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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
80.虫けら爆誕!

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「えっと、何でそこに立ってるのでござる?」

「? 何故立っているか、でありますか? それは…… っ!」

 そこまで答えて何かに気が付いたのか、コユキはハッとなった後、深々と頭を下げながら、勢い良く言葉を続けた。

「失礼いたしました! 閣下かっかのお許しも得ず、室内に控える等、虫けらの分際で分をわきまえぬ行為でございました! 御無礼いたしました! お許し頂けるので有れば、今すぐ廊下にて御命令頂くまで待機いたします! 閣下、それで宜しかったでしょうか?」

 そんなコユキの様子に、善悪は呆気あっけに取られながも、きっと流行っているアニメかなんかの真似でも始めたんだろう、と思う事にして返事をする。

「廊下って…… それよりお腹が空いたであろ? ご飯にするのでござるよ、ささ、座って座って」

「イエッサー!」

 善悪の言葉が終わるや否や、元気良く答えたコユキは目の前の椅子へと腰を下ろし、両膝に手を置いて背筋をピンっと伸ばしたまま真直ぐ前を向いた。

 まだ続けるんだ、と思いながらも夕食の配膳を始めながら善悪は思った、何ていうアニメか後で聞いて見よう、と。

 思いながら主菜とポタージュをコユキの前に置き、次いで自分用にも準備を済ませ席に着くのであった。

 そうしていつもの様に、パンっと顔の前で一人だけで手を合わせ…… コユキに声を掛けた。

「ど、どうしたでござるか? パンっをやらないでござるか?」

 コユキはいつもの頂きますっ、の前のパンっをしようとしないだけではなく、僅かに首を傾げて不思議そうに主菜とポタージュに、交互に目をやっていた。

 善悪の問いかけに反応して、顔を上げるとオドオドとした態度で聞いてきた。

「閣下、すみません…… お聞きしたいのですが、この、茶色の塊は一体…… 何なのでしょうか?」

「何って、ハンバーグでござるよ、好きでござったろう?」

「? そう、でありますか…… ハンバーグ? では、こちらの液体は何でありますか?」

「え、ポタージュだけど……」

「なるほど、エポタージュ、でありますか?」

「? っ!」

 このやり取りで、やっと善悪にはコユキの置かれた状況に気が付く事が出来たのであった。

 乾性脚気かんせいかっけからのウェルニッケ脳症が、コルサコフ症候群の後遺症状を引き起こしたのだろう。

 コルサコフ症候群は主に記憶障害を起こす、所謂いわゆる健忘、忘れちゃったってやつだ。

 この健忘は一時的な物では無く、症状が完治した後になっても無くした記憶が戻ってくる事は無い。

 だが、この病気の恐ろしい所はそこでは無い、無くした記憶は取り戻せないが、新たに学習し覚え直す事が可能だからだ。

 問題は、失った記憶の抜けを補う為に、辻褄つじつまの有ったストーリーを創作してしまう事なのだ。

 そして、記憶の欠損、創作、欠損、創作と繰り返している内に、残された現実の記憶と妄想が判別不可能になってしまうのだ。

 つまり、例えば自分が農家の娘茶糖コユキなのか、傾国けいこくの美女にして天才トレーダー『夢野かれら』なのか分からなくなると言う事。

 ここで、『夢野かれら』が自分だと思っている時には、何の疑いも抱かずに散財してしまったりする、だって大金持ちだと思っているからね。

 万が一、人間に村を襲われ、人類への復讐に燃える、獣人族最後の生き残りだと思ってしまった場合…… 何をしてしまうことやら…… 大変恐ろしい病気なのである。

 そう言えばオールスターズと一緒に行った訓練を最後にコユキが善悪の名を呼ぶ事は無かった、センセイとしか呼んでいなかった気がする。

 しかし、あの時はまだ、自分の事はコユキだと自覚していた筈だ、鯛男に自己紹介していたし、少なくとも虫けらと自称してはいない。

 それが数時間でハンバーグやポタージュまで忘れてしまっているのだ。

 善悪は戦慄した、やべぇ、悪化している、と……

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拙作をお読みいただきありがとうございました!



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