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完璧な夜明け

最後にもらったラインを既読にしないままにしている。そこに深い意味も他意もない。
誰かに話すほどでもない退屈な理由だ。
お守りか、はたまた小さな地雷か。

会わないときめて、さようならの意味を込めた「元気でね」を発した時から、こらえてた涙腺の限界を感じて車も見送らずに鍵をしめたあの瞬間から
私は彼との全部を自分の手で離していく、と決めた。

だからあの日見なかったラインはそのままになって、見られることもなくただ漂ったままだ。

「今から向かう!」

家に残っていた私の荷物を届けてもらうために私の家に向かう時に送られた一言。
彼からラインがあった時iPhoneの画面に映し出されたメッセージでそれを確認したのでわざわざ開いて見ることはなく、次に見るタイミングといえばもうすべてが終わったあとだった。
その時私は泣き崩れていて、それは長いお別れを意味していた。自分でそう決めて、選択した。

彼と初めて会ったのは野毛だったけど、初めてのデートとなるとやっぱり伊豆へサーフィンしにいったあのドライブデートなんだろう。
私たちはこれといったウィンドウショッピングや、カフェに行ったりするというデートがあまりなく付き合っていた2年間はほとんどの休みを海へ費やした。サーファーカップルのお手本のようなデートの仕方だったように思う。そのおかげでこの2年、随分と上達した。2年前のあの頃はまだボードに立つことすらままならなかった。

伊豆にいこうか、と言われて浮き足立ったあの日。朝の2時に家を出発したけど、彼がガソリンをいれたあとに車の上におきっぱなしにした財布をどこかに落としてしまい、それを探すためにきた道を2往復ほどして、車道に落ちていた茶色の皮の財布を発見したときのあの盛り上がりさえ、私をドキドキさせた。タイヤの跡がついた薄くなった財布を見て2人で笑った。時間は午前3時になっていた。

134から135へ。まっすぐ伸びる国道、示し合わせたように山から顔をだしたまっ白い満月、その月に照らされた海、うねる波、暗闇に慣れた目には白い波間がよく見えた。チカチカと目に眩しい対向車、場面にマッチしたプレイリストは作ったのかと聞くと「女の子とのデートだから」と。今思えば欲しい言葉をちょうどいいタイミングでくれる人だった。Weekend PlayersのHigher Ground、あれから何100回と聞いたろう。その曲のBPMと、車の速度、流れるように曲がる道、完璧な夜。太陽が昇ってきて明けていくそのまでのその時間、私はぽんと恋に落ちた。この人の隣にいたい、と強く思った。何気なかったのか、と聞かれたらきっとそんなことはない。お互いがきっときちんと”好きになられよう”としてはじまった恋だった様に思う。もっと遡ればそんな丁寧なものではなかったかもしれないけど。

伊豆の海は綺麗だった。彼に借りた短いボードではなにもできず、そんな私をみかねたおじさんが貸してくれたロングボードで1度立てただけだった。彼はずっと遠くの方にいて、あの頃まだ、遠目からじゃ波に乗っているサーファーのどれが彼かわからなかった。別れる頃にはどんなに人が多い湘南の海でもすぐに見つけることができるようになっていた。

帰り道、135沿いにある寂れたホテルで本当に本当の意味での休憩をした。電波が悪く、窓際で携帯を見ていた彼のことをよく覚えている。無駄に広いだけが取り柄のその部屋の、これまた無駄に大きなベッドで肌にあたるとカサカサする硬くて薄いシーツに包まれてすぐに眠った。起きたら5時間たっていて、寝すぎた!とまた笑い合った。お金をいれたカプセルをシューターに設置すると吸い込まれていくというアナログなお会計方法に2人で戸惑いながら、その場所をあとにした。

いまでも伊豆に行く道であのホテルの前を通ると、初めてのデートのことをよく思い出す。きっとこれからも、薄れてゆくであろう記憶の中でも、あの完璧な夜から幸福な明け方にかけての時間のことは忘れないんだろう。

どんなさようならにも、必ず大切な初めてがあって、どんな悲しいさようならだろうが、私はこの初めてのデートのことをずっと大事にしたい。だってそれだけ素敵な始まりだったって、あんなふうに胸がいっぱいになる明け方を迎えることはきっとこの先ないって、胸を張って言える。

フラれたくせにバカみたいだろう。でもそんなバカみたいな幸せだった日々に生かされて、さようならに心を蝕まれる日々をなんとかやっていけるんだ。

地雷をふんでも、お守りを捨てても大丈夫な日がきっとくるから、その日まであの「今からむかう!」はずっとあの日に置いてきたままで。


#あの恋

#マチネの終わりに

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