堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~
第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
32.クレーマー
スマホを握ったまま固まっていた善悪だったが、その表情は正しくキョトンであった。
要望にはお応えできない? 上の人と改善点について相談するのに? はてな?
「うはっ! ま、まさか! 」
瞬間善悪は理解した。
返品、交換、修理…… 一切応じられない、結城氏の口から発せられた言葉の数々、つまり……
「クレーマー扱いされたのでござるか……」
呟いた善悪の表情は愕然としていた。
当然だろう。
何故なら善悪自身には、クレームを付けてやろうという思いは微塵も持っていなかったのだから……
純粋に親切心だけで、いや、メーカーの更なる発展を願って止まない暑苦しいほどの情熱からの報告であった。
喜んで貰おうと思った行為が、困らせてやろうという行為だと取られてしまったのだから、傷つくのは当たり前だ。
場合によっては侮辱されたと思って、怒りだす人だっているかもしれない。
だが善悪はそれほど短気ではなかったし、ましてや僧籍に身を置く者として、人一倍の寛容さは持っているつもりだった。
「結城氏がそのように取ったのにも、それなりの理由があったのでござろうなぁ」
お客様相談センターの担当者という事を考えれば、普段から苦情なんかに晒されることは通常業務の内であろう。
その中には、本物のクレーマー、いいやモンスタークレーマーと呼ばれる人も当然含まれている事も想像に易い。
度重なるクレーマーからの圧迫を受け続けた結城氏が、多少、警戒心を過剰に持ったとしても責める事は出来ないだろう。
それは分かる、分かってはいるのだが、今一つ納得し切れないといった表情で、善悪は独り言を呟いた。
「某の話し方にクレーマーと勘違いされる部分が有ったのであろうか? 解せんのでござる。 無理に形だけでもと謝罪を引き出してもいないし、その謝罪を根拠に非を認めたとあげつらってもいないでござる。 普通のクレーマーなら、その後直接謝りにこいだとか、タダでもう一つ持って来いだとか言って困らせるまでがテンプレであろ? 最終的に、ここまでのやり取りを録音した音声データを、自分に都合よくなるように切り貼り編集し、代表者の詫び状コピーと共にネットに拡散、同時に各週刊誌に売り込みに行くのが当然でござる。 少なくとも僕ちんは今までズ──ッとそうして来たでござる。 今回は拙者がそのような素振をなに一つ見せていないにも関わず、……結城氏 ……些か不愉快でござる! 」
言葉に出してみると、思っていたよりも腹に据えかねていた自分の感情に気が付いたようだ。
今は目に見えて不愉快そうな顔つきで、もう一度『悪魔もぐら』を手に取り大きく溜め息を吐いた。
それから、コユキの様子を確認する為に戻って行った善悪が目にしたものは……
気持ち良さそうに眠り続けるコユキの姿、そして徐に左臀部をボリボリと掻き続ける、極太のコユキ左腕であった。
「ちっ! 『もぐら』の左肘はもう動かす事が出来ないでござる。 ……それなのに ……ムカつく、でござる……」
そう小声で呟いた善悪は、その日はもう訓練の続きを諦めるのであった。
その後、コユキが目覚めても夕食を食べた時も、一晩経ってお迎えに行った時も、朝食を一緒に食べた時も、善悪の心が晴れる事はなかった。
暗澹たる気持ちのままで過ごしていた中、先程の座学でのコユキの発言を聞かされ、プッツンと張り詰めていた気持ちが切れたのだった。
別にコユキに切れたわけでは無いが、その勝利の定義が昨日の結城氏の理論武装と同一の物であった為、彼への怒りを思い出したのだ。
頭を冷やそうと自室に戻った善悪にとって、事態は急激に好転し思いもよらぬ方向へと展開する事となった。
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