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人類学とデザイン。

今秋から、デザインとその他の分野のセッションを即興的に垣間見る、実験的トークイベント「KESIKI jam」がスタート。

“jam”とは、音楽アーティストたちが集まって楽譜や準備なしで即興演奏する「ジャムセッション」のこと。ジャズクラブのような場所では、毎日のようにジャムセッションが繰り広げられ、楽器を持って飛び入り参加なんかも歓迎。KESIKI jamは、そんなジャム・セッションのように、筋書きなし、対話への飛び入り参加歓迎なイベントです。

多様な視点で社会やビジネス、カルチャーを捉えるために、さまざまな領域で活躍するゲストをご招待。KESIKIのメンバーやプロジェクトをご一緒している企業や官公庁の皆さんなど、KESIKIに関わりのある方々がゲストを囲み、お酒と音楽とジャムをのせたクラッカーとともに、ゆるりと対話のセッションに飛び入り参加してもらうイベントです。

第一回目は、人類学者でありながらKESIKIのMatesとしてビジネスの領域でも活躍をされている多摩美術大学美術学部リベラルアーツセンター教授の中村寛(なかむら ゆたかさんと、合同会社メッシュワーク共同創業者の比嘉夏子(ひが なつこ)さんに、「人類学とデザインの交差点」をテーマに対話を繰り広げました。その“ジャムセッション”の一部をお届けします。


中村 寛  Yutaka Nakamura 
人類学者。博士(社会学、一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻)。多摩美術大学美術学部リベラルアーツセンター教授。アトリエ・アンソロポロジー合同会社代表。英国プリマス大学トランステクノロジー研究所研究員。中央大学社会科学研究所研究員。「周縁」における暴力、社会的痛苦、反暴力の文化表現、脱暴力のソーシャル・デザインなどのテーマに取り組み、人類学に基づくデザインファーム《アトリエ・アンソロポロジー合同会社》を立ちあげ、さまざまな企業、デザイナー、経営者と社会実装をおこなう。主要著作:『アメリカの〈周縁〉をあるく――旅する人類学』(単著、平凡社、2021年)『残響のハーレム――ストリートに生きるムスリムたちの声』(単著、共和国、2015年)『芸術の授業――Behind Creativity』(編著、弘文堂、2016年)
比嘉 夏子  Natsuko Higa
人類学者。博士(人間・環境学, 京都大学)。合同会社メッシュワーク共同創業者。株式会社 Hub Tokyo顧問。岡山大学文明動態学研究所客員研究員。オセアニア島嶼社会の経済や相互行為についての研究を行う一方で、より実践的な人類学のあり方を模索し、合同会社を設立。人類学的アプローチを多様な現場で活かすべく、企業や組織の伴走支援を行う。 主要著作:『地道に取り組むイノベーション―人類学者と制度経済学者がみた現場』(共編著、ナカニシヤ出版、2020年)『贈与とふるまいの人類学 トンガ王国の〈経済〉実践』(単著、京都大学学術出版会、2016年)


観察しているだけでは、いられなかった

ーお二人が人類学の世界に足を踏み入れたきっかけについて教えてください。

中村さん:振り返ると、三つのきっかけがあったなと思います。一つ目は、高校時代の経験。僕の通っていた高校はシカゴの、白人が9割を占めるマンモス校でした。そんな環境に溶け込みたい一心で、新入生が学校に馴染める支援をしていました。その活動の中で「この学校から人種差別をなくすにはどうしたら良いと思いますか?」という議題で新入生とディベートをしたときのことです。白人の学生から「この学校には人種差別なんてないと思います」と言われて言い返すことができず、すごい悔しいと思ったんです。立場が違うだけで、見てる世界がこんなにも違うのかと。

元々は音楽の勉強をしていて、ジャズミュージシャンになろうと思っていましたが、それがきっかけで人種差別の問題にも興味を持ち、音楽と言語学のダブルメジャーでアメリカの大学に進学しようと思ったんです。ただ、何を思ったのか入学手続きの済んだ8月に日本の大学に行こうと思い立って、ひとりで日本に戻り、帰国子女向けの予備校に通い始めました。それが二つ目のきっかけになります。

そこで出会った小論文の先生がなかなか強烈で、「君たちが書いているのは典型的な論で、実際に目の前で起こっていることがちゃんと脳に届いてない」といった厳しいフィードバックを飛ばすような方でした。ただ、僕にはハッとさせられることが多く、先生から社会学の文献をたくさん読まされていたこともあり社会学系の領域に興味が深まっていきました。

そして、三つ目が音楽漬けで留年した2回目の2年生を有意義に過ごすために出た授業がたまたま人類学者の先生が受け持っていたものだったこと。こうした積み重ねが、僕を人類学の領域へと導いていきました。

比嘉さん:私もきっかけは中高時代だったと思います。私の通っていた高校は進学校で、生徒の多くが東大からの弁護士や医者、投資銀行といったキャリアを歩む人たちでした。元々の天邪鬼な性格もあってか、同じ進路を辿るのはなんとなく嫌だなと思っていたんです。それで、京大の総合人間学部へ進学しました。何をやっているのかがわからないところが、面白いなと思ったんです。

人類学に出会ったのは、3回生の時。人類学は100人が100通りの回答を出す学問だと思っていて、解が一つに決まらないところに惹かれました。大学院は人間・環境学研究科へと進み、ポスドクまで研究を続け、今に至ります。

ーそんなお二人が人類学者として、ビジネスの現場に参与・介入しようと思ったのはなぜ?

中村さん:ただ記録をするだけで良いのか、と人類学者の態度を疑問に思ったことがきっかけですね。僕はアメリカのハーレムという地域でずっとフィールドワークをしていました。そこで、アメリカ社会学の流れの一つであるシカゴ学派やその後の都市エスノグラフィの系譜を受け継ぐ社会学者に出会ったんです。シカゴ学派もそうでしたが、その方は、大学のそばにあるスラムの問題に積極的に介入して、そこの課題を解決しようとしていました。その姿を見て、ただ記録をするだけではなく、介入して状況を改善したいと思うようになったんです。

人類学には優れた論客がたくさんいて、問題に対するさまざまな分析もなされていますが、そこで止まっている。たとえば、いくら分析をしても戦争はなくなっていない。貧困もホームレスの問題もなくなってない。暴力も止められていない。それは学問の敗北です。だから、現場に介入して、問題を解決していこうと思いました。

比嘉さん:私も中村さんと似ています。フィールドワークする対象はよく観察するのに、自分達の身の回りを見ていないなと。それで人類学者と名乗ることに違和感がありました。

場のコンテクストを無視してはいけない

ー ビジネスの現場に参与する上で、どんなスタンスを大事にしていますか?

比嘉さん:新参者であるというスタンスですね。自分に力があると認識されると、その関係を変えるのは難しいんです。フィールドワークでは、自分は無力で、助けてもらう立場として現場に入れてもらうことを意識していました。ビジネスの現場でも、変な力関係を作らないよう気をつけています。

中村さん:こちらが解を持っていると捉えられないためにも新参者という立場は大事だと思っています。解というのは、誰かが持っているものではなく、対話の中から生まれてくるものだからです。対話を大事にするとは、その場のコンテクストを大事にする、ということでもあります。なぜなら、コンテクストを無視した解決策は、悲惨な状況を生み出すからです。たとえば、アフリカ諸国にコンテクストを無視して持ち込まれた、選挙制度に基づく民主主義は、暴動や内乱を引き起こしています。

ーコンテクストを大事にするために、気をつけていることはありますか?

比嘉さん:「これがファクトです」とは言わず、「ここで語られているナラティブはこうですね」と言うようにしています。ビジネスの現場において自分の役割は、オルタナティブな見方を提示することです。そもそも、何が本当で、何が嘘かを突き詰めることにあまり意味がないと思っています。意識を向けるべきなのは、なぜ嘘をついたのか、という背景に思いを馳せることだと思うんです。

中村さん:非言語の情報に意識的になることも大事だと思います。仕草だったり、場の雰囲気だったり、普段はノイズとして処理してしまっていることにもたくさんの情報が含まれていますから。また、コンテクストという英語は通常、文脈と訳されますが、社会学者の新原道信さんは、「水脈」という言葉をあてて、言葉や仕草などの眼でとらえてしまうものごとの背後にある、もっと見えにくい想念のようなものを捉えようとしています。

ビジネスの世界だと、スピードのせいもあって、どうしても見えるもの、触れられるもの、実体のあるわかりやすいものを中心に議論が進みがちですが、じつは、ビジネスの世界であっても、重要なのはコンテクストなのではないかと思っています。

ーそれでは、集めた情報をアウトプットするときに気をつけていることはありますか。

比嘉さん:できるだけ自分の中に宿る対話的な存在を切り捨てず、嘘をつかないこと。ずっとフィールドリサーチをしていると、出会った人が自分の中で生きているような感覚になるんです。特定の情報だけを切り出してアウトプットする方がもちろん楽です。だけど、それをしないからたどり着ける境地があると思っています。

中村さん:わからないことを探って、それをそのまま呑み込んで、溜めていくーー積極的なオブセッションですよね。アウトプットはなにかを収斂させる行為だけど、できるだけ収斂を、処理にしてしまわないよう、待つ感覚。

比嘉さん:アウトプットが完成形でないことを自覚しつつ、書き切る。そのせめぎ合いを意識するのが大事かなと思います。


「かかりつけ医」みたいな存在を目指したい

ービジネスの現場に介入して、どんな気づきがありましたか?

比嘉さん:変化に対する考え方の違いに驚きました。まずは、変化に必要な時間軸の違い。ビジネスの現場では、3ヶ月や半年で変化が求められる。ゆえに、1年や数年かかるものは時間がかかるからやらないという選択肢になってしまう。一方で、人類学者の視点では、変化とは数年かけて起きるものだと考えています。

また、変化を求めるタイミングも違います。変化するきっかけの多くは緊急事態であることが多いと思いますが、私は安定している時こそ変化をしないといけないと思っています。危ない時って、もう手遅れな時じゃないですか。そうではなく、何があっても大丈夫という組織であるためにも、平時こそ変化を意識した方が良いはず。

だから、私は人類学者は「かかりつけ医」みたいな存在になれると良いと思っています。人類学者の面白いところは、現場とべったりな関係ではないこと。定点観測をしているような存在です。だからこそ、現場では気づかない変化に気づいて伝えることができたり、介入ができる。

そのためには、予算が少なくなっても良いから、長くかからわせてほしい。そうすることで、人類学者がビジネスの現場に介入する意味が生まれると思うんです。

ー私たちKESIKIも、クライアントの方に3ヶ月の変化というのは一時的なエラーみたいなものだと伝えているんです。本当に変わりたかったら、10年、30年といったスパンで捉える必要がある。そして、どう変化していくのかを一緒に考えさせてほしいと。人って短期的には変化することを拒む存在だけど、中長期的には変わりたいと思っていますよね。その矛盾をどう乗り越えるかに挑戦しているところです。

比嘉さん:変わるのって怖いですよね。変わるってことは、既存のものが崩されたり、脅かされたりするから。でも、変化するから見える世界もあるし、楽しいこともある。

ー変化した先が成功とは限らないですもんね。それでも、組織が変化するにはどうしたら良いのでしょうか。

中村さん:人が変わりたいと思うスピードとタイミングは人それぞれなので、個々人のリズムを見極めることが大事ですよね。時折伴走しつつ、人や組織のリズムのようなものを、聞き取ってくれる「社会の医者」のような存在が、そういうときに役割を果たせるかもしれません。

ちょっと意味が限定的になりすぎるかもしれませんが、たとえば、「ねばり強くなにかをつづけること」と、「さっさとあきらめ、やめて、次にうつること」は、両方とても価値があり、両方ともとても難しいですよね。社会的には前者のほうが評価されることが多いですが、それによって、やめることの大切さは見えにくくなる。それと一緒で、変化することと、変えずになにかを守りつづけることは、じつは個々の人やグループ、組織に同時に併存しています。

ー変化に対して早く飛びつく人もいれば、最初は反発するけど長期的に変化する人もいる。そう考えると、やはり粘り強く、中長期的に変化に向き合うことが大事で、少しずつでも変化していると認識するため人類学者の方に関わっていただくのが良いのかもしれませんね。

中村さん:ただ、人間って長期的な目線だけでは生きられない。短期的な変化や成果を積み重ねることも重要です。デザイン思考では完成品を作ってから世に出すのではなく、プロトタイプでも作って出して人々の反応を見て改善することを大事にしていますよね。つまり、問題にすぐに介入できるわけです。そこに、デザインと人類学がコラボレートしながら、一緒にやっていく意味があると思っています。

<イベント後記>

KESIKIのいくつかのプロジェクトでも共創が始まりつつある、「デザイン」と「人類学」。中村さんとは、今年始まった「旭川地域デザインプロデューサー育成事業」や、いくつかの企業のカルチャー変革プロジェクトで共創が始まっています。

今年9月には、多摩美術大学 TUBにて、中村さんがディレクターとなりKESIKIパートナー石川も企画メンバーとして携わった、企画展 「デザイン人類学宣言!」も開催されました。

今回のセッションでは、より相乗効果を生むための考え方や、それがビジネスへどう貢献できるのかが、少しずつ見えてきました。

長期的な視野で変化していく必要のある大きな企業のカルチャー変革や、中小企業の事業継承・デザイン経営による変革。人類学の広い視野と観察力を活かしながら、片方でデザインの手法で変化の仕組みを作っていく。

KESIKIでは、本質的なカルチャーデザインのために、このコラボレーションをより加速させていきたいと考えています。今後の発信でも、またその成果やプロセスをお伝えできればと思います。

次回のKESIKI jam開催は、2月を予定。またこちらのnoteでも異分野とのジャム・セッションの様子をお届けします。お楽しみに!

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