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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第二章 暴虐の狂詩曲(ラプソディー)
370.真核

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 そんなオルクスの凶悪な思いに気が付かないままでバアルは言葉を続けるのであった。

「だけど兄上、今回の任務に送り出すにはさっ、この子チョット強すぎるよね?」

「む、そうか?」

「そうだよ! 少し弱い状態じゃないと任務を完遂かんすいできないんじゃないかな? としたら怒るかもよあの方々…… 『静寂せいじゃく秘匿ひとくって分かれ道を覆い隠す』御方おんかたたちがさぁ」

「むぅ……」

 オルクスは見逃さなかった、自分が身を捧げ、あまつさえ全てを捨てでも仕えると誓いを捧げた完璧である存在、ルキフェルの瞳があろう事か僅かわずかながら曇る、その現実を……

オルクスは動揺を隠そうともせずに口にした。

「我が君…… お心を迷わせますな…… その心のおりは不肖オルクスめが解してとかしてみせますゆえ……」

オルクスの衷心ちゅうしんからの言葉に応えたのはルキフェルではなくバアルであった。

「いい覚悟だね、どの道そんな強大な魔力のままじゃ依り代が持たないからね、少し置いて行って貰わなきゃならないよ、貴卿きけいほどの魔王なら真核しんかくを預けたとしても現世うつしよでの任務位できるだろう? どうかな?」

 魔王種は須くすべからく魔核の中に余剰な魔力を補填ほてんしておく真核しんかくを持つのが一般的である、真核の魔力は使い切っても枯渇こかつすることは無く僅かわずかにだが残留するのだ。この残留魔力によって自身に再生魔法を掛け続けることで復活する仕組みだ。

 当然アムシャ・スプンタたるオルクスも同様である、さらに七柱の兄妹弟きょうだい達は真核を失って尚、再生を果たすすべを持っていた、真核を持たない状態で魔力の枯渇に陥った場合、周囲の命、生命力や想念、聖魔力や強い感情を吸収して復活を遂げる事が可能なのであった、この力は太古の昔、兄妹弟の行く末を案じたルキフェル自身が自らの魂魄を減らしてまで付与した物であった。

 故にバアルの提案通り、真核を預けた状態で現世うつしよに赴いたとて格段の危険は無いものと思えた、だが、オルクスは難色を示したのである。

「残念ながらこのオルクスが現世に顕現するのに依り代など不要です、ですが我が君のご命令とあれば謹んで拝命するまで、弟君の仰る通り、確かに真核を持たずとも我が君の命令は完遂できましょう、さりながら、我が力の源泉とも言うべき真核を、失礼ながら、貴方にお預けする気にはなりませんな」

挑発的な言葉に対してバアルの返事は意外なほど呆気あっけらかんとした物であった。

「当然だろう? 真核を預かるのは兄上に決まってるじゃないか! じゃあ、それで決まりだね、任務の細かい指示は僕の部下ハミルカルから説明を受けてくれ、だけど、その前に――――」

 次の瞬間オルクスは全身を鎖で拘束されでもしたかのようにその動きを封じられてしまうのであった。
 何かの術式であることは明らかであったがその正体には見当もつかなかった。
 指先を動かそうとしても、込めた力と正反対の力によって相殺され阻害されてしまうのだ。
 呼吸すら同様の現象によってままならなかった。

「殺すと思うより早く殺さないと…… 魔神はね、殺すんじゃなくて、殺したって言うんだよ」

 不意に耳元から聞こえた声と共に体の自由が戻り、無拍で神速の剣を振るうオルクス、しかし振り抜いた先に声の主は存在せず、玉座の横から新たに言葉が掛けられるのであった。

「へぇ、無呼吸の一瞬に物質化かあ? なるほど『神速』ってのは伊達だてじゃないんだね! うん、良い剣だ!」

 先程と同じようにルキフェルの横で気楽な感じで佇みながら、いつの間にかオルクスが振り抜いた剣を手にしたバアルは、興味深そうに光り輝くそれを見つめている。

 オルクスは戦慄を覚えていた、切られた覚えもないのに、純白の首からは同じく真っ白な血液が滴り落ちている。

 『神速』と呼ばれる自分ですら目で追う事すらも出来ない動き、速いとかではなく転移などとも違う、まるで物理法則を無視、いや自分勝手に改変させたような術、認識や観測が一切用を為さない世界に引き摺り込まれたような感覚に陥ってしまったのだから無理もなかろう。

 あの手から剣を取り返すことなど、到底無理な事だと感じる、その時、

「『収束せよソートアウト』」

 ルキフェルの声が響き、奪われたはずの光り輝く剣はオルクスの手に戻り、切り裂かれた筈の首に付いた傷も無かったように塞がれ、流れ出た血液すらも忽然こつぜんと消え去ったのであった。

「あらら、面白かったのに」

「バアル! すまぬ弟の悪ふざけだ、オルクス許せよ」

「い、いいえ、勿体ない……」

「では、下がってハミルカルと言う者からの説明を受けよ、苦労を掛けるが世界の為だ、頼むぞ」

「ははっ、身に余るお言葉、お任せください、我が絶対なる真理の君よ、マラナ・タ」

 謁見の間から立ち去るオルクスの耳にルキフェルとバアルのやり取りが聞こえてきた。

「バアル、弟よ、悪ふざけが過ぎるぞ! オルクスは我が全幅の信頼を置く魔王である、場合によってはお前といえど……」

「ちょ、只の冗談だよ! 兄上への忠誠は変わらないってば、魂魄にかけるよ、マラナ・タ!」

 オルクスは驚いていた。
 マラナ・タ、それは人族が使うそれとは一線を画する言葉であった。

 悪魔がこの言葉を自らの主に対して口にするとき、その魂は無抵抗、消滅させられようとも一切の抵抗ができない無防備な状態にさらされるのである。
 心の底から信頼し、信用する者の前以外では決して口に出来ない言葉なのである。

 故にオルクスは思ったのであった。

――――あの軽薄で邪悪、得体の分からぬ魔神とはいえ、同じ主に魂魄を掛ける仲間、ということか…… 気に入らんが仕方ない、今は任務に集中するとしよう

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