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No.9 命の誕生に向き合う道へ。

青葉くらら(あおばくらら)
宮城県生まれ。2013年に京都大学経済学部に入学し、在学中は経営、マーケティングを学ぶ。大学3回生の夏より1年間フランスに留学。留学中は、経済学、フランス語を勉強し、他、旅の面白さ、香水の良さ、クロワッサンの美味しさなどを知る。
2017年経済学部を卒業後ハンガリーの国立センメルワイス大学医学部医学科へ予備コースを経て入学。9月より3年生となるのを控え、現在は夏休み中。趣味は、本を読むこと、旅をすること。日本へ一時帰国の際にまず食べたいのはおいなりさん。


______ まずは、今は何していることと、そこに至った経緯を簡単に教えてください。

2017年3月に京都大学経済学部を卒業してから、その年の6月にハンガリーに飛んで、医学部予備コースに入り、2018年9月にハンガリーの国立大学のセンメルワイス大学の医学部医学科に合格しました。
現在は、2年生が終わったところで、9月から3年生になるところです。
この8月は引越しをし終わって、まだ滞在許可書の更新とかやるべきことはたくさんありますが、友達と喋ったり、クラシックバレエをやっていたりとのんびりと過ごしています。

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______ 経歴がすごいですね、なぜ日本の医学部ではなかったのか、とか経済学部から医学部に行ったこととか、就職の可能性がなかったのかとか、色々お聞きしたいですが...まずは、どのタイミングで現大学の医学部への入学を志望したのですか?


実は、大学を卒業する時にはハンガリーにいくことは決めていなかったんですよね。たまたまハンガリー行きの最終審査が卒業後の4月の頭にあったので、まずは応募しようと思って卒業した2週間後の締め切りに合わせて、審査(英語と理科科目の試験と面接)に出しました。
最終審査の結果、3、4日後返事が来て、送り出してもらえることが決まったので、出国までの2ヶ月の間に色々と準備をしました。


______ 環境が一気に変わったんですね。


そうですね、2月、3月の卒業間近の時期は、人生が真っ暗でした。その頃は日本の医学部を受けることに決めていたのですが、でも、どこで浪人するのとか、学士を取るのか、実家に帰るか下宿先に残って生活するかとか、細かいことは何も決めていなくて。
働かずに医学部いくことは決めていたのに、その他のことは本当に何も決まっていなかったですね。
毎日が苦しかったです。どんなに美味しいご飯食べても、美味しいと感じられなくて。

______ 私のくららさんの印象では、「自分で決めたし!」と楽観的に過ごしてそうですが。意外ですね。

「自分で選んだしな。」とは思いつつ、どのタイミングで医学部のスタートラインに立てるのかがわからなかったので。立ちはだかる試験の壁...みたいな。最大何年まで浪人できるのかを決めておかないと、だらだらしてしまうと思っていましたし、働かないと、親にも経済的に負担をかけることになるので。

______ 親は、まず「医学部に行く」と決めた時点ではどのような反応だったのですか。

親は賛成してくれる人でした。父は、「自分のやりたいことがあるんだったらやったほうがいい」って言ってくれたんですよね。
母親からは「医学部にいくってわかっていたよ」って言われて。というのも、私は6個下に妹がいて、その妹が生まれる瞬間に立ち会った時に、「赤ちゃんを取り上げる人になりたい」「産婦人科にいきたい」と思ってたんです。
でも、高校生くらいから他にも学部があるということに気づき始めて、だんだん医学部に対するイメージが、決められたレールの上を歩くような感じに感じられたんです。進学校といわれるところにいたこともあり、こんなに医者になりたい人がたくさんいるんだ、と思って、それなら自分がなる必要ないかなと思いました(笑)。
体力もあって、まだバリバリ元気な頃に知見を広げたいという思いもあって、医学部の道に疑問を感じ始めたんですよね。高2の終わりまでは医学部医学科に行こうと思っていました。
高2の3月に進路指導の先生に初めて相談して、「マーケティングとかコンサル、面白そうだと思ってるんです」と伝えると「あ、じゃあ、文系だね」と、クラス替え変えられるように手配してくれて、4月から文系クラスになりました。
母親に関しては、経済学部に合格して大学に入った後も、唯一、「くらちゃんやっぱり医学部じゃない?」って言ってきていましたよ。「そんな道はありません。この道で行くんだから。」と言っていたのですが、結局その道に進んでいます。

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______ 何がきっかけで、医学部に入ろうという道に気持ちが戻ったのですか?

在学中に3回生の夏から1年間、フランスに留学していて、帰って来たのは4回生の夏なんですけど、2回生後半から就活どうしようっていうのはみんなの頭にありますよね、私もありました。
ただ、どうしても、特定の企業に入って自分が働いているっていう想像ができなかったんですよね。フランス留学中に、ふと、「どんな激務だったとしても、何をしていたら私は耐えられるのか。」と問うたときがあったのです。
例えば、朝6時から、夜中2時まで働かないといけない、そんな激務があったとしたら、赤ちゃんを取り上げることならどんなに時間の拘束がきつくてもやっていけるかもしれない。と思ったんですよね。
コンサルでパワポを作り続けるには限界がくるだろうし、営業して何かを売る仕事がそんなに忙しかったら私は続かないだろうし、公認会計士のように数字に触れ続けるのも多分違う、それでも命と向き合うことならできるかもしれない
「医学部に入り直す道もあるのかな?」ってぼんやり考え出したのはその時です。とはいえ、留学真っ只中だったし、気の迷いかもしれないと思い、留学から帰ったらとりあえず就活をしようと思いました。

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でも、留学終わったタイミングでも、「医学部に入り直そう」という小さな石ころのような気持ちが消えなかったんですよね。そうなってしまったので、ポツリポツリ冗談混じりで、周りの人に相談し始めました。
私としては、周りの反応をみて「それはないんじゃない?」っていう否定的な反応がきたら就活をちゃんとしようと思っていたし、そちらの意見の方が多いと思ったんですけど、
実際に相談してみると「いいんじゃない?」「いけるんじゃない?」っていう答えの方が多かったんだよね、偶然そういう人にばかり聞いていたのかもしれませんが。
それから就活と医学部が五分五分になってきて、もう就活の時期が過ぎていたので、次年度の就活に参入しようと思ってたんですけど、4回生の10月に医学部の道を進もうと決めました。
1番大きな決め手になったのは、NF(京大の学園祭)の時期に帰省した時に親戚の叔母から猛反対を食らったんです。「もし、私があなたの娘だったら、絶対に医学部になんて行かせないわ」「真っ暗闇のトンネルに10年潜るものよ。」「京大卒だと、いい給料ももらえるのに、どうしてそれを捨てるようなことをするの?」と言われてしまいました。よりによってその叔母が女医だったんです。実際のドクターから言われたのがショッキングで、2〜3日落ち込んでたんですけど、ものすごい逆風を浴びた後に、「私は医学部に行って、医師免許を取って、医学を勉強をしたいと思っている。目の前の就活からの逃げではなく、心から医学を学びたいんだ」って気づけたんですよね。

それから、父親に「医学の道に行かせてほしい。」とその時に初めて話しました。経済的に苦しいと言われたら諦めようと思っていましたが、学費を支援してくれるって言ってくれたので、
「早くスタート地点に立てるように頑張ります。2年半浪人してダメだったら、諦めます」
といって、医学部の道を決めました。

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______ その時には、どこで浪人するのかも、決めてなかったんですよね。ハンガリーの医学部を知ったのはいつ頃なのですか?


3月7日ですね、はっきり覚えています。
卒業確定名簿が出るタイミングで、地元に帰っていて、母校に遊びに行ったんです。そしたら、高校当時、進路指導してくれていた先生がたまたまいて。
進路の話をしたら「頑張って!」って応援してくれて。「今いろんな大学があるらしいよ」と、雑誌を見せてくれて、そこにハンガリーの大学が載っていたんですよね。
帰って調べてみたんです。雑誌には載っていても、うまい言葉にのせられて学費が高すぎたとか、卒業できなかったとかをよく聞くので。でも調べてみるとちゃんとしたHPが出てきて、そしたら3月末締め切りであと1回だけ応募があることがそこでわかりました。「もしかしたら...。ちょっと応募してみよう」と、切れかけていたパスポートを更新して、応募に滑り込ませました。
3月末の説明会で、英語はTOEFLのペーパーテストで、理科2科目に関してはセンターレベルですって言われたので、もともと日本の医学部を受けようと思っていたこともあり、物理基礎とか、化学基礎とかは開き始めてたからなんとかなるかな、と思ってダメ元で受けました。

______ スピードでハンガリーに行くことが決まって、受かったら流れに乗った感じですね。急に環境が変わることに抵抗する気持ちがあってもおかしくないですが。語学へのハードルはなかったのですか?

この大学はエージェントがしっかりしていたので、合格したら、入居とかのサポートもしてくれました。医学部への予備コースが始まったのは、10月なんですけど、6月からそれまでは英語だけを勉強する期間として用意されていました。

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言語(ハンガリー語と英語)はやるしかないと思ったのと、ハンガリーの道で魅力的だったのは、スタートのラインに立ちやすいということです。進級がすごく難しいんですけど。現に、私の周りにも留年しているか、キックアウト(強制退学)か、ついていけないって行って自主退学する人もたくさんいるし、先輩だと2留、3留している人もいますね。特に最初の2年が大変と言われています。
ここの大学は試験形態が特殊で、だいたいが口頭試問なんです。生理学とか生化学とか、1年間くらい勉強しなきゃいけない項目が100個くらいあって、自分が引いた項目について話すテストですね。その前に、教授を選ぶんですけど、それが1番緊張しますね。

______ ハンガリー入学までの経緯を一つ一つ伺っていくと、くららさんの決断にとても親近感が湧きますね。突発的に思い立って決断した訳ではないんだというか。

そうかな、ありがとうございます。私は自分の気持ちを言葉にするタイプなんですよね。大学入試の時も、後に引けないように、京大志望だということを周りに言うようにしていたんです。周りに言っちゃったんだから、これで落ちたらみっともなさすぎるという、ポジティブにストレスをかけていました
結局、そうすることで応援してくれる人も出てくるんですよね。たまに潰れそうになりますけどね(笑)。

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______ 今の状況から抜け出したいけれどどうしたら良いか分からない人、何か決断に迷ってるけれど糸口がなかなか見つからない人にとって、とりあえず声に出してみるのはいいかもしれませんね。


そう、私が思うに、人が変わる経緯には3つあると思っていて、1つは本を読むこと、2つ目は人と話すこと、3つ目は旅に出ること。まずは、相手にただただ順応する、目の前のことを純粋に吸収することをして、その後に、自分という存在を取り込んで何か考えてみるんですよね。そうすると、少しずつ自分の気持ちに変化が出てくるような気がしています。

私がそうだったんですよね。
それこそ2月末ごろの卒業の前の月に、どうしようもなくて、暗かった時、知り合いが店主をしている本屋さんに行ったんですよ。その時、初めてその人に身の上話をしたんですよね。
今の状況とかを話して、先が見えなくて何かアドバイスないかとすがるような思いで話した時に、
その人がポツリと「動けばなんかあるよ」って言ってくれたんですよね。その時はピンとこなくて、動けばなんかあるとかそんな漠然としたこと言われてもな、くらいの感じだったんですよね。これが2月末の話しで、その後、3月卒業確定前後に帰省していた時に、その言葉がなんか心に残っていて、普段帰省してても足を運ばない高校に「家でじっとしてても何も変わらないし、動いてみるか。」と、行ってみたんですよね。それが今となってはうまい方向に好転していったなと、今になってそう思いますね。

あとは、思い切りも大事ですね。
行動した後悔と行動しなかった後悔を比較すると、行動しなかった後悔の方が、多分大きいですから。

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【編集後記】
経済学部に4年間在籍後、再度、医学部への入学の道を選んだくららさん。
その決断を現実のものにした要素を一つ一つお話ししていただくことができました。強い意志が曲げなかった部分と、引き寄せた運が重なって、本人も驚くような道が開かれたような印象です。

印象的だったのは、
くららさんの中で医学部に進学することはあまり「普通」ではなかったにも関わらず、周りに相談してみると意外と「普通」の反応がきたことでくららさんが少しずつその意志が固まってきたこと。
自分の中で無意識のうちに決めている限界を周りが後押ししてくれることもあるんだなと気づきました。思っていることは、まず信頼できる人3人くらいに打ち明けてみるのがその後の決断を後押ししてくれるかもしれません。

【ライター】
 篠原 七子



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”幸せ”の在り方が転換している過渡期の今、いろんなことに挑戦し、失敗、成功、体験談を数集めることが重要だと思っています。 このメディアでは、そうした挑戦者が挑戦しやすくなる環境の構築のため、お金を集めさせていただきます。集まった金額、使い道はこのnoteで報告させていただきます。

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何かを”決断する”ときって自分の問題ばかり気にしてしまうけれど、実は自分にはどうしようもない「まわり」の問題があるかもしれない。 自分の「まわり」に目を向けるところからはじめたら、私にも自然な選択ができるようになるのかもしれません。

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