列を成したお客さん達にビビりながらも、多国籍料理を作り続ける椎名傍也は一日の終わりに最愛の妻、竹代に手を合わせながら言うのであった。

「竹代、俺もう少しだけ頑張ってみるよ…… もう、少しだけ…… な?」

 もう少しだけ所か、『六道りくどうの守護者』と『オニギリ友の会』が極北の地、ハタンガ村を目指した道のりの、数十年を支え続けたコックの名人、椎名傍也、味の匠がコユキと出会った日のお話である。

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拙作をお読みいただきありがとうございました!


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