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【連載小説】堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第二章 暴虐の狂詩曲(ラプソディー)
477.SS ハーフっぽいイケメンのストーカーは下着泥棒?

はじめての方はコチラ→ ◆あらすじ◆目次◆

 令和二年の夏真っ盛りが目前に迫った七月のある日。

 ソーシャルディスタンスやリモート勤務が推奨されてはいても、現場を持つ多くの仕事はそんな悠長な事は言ってはいられない。 

 ここにチャラい格好をした中年の男がいた。

 金髪に染めた髪にビンテージ物のアロハ、バミューダ丈のダメージジーンズに身を包み、瞳には碧眼に見える大き目のカラーコンタクトだ。 

 十年以上働いているバーは話題の静岡県知事からの休業要請を受けて閉店中である。

 再開の見込みは今の所ついてはいなかった。

 これまでバーテンダーのアルバイトとバンド活動しかしてこなかった男であったが、収入の激減を受けてここ、静岡が誇る大茶園にポツンと建ったコンビニにアルバイトの面接に来たのである。 

 だというのにこの格好……

 面接した店長は一目見た瞬間、早めに切り上げてごみの分別に戻る事を決意したのであった。

「じゃあ、結果は後日連絡致しますね、郵便で、これ今日の交通費、多めに入れておいたから」

 明らかに断られているのに男は気が付かないようで、スカした態度のままチョコンと頭を下げただけで店を出て行った。

「あー、やっぱコンビニの店員とかロックじゃねーなー、かといってパンクでもねーしぃ、ちきしょう段ボールに入った十億とか落ちてねーかなー!」

 発言から分かる通り、男がボーカルとして参加しているバンドはロックバンドであった。

 あまり難しいパフォーマンスはメンバーの技術的に無理だったので、パンクミュージックから簡単そうなのも選んでプレイしたりもしたが、面倒なのでいつもグッドチューニングでしっかりした音である。

 些かいささかテキトーに感じるかもしれないが、実の所、この男メチャクチャこだわっていたのだ。

 周辺の音楽仲間達が流行りに流れていく中、頑なに自分たちの音楽性を守り続けて来たのである。

 K-POPが来ようがボカロが流行ろうがレゲエが注目されようが彼は真っ直ぐロックだけを見つめ続けて来た。(それとパンク)

 ラップもR&Bもアイドルも演歌も童謡も浪曲も、雅楽ですら彼の興味をロックから引き離す事は出来なかったのだ。(パンクは例外だった)

 こだわりの強い男なのである。

 コンビニを出てからフラフラとバス停まで歩いて来た男は、時刻表を確認して言った。

「は? 次のバスまで一時間? マジかよー、こりゃ受かってもここの店はねーなー、断固、断るぜ!」

 まあ、心配しなくても落ちているのだが…… 田舎のバスってそんな物なのである、詳しくは太川さんにでも聞いて頂きたい。

「ちっ! しゃーねーなー、時間までプラプラすっかなー」

 吐き捨てる様に言うとバス停のある道から、他人の敷地である茶原にずかずかと入り込み、言葉通りプラって行くのであった。

 十分ほど歩いた男は呟いた。

「全然景色変わんねーじゃん、飽きたぜ…… 戻ろう」

 行った事がある人なら分かると思うが、この大茶園壮観、と言うかむしろ圧巻である、初見では……

 良くここまで開墾したな、欲の皮が突っ張るにもほどがあるぜ、てな感じで驚く事に場所によっては地平線が見えたりする、緑一色の…… 

 普段市街地で暮らしている男にとっては同じ行政区内の景色だとは思えなかったのだろう、来た時よりもやや足早にバスが通るメイン道路へと戻り始めたのである。

 もう少しで舗装された文明の景色に戻れる、そのタイミングで男を襲う強烈な腹部の痛みと激しく響くギュルギュルと言う音。

「くっ、痛ー! 朝喰ったパンがカビてやがったか、こんちきしょうっ!」

 もう暫くしばらく歩けばコンビニもあるがとてもそこまで持ちそうにはない、そう考えた男は世の中のモラルより自分自身の人としての尊厳を選ぶことにした様である。

 茶の木の陰に身を潜めるようにしながらおもむろにジーンズとボクサータイプのトランクスを同時に引き下げて、その身に帯びた毒素を排出したのである。

「ふー、やばかったぜぇー、むむっ! やべっ誰か来たじゃんか! バレたら終いだ、主にミュージシャンとして…… 隠れてやり過ごそう」

 茶っ葉の陰に隠れる様に身を潜め、やって来た者の姿を目にした男は心中で唸った。

――――うわぁ、でっけー女だぜ…… 格好も酷い物だなー、この暑い中で古惚けたスウェット上下にサンダル履きかー、髪型もザンバラだし片手に持ってるアリャなんだ? ドッグフード? 何だ? 喰うのかな…… 人として終わってんな…… ふぅー、せめて化粧の一つでもすりゃ良いじゃねーか! 何だありゃ?

 男が見ているとは思いもしていないのだろう、ドッグフードを抱えた中年女性は男に背を向けてしゃがみ込み、男と反対側の茶畑に向かって声を掛けるのだった。

「ほーいっ! 来い来い! タヌ吉どもぉ! 来い来い! ほーいっ! ほいほいっ!」

 声を発した瞬間、彼女が向き合っていた茶畑の中から三つの影が飛び出して来た。

 タヌ吉と呼ばれていたがアライグマである。

 三匹とも生まれて間もないのだろうか? 揃って小さな体をしている。

 反して野生のコダヌキに比べるとややデップリとして見える事から、子供時分、日曜の夜は世界の名作を放送する劇場っぽいアニメを視聴し続けて情緒を育てて来た男には、このアライグマたちの食糧事情が良好である事が察せられていたのである。

 一匹は特にパンパンに太っているし、一匹は何故かムキムキしているし、最後の一匹だけはプルプル震えていたのだが……

「ほーいほいほい、そぉら食べるが良いぞタヌ吉共めが! なはは、美味いのかね? そうかね、そうかね! なはははは♪」

 中年の女の何やら偉そうな話し方の意味は理解し難かったが、アライグマ達が嬉しそうに女のてのひらから直接ガツガツと餌を食べている所を見るとかなり慣れている様だ、そう思う男であった。

――――マジかよ! 野生化したアライグマをあそこまで馴らすって言うほど簡単じゃねーぞ! まあ、ずっと面倒見て来たんだろうな…… はあー、人間見た目じゃ分かんねーモンだなぁー はっ! こ、これってあれじゃ無ーか? あの名曲の…… そうだ! そうだよっ! あの、ドブネズミ的美しさなんじゃ…… くぅぅ初めて見たぜっ! これだぜっ、写真には肉ダルマしか映ら無ーけど、彼女の心の美しさは山本じゃない方のリンダ並みじゃ無いか…… 感動した…… あの曲カバーした事も有ったし…… あんまり上手く出来なくてレパートリーから外したけど…… だと言うのに俺は髪型や格好にばかりかまけて、くっ! 恥ずかしいぜっ! 何がロックだよ? あの女の方が余程魂で生きてんじゃないかぁ! お! 食わせ終わったのか? ああ、戻って行っちまう! 何か拭く物は…… この葉っぱで良いか………… 良しっ! 待っておくれぇーマイリンダー!

 女性の姿を見失わない様、且つ、気が付かれない様に細心の注意を払って尾行を続けていると、中年の女は何故か数回に亘って歩みを止めて僅かわずかに後ろを気にする素振を見せた後、すぐ近くに建っていた一軒の大きな農家の中へと入って行ったのである。

 男は立派な破風を見上げながら小声で呟くのであった。

「へぇー、でっけー家だなぁ、あれか? 豪農って奴かな、お茶ブームとか言うもんなぁ!」

 ガタガタガタ カチャカチャカチャ

「ん? 何だ?」

 感心していた男のピアス塗れまみれの耳に、家の中庭の辺りから不審な物音が聞こえて来たのである。

 不思議に思った男は音のして来た一角に近付いて行った。

 物音は、どうやら洗濯物を干してある一角から発せられている様であったが、周囲に人影は無く音の発生源の見当はつかない。

 首を傾げて見ていた男であったが次の瞬間やや大きな声で叫ぶのであった。

「あっ! テメー何してやがるっ! コラ待て! 太ぇ野郎だ、待てよぉー!」

 大き目の洗濯物から腕が伸びて来て、下着が干してあったピンチハンガーから、カラフルな女性用と見られる物ばかりをまとめて掴み取ったのである。

 男は慌てて手を伸ばして下着を取り返そうとしたが、下着泥棒は素早く身を翻して走り去ってしまった為に、手に掴み返す事が出来た下着は一枚だけであった。

 男は悔しそうに毒づくのである。

「ちっきしょう! 逃がしちまったぜ! ブラジャーやパンツ盗んでどうすんだよあの変態が! その中身に認められるように生きて行かなきゃ意味ないじゃねーか! にしても、取り返せたのはこれだけかよ…… 女物みたいだけど、ヤケにデカいパンツだな? あっ! リンダのヤツかー、納得納得!」

 ガラッ!

 男の声や先程の捕り物(失敗)の気配に気が付いたのか、母屋に向き合うように建っている脇屋二階の窓が突然開き、そこから覗き込む様に顔を出した中年女性と男の目が合うのだった。

――――うおっ! リンダじゃねーか! ど、どうしよう、何て声掛けようか、いや、まずはさっきの泥棒の事を伝えなきゃな! 人としてそれが道理だろう、うん、良し!

「あの、実は今――――」

 バッ!

 男が話し始めると太った女性、男曰くリンダさんは素早く窓辺から姿を消してしまい、数秒後に大きな声が聞こえて来た。

「あっお巡りさん! 下着泥棒デッス! すぐ来て下さいぃ! それにさっきアタシの事をツケテタミタイデェー、ハーフっぽいイケメンなんですけど、兎に角すぐ来てぇー! イヤァー! 犯されるのよぉー!」

「え? え? え? や、ヤバい! トンズラー!」

 冤罪えんざいで捕まっては堪らない、そう思った男は巨大なパンツを脇屋の前にキッチリと畳んで置き、一目散に逃げだしたのである。

 バス停まで一気に走ると丁度バスがやって来たので迷わず駆け込んで大茶園を後にしたのであった。


 自宅に帰り着いた男は二十歳はたちの頃から続けていた金髪を黒髪に染め直すのだった。

 カラーコンタクトも外して高校まで使っていた重度の近視用の黒ぶち眼鏡を装着し、服装も今日着ていた物をまとめてごみ袋に叩き込み、地味目な物に着替えたのである。

「ポリシーには反するがやむを得ないだろう…… 下着泥棒とかストーカーに間違われてパクられたんじゃロック所じゃねーからな! それに…… 人間見た目じゃないって、今日思っちまったからな…… ふぅ、リンダ、か……」


 その後、案の定バイトが不採用に終わった彼は、コンビニの店長に直談判し近所の太った中年女性、茶糖コユキにお見合いを申し込む。

 その後、見事玉砕、可哀想に会う事すらも叶わなかったのだが、この時点の男はまだその事実を知る由も無かった。

 のみならず、公安の目から逃れる為に変身を遂げた真面目な恰好から、コユキには陰ながらディスられ捲ってしまうのであるがそれとてもまだまだ未来の話である。

 悲しい事だ、当のコユキは見た目が全てだと思っていたのだ…… ままならない物である。

 しかし、真面目その物に激変した見てくれと、真剣な顔つきと話し方でお見合いの仲介を頼み込む姿に感じ入った店長が改めてバイトに採用する事となり、無事コンビニの店員さんへとジョブチェンジを果たした彼である。

 今はたまにやって来るコユキの姿にドキドキしながら丁寧な接客を心掛けているのである。

 早くお見合いが決まらないかなぁ、そんな希望を胸に抱きながら、である。

 昼の繁忙時間が過ぎた男は駐車場の掃除をしながら、前を通り過ぎる人物を黒ぶち眼鏡越しに目で追うのだった。

「あれ? 今日は遠出でもするのかなコユキさん? 小汚い袋を持っていたけど…… 珍しいな? 何か顔付もいつもと違っていたみたいだけど…… 何かあったのかな?」

「おーい、信也ぁー、ペットボトルの補充頼むよぉー!」

「あ、はーい!」

 店長に呼ばれて慌てて店内に戻る彼の名前は『馬糸(バイト) 信也(しんや)』、名前と違い日勤が中心のコンビニバイトだ。

 今は彼自身、想像もしていない事だろう、後に『六道りくどうの守護者』メンバーとして、魔獣たちと闘い続けた戦士の前日譚であった。

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拙作をお読みいただきありがとうございました!


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