堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~
第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
105.キタヨ
「よし! 」
「お見事! 」
目論見通りの結果に終わったらしく、喜色満面でガッツポーズを決めるコユキの声に、右手をサムズアップしながら褒め称えるモラクス。
訓練の結果を見たがっていた当の善悪は、半崩壊した白壁を見て、
「あああああああああ! 直したばっかりなのに────── で…… ご、ざ、る~」
と嘆く事ひとしおであった。
「あー、ごめんね善悪」
慌てて頭を下げてくるコユキに対して、
「い、いや大丈夫でござる…… ま、まあ又鯛男君に頼めば元通りで、ござる」
と気を取り直したように呟いた。
あのオールスターズリーダーの鯛男にそんな事が?
左官の修行でもしていたのかと、首を捻って考えているコユキの様子に気が付いた善悪が、
「あ──、まあ、こっち関係の話しでござるよ」
言いながら、右手の人差し指と親指で輪っかを作ってコユキに見せ、悪そうに微笑むのであった。
コユキもお寺と檀家さんの話しだと割り切る事にして、善悪が投げた砂利の部分が薄くなっている、境内を均す為にしゃがみ込んでじゃりじゃりと始めるのだった。
その背中を見つめながら善悪は思った。
────それにしても、素直に凄いのでござる! これは最早、回避特化とかでは無くて、攻守のバランスが取れた、超絶戦士、いや、達人のレベルなのでは無かろうか? お、そうだ!
思っているうちに、丁度すぐ横の立ち木に立てかけて有った、竹の庭箒を目に止めた善悪は、それをそっと手にして正眼に構えた。
そのまま、コユキの頭頂部目掛けて、鋭く打ち降ろしたのだが、当然避けられる事が前提であった。
しかし、
スパ──ンっ!
「え!? あれ、な、何で? 」
振り下ろされた箒の柄はコユキの頭にクリーンヒットし、小気味良い音を立てたのだった。
当然躱すだろうと思っていた為、軽くパニック状態を起こしている善悪の耳に、モラクスの声が、
「兄者の『気配察知』の効果を、私の『気配隠蔽』が相殺しています」
と冷静に告げるのだった。
固まったままの善悪に対して、頭を痛そうに擦っていたコユキが、顔を真っ赤にしながら飛びかかった。
「ムキ────────っ! いきなり何すんのよ!! 善悪ぅぅぅぅぅ! 『散弾』」
「ええっ? ちょ、ちょっと、くっ! 『エクス・ダブル』」
ボッ! バボンッ!
同時に展開されたスキルがなんとか相殺される中、上位スキルを使用した善悪は、
「ぬぅ~んぅ~んぅ……」
と、呻きを最後に意識を失うのであった。
もう慣れた様子で、防火水槽からバケツに入った水(ボウフラIN)を手にして気を失っている善悪に向けて、ザバアァっとやって目を覚まさせたのであった。
額にウニウニ蠢くボウフラを張り付かせたまま、フラフラ起き上がった善悪と手を繋いで庫裏に戻ったコユキの前に、ここんとこ存在感が希薄になりつつあったオルクスがトコトコ歩いてやって来て口を開いた。
「キタヨ! ……パズス ……ソレト ……ラマシュトゥ ……キタ! 」
コユキと、彼女に手を引かれたままの善悪は声を揃えた。
「「来たの? 」」
この幸福寺では日常風景になりつつある、ドタバタ劇のほんの十分ほど前、花のお江戸の大東京の真ん中で、純朴な魂が、自ら望まぬ羨望、いや激しい嫉妬の渦を我が胸中に抱いていたのであった。
その魂は人間達からジローと呼ばれていた。
ジローはもう何年もの間、忸怩たる思いを抱き続けていた。
恥じ入る理由は自分自身の不甲斐なさに対してである。
その思いは、今は亡き最愛の女性に対する誓いを果たしえなかった自分に対する嫌悪をも孕んで、一層彼を苦しめていたのだ。
九年前、大地が大きく揺れた時、彼女は慌ててプールから上がろうとして、段差を踏み外し左前足に小さく無い怪我を負った。
一時期僅かに回復の兆しを見せた物の、地震の日から一月も待たずに、呆気なくその命の灯火を消したのであった。
享年三十九歳。
息を引き取る前に彼女はジローに言った。
『私がこのまま死んでしまうのならば、ここ、世界の五指に数えられる大都市、東京の中心にいる同胞は貴方一人になるわ…… これだけは忘れないで頂戴、アメリカのセントラルパークの動物園には私達の同胞はいないのよ。 つまり貴方は全ての『カバ』の中で、最もアーバンでパリシュトゥな存在なの…… 遥かサバンナの水場に無尽蔵にいる、全ての同胞達の為にも…… 人気者でいてね…… 私も…… 天国で………… 見守っ、て…………』
そこまで告げると彼女、サツキは意識を失ってしまい、数日後に眠ったまま旅立って行ったのであった。
あの日、大地を揺らした大いなる力、大自然の猛威が彼から奪った物は、最愛の存在、サツキだけでは無かった。
被災後、三月一杯の休園を経て、再開された動物園には、被災避難者の割引制度導入の影響もあり、それなりに人々は訪れてくれていた。
放射能を避け首都圏に避難していた人々は、挙って様々な動物達の生態に、現実を忘れた様に笑顔を向けた。
動物達は今まで以上に、人々を喜ばせようと、繰り返される余震に、人間の何倍もの感知能力によって齎される恐怖を感じつつも、各々の役割を必死に努め続けていた。
同じ列島に住まう、無辜の魂を安んじようと、出来ぬ努力を実行し続けたのであった。
ただ一頭、カバ舎に孤独なまま残されたジローを除いて……
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