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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
36.謝罪

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 歓喜の舞を無事踊り終え、ふと時計を見た善悪は、コユキを本堂に残したまま、三十分近く経過している事に気付いた。

「お、いつの間にか結構経ってしまっていたでござるな。 さて、座学、座学っと! 」

 足取りも軽く、本堂に向かった善悪は、部屋に入る前に一旦深呼吸をすると、その緩みきった表情を引き締めるのであった。

────良し! 真面目なお勉強でござる。自分の事で浮ついていては茶糖家の皆さんに申し訳無いのでござる

 そう心に決めたが、先程の出来事が嬉しすぎたのだろう、すぐにヘラっとニヤケ顔へと戻ってしまう。
 二度、三度と繰り返しても中々、いつもの表情を維持する事が出来ずに困ってしまった。

 仕方が無いので、眉間に皺を寄せ、眼は極限まで細めて誤魔化した。
 口だけは真一文字に結んでも、あっという間に口端こうたんが上がってしまうので、止むを得ず、開けたままにして、食いしばった歯が見えるままにした。

 その状態で本堂に入り黒板の横まで無言で進んで行ったが、表情筋をフル稼働した上で口呼吸も出来ないとあって殊の外ことのほか苦しかった。

 なんとか辿り着いた善悪が目にしたのは、経机きょうづくえの横で俯きうつむき、手を本堂の床についたコユキの姿であった。
 腹肉が邪魔をして上体こそ低くなっては居ないが、ぱっと見、土下座的な姿勢に見える。
 なぜ? と、善悪がいぶかしく思っていると、土下座っぽい姿勢のままでコユキが話し始めた。

「善悪っ! アタシの家族の為に親身になってくれて、その上、こんなアタシが戦えるようになる為の協力までしてくれているのに…… さっきまでのアタシのふざけた態度が酷過ぎたって事は、自分でも良く理解したつもり…… これからは反省して、確り自分自身の手で家族を取り戻すために頑張るよ。だから、だから、見捨てずにもう一度、アタシに教えて欲しい…… お願いっ! ワンチャンちょーだいっ、善悪っ!  …………   ……善悪?  ひぃっ!」

 善悪の返事を待ちきれず視線を上げたコユキは、小さく悲鳴を上げるとそのままガタガタと震え出してしまった。
 全身を覆った贅肉がぶるんぶるんと不規則に動きまくり、周囲に冷や汗を撒き散らし非常に不潔だ。

 震え続けるコユキが目にした善悪の姿は……

 太い眉が険しく深い皺を刻んで寄せられ、いつも大きく人懐っこい双眸そうぼうは糸の様に細められ、顔全体を紅潮させ、歯を剥き出した口はいびつに開かれていた。
 のみならず、大きく左右に開いた鼻翼びよくからは、ふうぅ~ふうぅ~と粗い呼吸を繰り返し続け、額に浮かんだ血管からは怒りの大きさがうかがえた。

 そこにはコユキの知る幼馴染、善悪の姿は無かった。

 こんなの善悪じゃない、凶悪だ、巨悪だ、大悪だ、元悪だ、極悪だ、いやむしろ『悪』だ、とコユキは思った。

 怯えおびえて硬直し掛けたコユキの本能が、生存の為の最適解をアラートにして伝えた。
 動け! このままじゃ殺られる! と。

「す、す、すみませんでしたぁ────! 心の底からお詫びもうしあげますっ! もう、に、二度と生意気な態度は取りません! 」

 即座に起立すると、ぺこぺこと米搗こめつきバッタの如くごとく何度も頭を下げながら、珍しく大声で叫ぶように言った後、言葉を続ける。

「い、一所懸命に頑張ります。ヒグっ。死ぬ気で仰る通りにします。ですから、ヒグっ。お願いします。(命を)助けてくださいぃ。ヒグっ」

 一転、小さな声で助けてと何度も繰り返しながら、顔を贅肉でぶくぶくにしながら泣き続けているコユキに善悪が語り掛けた。
 表情をそのままで、低く唸るような声音で……

「やる気になったと言う事でござるか? 本当で…… 」

「本当でっす! 嘘とか無いでっす! もう全身やる気スイッチばっかりでっす!」

 いや、スイッチ入れなきゃ駄目じゃん……

 そんな事にも気付けないほどコユキは恐ろしかったのだ。
 ぎゅっと目を瞑りつむり直立不動で善悪の返事を待っていた。

 暫くしばらくの静寂の後、善悪が言葉を発した。

「分かったでござる。拙者の出来る事なら、助けて、いや力を貸させて頂くでござるよ」

 いつもと変わらない口調に声音。
 コユキが恐る恐る目を開け善悪に視線を向けると、そこにはいつも通りに爽やかに微笑む幼馴染の姿があった。
 見逃して貰った、命拾いした、そう考えた途端緊張の糸がプツリと切れたコユキは、ワーンワーンと声を上げて大泣きしてしまった。

 泣き続けていると、善悪がコユキの方へと近付いてきた。
 気付いたコユキは一瞬ビクッっと体を強張こわばらせたが、逃げる訳にもいかないので泣き止んで接近を許す事にした。

 そんなコユキに善悪はその手に持った、真新しいタオルを差し出して優しく言った。

「ほら、もう泣き止みなよ。 僕も一緒だから、二人でがんばろうね、コユキちゃん」

 涙越しに見た善悪はいつもの無駄に爽やかな笑顔だったが、何故かいつもの様にイラっとは感じなかった。
 なんだろう? 暖かいような、安心できるような、頼もしさみたいな物を感じた。
 話し方も、オタクに目覚める前の感じに戻ってるし、子供時代の懐かしいムードをまとっている。

 突然、胸がキュンっと締め付けられる様に感じ、鼓動がドキドキと激しくなった。

────くっ、高血圧、いや脂質異常症に伴う動悸、か? ……あぁ急に動いたりしたから、か

 鈍いコユキであった。

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拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。

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