堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~
第二章 暴虐の狂詩曲(ラプソディー)
316.デスマスク
「ふうぅ~」
ドスン! ドス! ドス! ドス! ――――
下半身の肉片の上に巨大な蝙蝠らしき物が大量に落ちてきた。
翼を広げれば二メートル近くあるだろう、数は大体数十匹、細切れにされる前の下半身と同じ位だろう。
『おばさん、それがマナナンガルの上半身だよ! そいつを神聖銀の神器で滅すれば良いんだ!』
腰に差した『蜘蛛切り』から渡辺綱が声を送ってくる。
「なるほど」
一番手近に落下してプルプル震えているマナナンガルに近付いて覗き込むと、翼だけは蝙蝠のそれと酷似していたが、そこ以外は人間の上半身その物のままであった。
周りで蠢いている別の個体に目を移すと、それぞれ老若男女の違いは有れど共通して何処にでもいるアジア系の人間の姿をしている。
只一つ違っていたのは、舌が針のように細くそして一メートル程と長い事だろう、今は力無く地面の上に投げ出されて、体同様に震えて蠢いていた。
渋めでどこか○マデラさんのイケてる声が話し掛けて来た、卜部さんだろう。
『コユキさん、こいつらの顔、表情を見てご覧』
言われたコユキは数十体の蠢き続けるマナナンガル達の顔付きに注目して、思わず息を飲んだのであった。
「こ、これって……」
『そうだよ、彼等彼女達は皆、命を奪われた瞬間、断末魔に浮かべた表情の儘、激痛、悔恨、怨嗟、無念の表情を浮かべたままで二千年以上怨み、恨み、悔い、傷み続けているんだよ…… どうだい? 私のダンジョンで君が受け入れ、その後君の無二の友、善悪さんが受け入れた『死』とはこう言う事なんだよ? 君たちの覚悟は、容易く受け入れた『死』と言う名の現実はここまで理解した上での物だったのかい? 違うだろう、まだ遅くないよ、我々をこの山中に置き捨てていいよ…… 君達が死を強要される謂れなんか何処にも無いんだからね……』
季武のヤケに説得力のある声を聞きながらコユキが目にしていたマナナンガル達の表情は……
ある者は目を剥き出していて、又ある者は唇を噛み千切ったのであろう、流れ出す鮮血もそのままに肉の抉られた口角を歪め、或いは滂沱の滴を流し続け、又或いは絶望の淵へと視線を沈めたまま、恨めしそうにこちらを見続けているのであった。
自ら羽織った『闇夜の打ち掛け』、卜部季武にコユキは聞くのであった。
「……ねぇ、卜部っち…… この人達…… 痛み、は? 感じてるのかな? まだこの表情通り、痛いのかな? どう?」
卜部が間を置かずに答えるのであった。
『そうだな…… 憶測だが、多分…… 痛みを残したままなんじゃ無いだろうか? 一説には自らの苦痛を軽減する為に、他者の血と内臓を求めるんだと言われているからな、それが、どうしたんだ?』
プスッ! プスプスプスプスプスプスプスプスプス………………――――――――
無言のまま、コユキは蠢いていたマナナンガルの上半身の全てにかぎ棒を突き刺して行ったのである。
苦しそうにしていた上半身達は、靄のように消え去り、同時にコユキが細切れにした下半身の残骸たちも黒い靄に変わって森の上空へと散り消えていくのであった。
まるで、僅かに差し込んだ陽光に迎え入れられる事を欲するかのように、木々の間を抜けて光りの中に解けていく。
フィトンチットの揺らぎを眩しそうに見上げながら、コユキは誰にとも無く口にしたのであった。
「だからこそよ…… アンタ達のご主人様も、ううん、それはまだ分からないわね…… アタシは自分の前で傷付く人、いいえ苦しむ命を見たくないの! だったら出来る範囲内なら代わりに苦しみたいのよ、代わりに傷付きたいのよ! 妹達や善悪よりアタシは強い、大きくて、ほら、我慢強いからね♪ それに一般の市井の人達より太っちょで鈍いからさっ! アタシだったら大丈夫よ♪ 皆と違って世の中の役にも立っていなくて、いなくても良い存在、ううん、いない方がましな存在なんだからね! そんなアタシが、卜部っちが言ったように未来の為に死ねるんなら上出来よ! 只、ただね、善悪を付き合わせちゃうのがチョットね…… アイツはアタシと違って世の中に有用な子だからねぇ~…… も、申し訳ない事この上ないよぉ…… なははは、は、は、は…… はあ、ははは」
『………… そうか…… それは…… 悲しいことだな……』
コユキの乾いた笑いに卜部はそれだけ言うと言葉を失うのであった。
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