"集中力"は貴重品

Ken Wagatsuma

いかに集中力を鍛え、維持し、必要な時に発揮するか。創造性が求められるソフトウェアエンジニアであり続けるために、何より必要な集中力。

その集中力を削ぐ一番の要因が、スマホを始めとするディジタル機器であることは間違いない、というのが『スマホ脳』の主張。

https://www.shinchosha.co.jp/book/610882/

スマホが当たり前の現代社会において、脳がどのように機能し、集中力をいかに維持し、その他不安やストレス耐性について内省する機会も与えてくれる、一般向けポピュラーサイエンスの部類の本。

基本的な主張としては、以下の通り。

前提として、人類が狩猟時代を生き延びるために数百年をかけて遺伝子を変異させてきたことで危険から逃げることができたり生存確率を高めたりすることができてきた。

しかし、デジタル化や SNS の普及を始めとする近年の社会の変化は急激に進んでしまったため、人類の生物学的構造がその変化に追いついて変化することができなかった。

結果として、人類が本来持つ遺伝子の構造と現代社会を生き延びるための解決方法が「ミスマッチ」しているのが現状。これによって、スマホ依存やうつ病、デジタル健忘症や集中力の欠如といった問題に繋がっている、というのが本書の主張である。

闘争か、逃走か

狩猟社会において、獲物を必要な時に狩猟するために闘い、かつ自身の生命を脅かす敵や動物から逃げるために、人間は HPA 系と呼ばれるメカニズムを発展させてきた。

HPA 系は、ストレスや不安を感じると、コルチゾールと呼ばれるストレスホルモンを副腎系に命令して分泌させ、体を「闘争か逃走か」モードに切り替える。

  • Hypothalamus 視床下部

  • Pituitary gland 下垂体

  • Adrenal gland 副腎系

では、この HPA 系はどのように作動されるのか。

19 世紀に発見された脳の部位に、扁桃体というものがある。アーモンド形をしていることからこの形が名付けられた。扁桃体は、他者の感情を解釈する情動反応の処理を担うと考えられている。

具体的には、常に周囲の人間の表情や環境に気を配り、感染症の恐れや敵意のある行動といった危険を察知すると、HPA 系を作動させる。この仕組から、「火災報知器の原則」とも呼ばれている。

この火災報知器の原則、閾値が低く、すぐに作動することが知られている。

つまり、危険かどうかまだわからない状態でも HPA 系を動作させる。なぜなら、逃げるのに失敗してライオンに食べられてしまうより、ヤマネコかリスかライオンかまだわからない状態でもとりあえず逃げておいたほうが、生存確率が高まったからだ。

「かも」しれない状況、つまり未来や仮定といった将来のリスクに備えて HPA 系を作動させることができるのだ。

問題は、ストレスを感じやすい現代社会ではこの HPA 系が鳴り続け、体が常に「闘争か逃走か」状態に陥ってしまうことにある。

この状態に陥ると、闘いか逃げるために体は他の機能、例えば食欲、睡眠、消化、繁殖行為といった他の機能の優先度を下げてしまう。そして、長い間ストレスを受け続けてしまうと、他の機能の優先度が下がってしまうことによって、精神的に落ち着かなかったり、身体が落ち着かなかったり、お腹の不調や吐き気、疲労感、口の乾きや汗といった形で現れる。

ドーパミンが何に集中するかを決める

報酬物質と呼ばれることもある、神経伝達物質の一つであるドーパミンは、人間が「何に集中するか」を選択させるために機能する。例えば、目の前に食料があるとする。今蓄えておけば明日も生き延びる可能性が高まるかもしれない。この時、体に「食べ物を食べろ!」と命令するのは、ドーパミンの責務である。

  • 目の前に食料がある

  • => ドーパミンが伝達され、「食べろ!」と命令する

  • => 食べる

  • => 体内のモルヒネと呼ばれるエンドルフィンが分泌され、満足感を感じる

興味深い事実としては、実際に満足感を感じさせるのはエンドルフィンであり、ドーパミンはあくまで「今、何に集中するか」を選択させるタイミングに作動するに過ぎない

報酬物質と呼ばれる所以は、この将来の「期待値」に対して、今どの選択肢を選択すれば最大となるような期待値を獲得できるか、体内の報酬システムをコントロールしているからである。

人間が新しい土地や新しい情報を求めるのも、食料や資源が常に枯渇しており移動を余儀なくされた祖先時代において、生存確率を高める一助を担っていた。

実際、新しい道や新しい人と出会うと、ドーパミンが分泌されることが知られている。一方、毎日通るような道ではこれが観測されていない。

更に興味深い事実としては、このドーパミン、期待値が3割から7割の時に一番分泌され、必ず報酬が得られるというような状況では分泌されないということだ。

言い換えると、「大事『かも』しれない」という状況に一番ドーパミンが分泌される。これを「不確かな結果への偏愛、期待」とも表現されている。ギャンブルやスロットなどに魅了される人が多い事実も、これを物語っていると言えよう。

ドーパミンの分泌を促し続けるスマホ

本来、世の中のリスクに迅速に対応できるようにするため発達してきたドーパミンの分泌システムも、現代社会には相容れない。

なぜなら、スマホが、ドーパミンの分泌を促し続けているからだ。SNS からの通知、友人からのメッセージ。大事な情報がそこにある「かも」しれない、と人は感じ、ついつい手を伸ばしてしまう。

とある研究によれば、人は一日に 2,600 回近くもスマホに手を伸ばしてしまうという。そして、脳はスマホを無視することに知能の処理能力を使ってしまうため、スマホに集中力を削がれ続けてしまう、という状況に容易に陥ってしまうのである。

例えば、Facebook の Like は、誰かが Like を押したそのタイミングで通知が来るわけではない、という。徐々に通知を出し続けたほうが、ユーザーのドーパミン分泌作用を促し、定期的にスマホをチェックし、Facebook 滞在時間を増やしてくれるからだという。

もちろん、滞在時間が増えれば、Facebook の広告収入は伸びる。真偽の程は定かではないが、Snapchat のフィード表示や Twitter 立ち上げ時にも同じ仕組みを利用した、ユーザーを敢えて待たせる仕組みが実装されている、らしい。

必要なのは、睡眠・運動・社交

健康的に長生きするために必要なのは、必要十分な睡眠時間と、適切な運動と、孤独ではない環境。

これは誰もがなんとなく知っている、当たり前の事実かもしれない。だが、当たり前だからこそ、見過ごしがちになって、優先度が下がってしまうものでもある。スマホが現代人の時間を奪い、睡眠や運動、リアルな社交に割く時間を奪っているのは、本書を読まなくても容易に想像できるだろう。

特に運動に関しては、基本的に散歩、ヨガ、ランニングなどあらゆる運動によって、知的能力が向上し、記憶力が高まり、ストレス耐性が上がると言われている。

特に、よく体を鍛えている人がストレス耐性が高いのは、HPA 系を作動させなくても脅威となる敵と闘い、闘争することができるからだという。HPA 系を作動させてコルチゾールを体内に放出させ続ける必要がないため、本来の生命活動に必要な消化や食欲といった機能に十分エネルギーを費やすことができる。

「集中」と「熟考」

本当の意味で何かを深く学ぶためには、「集中」と「熟考」が必要だ。

『スマホ脳』

気を散らすデバイス、魅力的なコンテンツ、そういったドーパミンに作用する誘惑が多いからこそ、背景にある構造を理解し、仕組み化によっていかに集中力を維持する環境を作り続けていくか、というのがクリエイティブであり続けるために求められる姿勢の一つになっているのであろう。

マルチタスクは避ける、通知は最小限にする、システムをデザインするときはまず紙に書く。今までなんとなく「そっちのほうが良い」と感じて行ってきた習慣に、説明がついた点は大きい。また、自分では気づけていなかった「スマホ依存」な部分を見直すことができた点も大きい。

良い本です。

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Ken Wagatsuma
🇬🇧 英国在住シニアソフトウェアエンジニア https://kenwagatsuma.com/