ひとつの空 ”弐の空”
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ひとつの空 ”弐の空”

kentaro_sugiyama

「結衣!ちょっとこっち来て患者さんをレントゲン室に連れてって!」
前日の夜勤を担当していた先輩が、書き残していった結衣が担当する患者の症状や引き継ぐことなどが記されているパソコン上の電子カルテに隅々まで目を通し、必要なことを自分が愛用しているメモ帳に記録している時に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、少し驚きながら早歩きでパソコンの前を離れ声のする方向へ向かった。

都心にある大学病院に勤務して早二年経つ結衣は、今から約七年前の高校生の時に大きな病にかかり約半年学校を休み、治療のため病院に入院していた。
それまでカゼやインフルエンザにはかかったことはあったが、だいたいは自宅療養で回復して病院での入院生活を送ったことは無かった。幼い頃から男の子と一緒にサッカーやドッジボールなどをする活発的な子供で、女の子がよく遊ぶままごとや人形遊びにはあまり興味がなく毎日泥だらけになって帰ってくるような子供時代を過ごしていた。
結衣がかかった大きな病というのはある日突然のこと。
前日まで何も異常がなかった手足に、翌日になり痺れと激痛が走りその場に立っていることすら困難な状態であった。
担任の先生が救急車を呼び、学校から病院へ運ばれていき、病院に着く頃には両親も心配そうに駆けつけてくれていた。すぐさまCTスキャンや脳波の検査などが始まり、結衣が気づいた時にはベッドの上にいた。
「もう少し遅かったら危なかったって」と目に涙を浮かべベッドサイドに座り結衣の右手をギュっと握りしめながら母親が教えてくれた。
一瞬、誰のことを言っているのか結衣はわからず、それとともに自分の身に起きたことを把握するのに時間がかかった。涙目の母親の後ろに立ち窓の外を見ている父親にすぐさま気づいた。
入院したその翌日から毎朝、看護師が結衣の所へ来ては採血をしていった。
担当らしき看護師は三〇代前半といった年齢で明るくて話好きな人だった。採血の時も「高校ではどんなことが流行っているの?」
「結衣ちゃんは彼氏とかいるの?」と話しかけてくれていた。そんな看護師に対し結衣はだんだんと心を開き、二日に一回しか来られない両親よりも会話の回数が増えていったり内容の濃さも濃くなっていったりと、確実に距離が短くなっていった。
そんなある日、病のせいからか突然高熱を出し夜には吐血から意識を失ってしまった。病院から両親に連絡が行きすぐさま病院へ駆けつけてくれた。結衣の周りには主治医と看護師が二、三人集まり色々な処置を行っていた。
意識が朦朧とする中で、結衣はその看護師の姿を無意識に探す中で見つけると安心した。主治医と看護師が行った懸命な処置のおかげでなんとか命をとりとめた。
それから結衣が意識を取り戻したのは二日後のことである。目を開けると天井が目に入りモニターから定期的に出ている音から、生きている、ということに気づきベッドの上で涙を流していた。
ベッドサイドに両親の姿は無く、結衣は視界に入るものなどから自分以外の人はいるのかと探した。だが誰も看護師らしき人は見えずナースコールを押すことも考えたが、まだ体が自由に動かすことに気づき、孤独という暗闇に突き落とされた感覚に陥った。
そのまま寝てしまった。
ベッドサイドで誰かが動く気配を感じ結衣は目を開いた。そんな彼女に気づいた看護師は「結衣ちゃん、目が覚めた?何かしてほしいことはある?」と言った。
それは毎日朝と夕方に採血してくれていた看護師の姿だった。結衣は安心したことで突然涙が流れ出た。「私、生きているの?」と掠れた声で聞くと「すごく頑張っていたよ。先生とお父さん、お母さんに連絡してくるから待っていてね。」と言い残し病室から出ていった。


私、生きている…。


入院するまで当たり前だと思っていた日々が、入院生活の中で看護師や両親の持つ優しさに触れたことで、そして、意識を一度失い紛れもなく“死“を感じた。
今まで当たり前と思って、元気に何不自由なく生活ができていたことに対し、結衣の中で“生きている”のではなく、たくさんの人に支えられて“生かされている”のだと一人ベッドの上で天井を見つめながら考えていた。
窓から見える空には、雲が少しかかり間から差す太陽の光がまるで結衣の命の線みたく神々しく一本の橋のように感じた。入院から半年が経ち結衣の病も完治したおかげで退院ができた。
退院当日の朝は両親が車で病院まで迎えに来て、入院中の衣類などが入ったバッグを父親が車に運んでくれた。病室では結衣と母親が主治医から今回の入院中に行った治療や今後日常生活の中で気をつけることの説明を受けていた。主治医の傍には入院初日から目の前のことを手伝ってくれた看護師の姿があった。
看護師は特に言葉を発することはなく、カルテらしきものを主治医が見やすいように持って笑顔で結衣に向かって微笑んでいた。その姿が結衣には眩しいくらい輝いて見えた。心の中で誓った。

「私もいつか、傷ついた人の支えになれる看護師を目指そう。」と。

その日から高校と大学そして看護学校を卒業した。看護師になって初めての仕事場である結衣にとって、二年目の今はやっと仕事や先輩後輩、ドクターとの人間関係に自分なりに慣れてきたつもりである。もちろん人間関係で苦労することや気持ちが落ち込むこともあるが入院している患者の笑顔を見る度に、あの日自分がもらった優しさを今度は他の人に渡したいという気持ちがより強くなる。

「今から、足のレントゲンを撮りに行きますね。終わったらまた病室のベッドに戻りますからね」とありきたりだけどしっかり患者さんの顔を見て伝えながら車椅子を押してレントゲン室の方へ向かった。
レントゲンが終わるのを廊下で待ち、終わった患者さんをまた病室へ車椅子を押しながら向かっていた。
「結衣ちゃんはいつも明るいから入院していても楽しいよ!」と言われ、少し照れながら「早く退院しなきゃダメですよ。そのためにはしっかりご飯食べてくださいね。」と返答する。
患者からは「太陽のような笑顔を持っている結衣ちゃん」と大人気である。
患者だけでなく先輩や同僚、後輩達からも「仕事も出来るしオシャレだし、何より患者さんから好かれて結衣ちゃんは看護師が天職なんだね」と言われている。
そんな彼女にとっても、この仕事は楽しいだけじゃない。三交代制のシフトが組まれている彼女にとっては夜勤からの夕方出が一番体にダメージを及ぼす。
夜勤を九時に終え、そこから電車で三十分かけて実家へ戻る。唯一救いなのは実家暮らしで帰ったらご飯が用意されているという実家ならではの「特別待遇」だ。
当然それに対して結衣自身は両親対し心から感謝している。特に母親に対しては。
そしてまた夕方五時には病院へ戻るというシフトが週に最低三回ある。
それでも結衣は、この仕事を誇りに思っている。


前日も夜勤だった結衣は、この日は夕方五時までには出勤すればよかったこともあり携帯のアラームをセットせずに寝ていた。
一階から聞こえる掃除機とテレビから流れてくる音に起こされた。夜勤の疲れが残っていた結衣はもう少し寝たいという気持ちと夕方からの仕事の前に少しショッピングをしたいという感情の間の中、布団の上でボーッと窓から見える景色を眺めていた。
喉が乾いたこともありパジャマのまま母親がいる一階へ自分の部屋から降りて行った。
「やっと起きたの?最近忙しいの?ご飯が冷蔵庫に入っているから食べて!」と母親が掃除機を動かしながら独り言のように発した。
結衣は「はぁい」とあくび混じりの返事を返し、コップを片手に冷蔵庫の扉を開け中から水を取りコップに入れた。
「マユは?また遊びに行っているの?」と母親に問いかけた。マユとは二歳離れた妹で、大学を出た後はどこにも就職せずいろいろなアルバイトを転々としている。彼女もまた結衣と同じで実家暮らしだ。

「わからない。朝早く何も言わないで出て行ったわよ。」と母親が掃除機のスイッチを切り結衣の方向を向き言った。

冷蔵庫にあった、朝父親が食べたであろうサラダとソーセージと卵焼き残りを出し、炊飯器にこれまた残っていた米を茶碗に入れダイニングテーブルへ。
サラダ、ソーセージ、卵焼き、お米の入った茶碗をテーブルに並べ、その横に自分のスマホを置きながら「いただきます。」と独り言のように言いスマホで友達から来たLINEの返事を打ったり、SNSで自分の好きなファッションブランドの情報を見たりしながら食事をしていた。
情報をチェック、といってもほとんど頭の中には情報を入れず画面に映る写真や自分が気になるワードにしか目が行かないという具合だ。
食事を終え、台所にお皿やコップなどを置き「ご飯食べたから〜」と母親に届く声で言い、自分では洗い物をする気は全くなくスマホを触りながら、後ろから「自分で食べたんだから、食器洗ってよ」と半分諦めがちの母親の声が聞こえたが「ふぁ〜い」と全くその気がない返事を返しながら階段を上がり自分の部屋へ戻る。

スマホの時計の時刻を見ると、午後一時半。

ショッピングに行こうと思っていた結衣だったが、「疲れているし、シャワー浴びて仕事に行く準備しないと」と頭の中でスケジュールを計算して、やむなくショッピングは諦めた。
諦めなければ、仕事に間に合わないといった方が正しいのかもしれない。

洋服タンスから仕事場の病院へ行くまでの洋服を出し一階のお風呂場に向かった。
いつもであれば、シャワーだけで済ますところだがショッピングを諦めたこともあり時間があったため、すでに浴槽に張られていたお湯があるのを確かめ追い炊きボタンを押しお湯が沸く間リビングにあるソファに座り、スマホに入った今月のシフト表を確認し給料日までの日数を数え自分にエールを送った。
追い炊きが終了したという給湯器のアナウンスが聞こえたのでスマホをリビングのテーブルに無造作に置き、お風呂場へ向かった。
四十分くらい経っただろうか。シャワーであれば二〇分で済むところをゆっくりお湯に浸かり身体を休めた。
服を着て、鏡の前で髪の毛やメイクセットで外出用結衣を自分で作っていく。看護師という職業柄あまり派手な髪型はできないがそれでも彼女なりの目一杯のオシャレをしていく。
家を出て、最寄りの駅である荻窪駅から電車に乗り病院がある駅に向かう。
この日は午後ということもあり、車内が空いていたので結衣は空いているシートに座った。
病院がある最寄りの駅までは吉祥寺から約五駅。時間でいうと二〇分くらいだ。
降りる駅までの間、スマホに入っている音楽を聴きながら「医療」に関する本をいつも持ち歩いているので、その日もカバンから出し読書をしていた。
ふと電車の窓から見える外の風景に目を向けると、ビルの間からほんのわずかしか見えないが青い空が見えた。


東京の空ってこんなに青かったっけ…


そんなことを考えながらまた膝の上に開いてある本に目を落とした。
電車は何事もなく仕事場の最寄りの駅に近づいていた。

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ありがとうございます!これからも気が向いたら読んでください。
kentaro_sugiyama
My Actionというオリジナルブランドの元、脳性麻痺という障害を持ちながら、パフォーマー(表現者]として、福祉×エンターテイメントというジャンルで、楽しい社会を創造していく。