堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~
第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
17.大西洋? 太平洋!
促されるまま、コユキが視線を向けた写真に映っていた物は……
青く澄んだ海を背景に、どこまでも続く美しい砂浜、ビーチチェアを並べて満面の笑顔を浮かべる一組の男女の姿だった。
揃って日焼けした男女の顔は、これまたお揃いのグラサンで判り難いが、善悪ん家のおじさんとおばさんに良く似て見えた。
背後の海沿いの景色にもコユキはネットで見た覚えがあった。
確か、ここは……
「アンティグア・バーブーダ…… ね」
「ハワイでござる、ちなワイキキビーチ」
「なるほど」
コユキは頷いて、二枚目の写真に目を移した。
広々とした公園に、多種多様な巨木が所々に繁茂し、遠景にダイヤモンドヘッドが見える。
さっきのがワイキキと言う事は、恐らくカピオラニパークだと思われる。
続けて最後の一枚を手に持って確認する。
そこに写し出されていたのは、ヨーロピアン調のキャビネットを設えた、ハイオーカーのフローリング。
ハイエンドなムードを醸し出すマーブルのカウンタートップを有する豪奢なコンドミニアムを背景にしたラナイ。
そこに置かれたエマニュエルチェアに並んで微笑むのは、一枚目と同じ男女。
グラサンを外したその顔は、正しくコユキの記憶に残る、善悪の父母のそれであった。
「これは? え、一体、どういう……」
コユキのはてな? に、善悪は苦々しい表情のまま、絞り出すように答えた。
「見ての通りでござる、僕ちんの父上と母上は現在ハワイでウハウハ、ヒャッホウの悠々生活なので…… ござるっ!」
なるほど、わからん。
コユキは無言のまま僅かに顎を引き善悪に先を促した。
只、顎の肉が邪魔をして善悪には伝わらなかった。
伝わって居ないにも関わらず、なんと、善悪は許可も得ないまま勝手に話しを続けるのだった。
「小生が得度を受けると直ぐに、さっさと還俗して移住しやがったのでござる!」
言い捨てると、又善悪は不機嫌そうに口を閉ざした。
一方コユキは、ホッと胸を撫で下ろしながら重ねて善悪に聞いた。
「なんだ、元気だったのね、良かった良かった! でも、だったら何でアンタ不機嫌そうにしてんの?」
何か考え込む様に答え無かった善悪だったが、暫くすると、コユキの目に視線を合わせながら口を開いた。
その表情はいつも通りとは行かなかったが、不機嫌というよりは、何故か口惜しそうであった。
「還俗した事自体に格別の不平はござらぬ、得度したばかりの拙者を放置して移住した件も、修行と思えば文句を言う筋合いでは無いかと…… 某が納得出来ないのは、新居のコンドミニアム購入の為に、檀家さん達の寄進を使い切った事でござる! 檀家さん達も経済的に恵まれた家庭ばかりでは無いのでござる! 生活を切り詰めて迄の寄進は、浄財とも言うべき清浄な志しでござる…… それを、この様な使い方をするとは、許されることでは無いと思うのでござる」
コユキは漸く善悪の苦悩の意味を正しく理解出来た。
勿論、寺院と言えど人間が営んでいる訳で、別に霞を食って生きている訳じゃあない。
多少の贅沢だってする事は有るだろうし、娯楽の類だって当然存在する事だろう。
善悪の主張は人によっては、子供じみた理想論だと一笑に付すのかも知れ無い。
しかし、コユキは、この幼馴染の愚直な青臭さが嫌いでは無かった。
どこか誇らしい気持ちで、善悪の顔を見つめていると、彼は小さく独り言を呟いた。
「僕ちんのパソコンも買い換えていないし…… フィギュアだって我慢しているのに……」
「えっ?」
「あっ!」
気まずい空気が場を支配し、暫しの間続いた。
***********************
拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。
励みになります (*๓´╰╯`๓)♡