堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~
第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
33.ふいぎゆあ
不意に鳴り響いた着信音。
スマホ越しに件の男の声がした。
「もしもし、幸福さんですか? 昨日はどうもです。 お客様相談センターの結城でございますっ! 」
さわやかであった。
この二十時間の善悪の屈託などまるで意に返さずに、超絶さわやか、ノンストレスとみえる。
善悪は僅かに呆れつつも、言うべき事だけは言おうと決意し、徐に返事を口にした。
「ああ──、結城氏。 昨日はド・ウ・モっ! 何の話しかは知り申さぬが、一つだけ言っておくのでござる! 拙者は決してクレーマー等では…… 」
「幸福さん! 昨日のお約束どおり、上の者へと掛け合ったんですが、やっぱり補償とか交換は罷りならん! って一点張りでしてね」
ん? そりゃそうだろ?
そもそも結城氏本人がそう言ってたんだし、と善悪はハテナ顔であった。
当然電話の向こうの結城氏にはその怪訝な表情が伝わる訳もなく、氏は構わず話しを続けた。
「そこで、原型製作兼サブチーフとして今回企画に参加されている方に連絡しましてね。 幸福さんも御存知でしょう? 吹木悠亜さんです」
「えっ! 吹木さんですか? 」
突然その名が出て来た事に驚き、思わず聞き返してしまった善悪。
結城氏はやや興奮気味に言葉を続ける。
「そうです。 あの吹木さんです。 で、ですね、今回の状況をお伝えして、幸福さんの事を相談したんですが……」
「は、はい」
善悪は戸惑っていた。
自分をクレーマー扱いした結城氏からの突然の電話。
そして、会社の上司に話して駄目だったのに、原型製作だけじゃなくプロジェクト全体のサブチーフとして関わっていた大物への相談?
あれ? 結城氏、思ってたより全然良い人なんじゃ…… なんかスマソ。
そして、突然のビックネームの登場、吹木悠亜……
フィギュア界にその人有りと言われる女流原型師。
繊細で卓越した技術だけでなく、柔軟かつ大胆な発想に基づく革新的なポージングアイディアは、常に業界に驚きを与え続けていた。
更に最近では、一部マニア向けに開設した動画配信チャンネルに登場した、彼女の可憐な見た目が話題に上がり、一般の人々にも人気急上昇なんだとか。
そんな有名人に自分の事を相談した等と、俄かには信じられなくても当然であろう。
善悪の困惑など意にも介さず、結城氏は話しを続けた。
「吹木さんがお持ちの『悪魔もぐら』を今回の補償として、幸福さんにお渡ししても良いと仰いましてね」
「えっ! ど、どうして、そんな? 」
どこをどうすればそんな話しになるのか、ちんぷんかんぷんな善悪。
「まあ、私も昨日幸福さんにお約束した事ですから、クビになる覚悟で一所懸命に説明したわけです。それに……」
善悪はびっくりしていた、同時に自身の不明を恥じてもいた。
結城氏は善悪の事をクレーマーだなんて思っていなかった。
それどころか、会社の方針に反して、何とか顧客の願いに応えようと、自分の進退をも掛けて戦ってくれていたのだった。
恐れ入った…… それが善悪の率直な感想であった。
さらに、続く言葉が善悪を一層驚愕させる事になる。
「吹木さんに幸福さんのお名前をお伝えした時ですね、彼女何か思い当たったようでして」
「は? なんでござろう? 」
「ハッピーグッドイーブル」
「な、なぜっ!? そ、そのハンドルネームをっ! 」
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