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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
77.time is over ①

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  エクス・プライム…… それは、コユキとの世界奪取訓練(主に後半の肉弾戦)に疲れ果てた善悪が、筋肉痛や全身の擦り傷やあざにもめげず、翌早朝のお勤め(朝夕の読経ね)の中で光明真言こうみょうしんごんを唱えていた時に不意にもたらされた言葉であった。

 おん あぼきゃ べいろしゃのう まか…… と子供時代からの積み重ねで、自然と覚えた真言しんごんを一心不乱に唱えていた時に、目の前にち~んと鎮座していた大日如来だいにちにょらい、そうこの真言の祈りの対象である像の右隣り、オルクス君から与えられた言葉、スキルであったのだ。

 日を追うごとに傷付いて行く善悪の姿を、もう見てられ無くなっちゃったよ的な感じで、オルクス君が片言で使い方を教えてくれたのだった。

 その効果は、自分と自分の周囲にいる味方に対する攻撃や悪影響の効果を、暫くしばらくの間六十分の一に抑えるといった破格の物であった。

 発動の条件はエクス・プライムと発声する事、持続時間は魔力、善悪的に言えば法力の量次第で増減するそうだが、今現在の善悪で最長一分程度である。

 今後の努力、善悪の場合は修行や荒行が主になるだろうが、その結果によって成長させて行くとの事だ。


 善悪がスキルを口にした瞬間、善悪とその手に受け止められた鯛男タイオの体が同時に純白の光りに包み込まれ、衝突の衝撃を減少させ、多少の痛みは感じさせた物の、大きな怪我もせずに済むのだった。

 しかし、鯛男を受け止めた善悪の体はそのまま後方へと吹き飛ばされていた。

 時速は五十キロ程まで落ちてはいたが、それでもこのままコンクリートに叩き付けられれば、即死で有る事は善悪にも腕に抱えられた鯛男であっても容易に理解出来た。

「心配するな!」

 納骨堂の壁までのホンの一瞬の間に善悪が鯛男に、短く、しかし勇気付けるように力強く言った。

 そして、コンクリートの壁に衝突するギリギリまで、カッと目を見開いて先程よりも遥かに集中力を高めてタイミングを図っていた。 

 ぶつかった、誰もがそう思った時、純白の光りに包まれたままの善悪が、再び大声で叫んだ。

「エクス・ダブル!」

 またたきの間も置かず、純白のオーラを絡めからめ取るように、漆黒のオーラが渦の様に善悪と鯛男ごと覆い隠し、同時に激しい衝突音が辺り一帯に鳴り響いた。

 次の瞬間、漆黒のオーラと純白のオーラは消失し、傷一つ負っていない善悪と鯛男の二人が姿を現すのだった。

 コユキ始め見守っていた全員がホッと一息ついた時、

「あわわわわわ――――っ!」

 鯛男の狼狽ろうばいした叫びが響き渡った。

 瞬間、コユキの目はグルングルンとした動きを力ずくで止めて、善悪と鯛男の姿を確りしっかりと捉える事に成功した。

 二人が激突した場所は、コンクリートでしつらえられた、三階建ての納骨堂(骨安置ロッカーである)の二階上部に位置していた。

 その高度は六メートルを優に超えていた。

 コユキの目には、今正にその位置から、全身の力を失い、自然落下に身を任せる、唯一の友、善悪その人の姿が映し出されていたのだった。

「くっ! 間に合うかっ! ススススススススス……」

 即座に自身の移動速度を最高値へと引き上げたコユキだったが、微妙に間に合いそうも無い! 

 善悪がその頭頂部を下にして向かっているのは、無慈悲に待ちうける犬走いぬばしり……

 硬質コンクリートを地下二メートルまで掘り下げ固められ、その下に隠された埋設型核シェルターを地上と隔絶する為の、日本有数のカチカチポイントへと真っ逆さまに向かっていた。

 高速で移動しながら、無駄だと知りつつその手を目一杯に、善悪へと伸ばしたコユキは不思議な思いを感じていた。

 まるで、一瞬が永遠に引き伸ばされた様に、目に映る物の全てが停止してしまった世界の中で、コユキ自身も一切の行動が止められ、高速移動の慣性すらも、何かを考える事でさえ出来ない、おそらく時間経過という概念とは隔絶された場所で、その事を理解したのであった。

 それは、絶対的な喪失感。

 自分の大切な物や人を失った時に、誰もが感じる極ありふれた感情だが、この止まった世界の中で、コユキが理解した喪失感は一般のそれとは一線を画する感覚であった。

 心の半分を引き千切られる様な、魂の半分をえぐり取られる様な、自分自身の存在自体を失い、全く意味の無い物体に作り変えられてしまうと感じる焦燥感や危機感を伴って、その感覚はもたらされたのである。

 注がれた飲み物が、突然自身を包んでいたカップを失うように、全ての縦糸を喪失した布がその存在を糸へと変化させるように、オペレーションシステムを消去されたコンピュータのように、自分が自分であり続けるために無くしてはいけない存在が、今正に消滅せんとするさまを前に、何も出来ない無力感。

 失って取り戻せない大切な物は、例えるならば対では無くつがい

 矢にとっての弓であり、マイクにとってのスピーカー、ペンにとってのノートであった。

 それらの理解が、絶望感と共にコユキの全身全霊、存在そのものを文字通り、時を置かずに変容させ新たな理解を生じさせたのだった。 

 とは言え、実際の時間は止まる事など無く、コユキと善悪を含めて流れ続けている。

 新たな理解を得たコユキの絶望の度合いが桁違いに高められたに過ぎなかった。

 善悪の頭が犬走に叩き付けられる、もう止めようが無いと判断した時、コユキは思わず顔を逸らし、その目を強く瞑るつぶるのだった。

「い、イペラスピツォ!」

 その声はか細く、しかし確りと、その場にいる全ての者の耳に届けられた。

 本堂の中から届いたその声に合わせ、善悪の体を銀色に輝くオーラが包み込んだ。

 本当にうっすらと、数ミリ程度の膜状のオーラであったが、善悪と鯛男の体を包んだまま、コンクリートの犬走から数ミリの所で、二人の体をピタリと止め、中空で留まらせていた。 

 そのまま、落下の勢いを無くした二人の体は静かに倒れて行き、犬走と水平になると、オーラが消え失せてグッタリと横たわった善悪と、ガチブルな鯛男が残るのであった。

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拙作をお読みいただきありがとうございました!

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