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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第二章 暴虐の狂詩曲(ラプソディー)
321.コユキ大一番! ② (挿絵あり)

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 コユキの集中力は最高峰に達していたのである。
 デブが願う最高峰! それは、決して女性が目指してはいけない本割での楽、千秋楽にいて横綱に挑戦する、その一点以外にあるだろうか? ある訳なんてないのである。

 とはいえ、未だ土俵に上がることさえ許されていない、臆病者の蔓延した大相撲と違い、横綱たる『弾喰らい』に相対する事を許されたコユキは、燃えていたのである。

 当然の事ながら行司や審判部の親方がいる訳も無く、相手は所作のしょの字も知らない野生の熊であったが、コユキは古式に乗っ取って蹲踞そんきょからの塵手水ちりちょうず四股しこと自分一人で黙々とこなしていくのであった。

 徐々に高められていく闘志と緊張感、一旦仕切ってお互いに合わせることですわ立会いか、そう思われた時についと視線を逸らして横を向き、仕切りをやり直すコユキに、気合を外された『弾喰らい』はガクッとよろけてしまっている。

 実の所、既に勝負は始まっていたのであった。

 掛かり気味の『弾喰らい』に対して焦らしを入れたことで、過剰気味だった闘魂は一気に拍子抜けさせられ、獣ゆえの知能の低さも相まって、落ち着き払っているコユキの一挙一動をぽかんと口を開けて見ている始末。
 
 とはいえ、腰を下ろしたコユキが再び仕切りの体勢に入ると、開いていた口をキッと結び鋭い視線を向けて来た辺りは、流石は横綱を僭称せんしょうしているだけのことはある。
 今度こそ、その期待を裏切るようにコユキは再び視線を明後日の方へ向け、それを目にした弾喰らいも全身を脱力させて表情も元に戻すのであった。

タンッ!

「うおりゃっ!」

 逸らした視線はフェイントだったのである。
 頭から低くそして鋭くぶちかましたコユキに対して、『弾喰らい』は不意を突かれる形となり棒立ちで受けてしまい、ズルズルと数歩分押されてしまうのであった。

 しかし、不十分な立会いであってもそのまま電車道とはいかなかったのである。
 完全に伸びてしまったとは言え、体重差四百キロは立会いと体勢の不利を補って余りある物である。
 一旦止まってしまった前進の勢いをコユキが再び取り返すことは不可能だと、土俵を見つめる動物達の全てが理解していたことだろう。

 勿論、突進を止めた当の本人、『弾喰らい』は誰よりもその事を正しく理解していた。
 口元を歪ませて残忍そうに鋭い牙を覗かせた彼は、じっくりと腰を落として体勢を整えるのであった。
 必死に頭を付けて、両おっつけで踏ん張っているコユキを嘲笑うかのように下肢に力を込め、同時に上半身にも気合を漲らせて大きく息を吸い込むのであった。

 次の瞬間、目をこれでもかと見開いて一気に土俵から押し出す覚悟で体重の全てを目の前の人間(コユキ)に掛けた刹那、

「ここだっ!」

 鋭いコユキの声と同時に『弾喰らい』の前から、力を掛けるべき相手が消えた。
 全身の筋力と潤沢な体重の全てをぶつけるべく踏み出した巨体は、縋るすがるべき作業点を失い前のめりにバランスを崩すのであった。

「喰らえっ! 下手出し投げ! 名付けて『豚車ぶたぐるま』!」
 
 『弾喰らい』が前に出るタイミングに合わせて右足を引いたコユキは、開いた体に合わせる形で素早く左下手、この場合は熊の右脇腹の体毛を確りしっかりと握り込み、時計回りに回りながら連続して投げを打ち続けたのであった。

 必死に堪えようと足を出し続ける熊であったが、体を並べる体勢を取ったコユキの左足が自分の右足の前に差し出されるのを見て、一転体重を後ろに掛けようと仰け反って踏ん張るのだが、コユキの左足は更に伸びて熊の左足に掛けられ、同時に体勢を戻したコユキの全体重が熊の腹に圧し掛かり、腰がカクッと入るのを感じるのであった。

ツッテンッ!

 尻餅を突いた熊『弾喰らい』の腹の上に乗かったコユキは、満面の笑顔で言うのであった。

「ッシャャャァッー! アタシの勝ちね!」

「グウゥ……」

 勝ち誇るコユキとは対照的に肩を落とし首を項垂れたうなだれた『弾喰らい』、周囲の野生動物達も掛ける言葉が見当たらないのだろうか、先程までの盛り上がりが嘘の様に沈黙するのであった。

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拙作をお読みいただきありがとうございました!

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