原稿用紙1枚の物語

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記事

『ウソ嫌いの妻』

ウソをつかれるのが嫌いという妻に、大事な場面でウソをつくか、つかないか。


『ウソ嫌いの妻』

 病院から電話があった。妻が運転する車が事故に巻き込まれたらしい。4歳の娘も乗っていた。

「覚悟していらしてください」

 電話口で担当者が言った。病院に着くなり、医者は「お子さんは亡くなられました」と頭を下げた。

「妻は!?」
「奥様も、もう時間の問題です」

 できることもない、と医者は続けた

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『復讐の行く末』

恨みが溜まっていた部長に復讐したぼくの結末は……。

『復讐の行く末』

 役立たず、のろま、ゆとり、給料泥棒……。どれもこの5分の間に聞いた言葉だ。

「おい、聞いてンのか!?」
「はい……」
「俺に勝てるもんなんかなにもないんだから、聞いた通りに仕事しろ!」

 放っておけば、延々と続く部長の罵声。入社してすぐ部長に嫌われたみたいで、事あるごとにこうして怒鳴られた。

——復讐してやる!

 

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『祭り』

今年、中止になってしまいそうな祭りをどうにか決行しようとする貞男のお話です。

『祭り』

 雨の中、貞男が鳥居に下に立っていた。長い階段の下から数人の村人が見上げている。雨に濡れた鳥居の朱が美しかった。

「あいつ本気か?」
「バカなやつだ」

 村人は口々に貞男を悪く言った。しかし貞男から目を離せずにいた。

 貞男は祭りのために生きてきたような男だ。もうじき五十になるが、年を感じさせない身体

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『白いシカ』

凄腕猟師が見た白いシカのお話です。

『白いシカ』

 怖いものなんて何ひとつない、という評判の凄腕の猟師がいた。名を忠介という。忠介が山に入ればシカが消えると囁かれるほどの腕前だった。

 ある冬、山にシカ猟に入った忠介は遠くに白いシカを見た。銃を構えるまでもなく遠すぎる。

「爺さんから、白いシカは山の神だから撃つなって言われたな」

 やはり猟師だった祖父の言葉を思い出してなお、忠介は笑った

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『夏休みのカブトムシ』

息子のためにカブトムシを捕ってやりたいと思うのだけど……。

『夏休みのカブトムシ』

 盆休みに妻の実家にやってきた。家の裏に小高い山がある。

「伸也を連れてカブトムシでも捕ってきたら?」

 という妻の言葉に、義父母も「裏山の神社で捕れる」と頷く。東京で生まれ育った自分は昆虫採集なんて得意ではないが、目を輝かせている伸也を前に「行きたくない」とは言えなかった。

 言われた通り裏山の神社にや

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『バイクが結ぶ』

ケンカしつつ、ふたりで乗るバイク。なかなか複雑です。

『バイクが結ぶ』

 恵子が睨むように俺を見る。負けじと見返す。

「いっつもわたしの話、聞いてないじゃん。いい加減に相槌打つだけでさ!」
「聞いてるよ、って何度も言ってんじゃん」

 なんてこともない痴話喧嘩だ。でも、なにもこんなときに……、とも思う。高速道路のサービスエリアで休憩がてらコーヒーを飲み、バイクに戻る途中にケンカだ。

 ふん

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『後部座席の幽霊』

車に取り付いた幽霊。さて……。

『後部座席の幽霊』

 東京から走り続け、ようやく下北半島までやってきた。はた目にはひとり旅に見えるだろうが、後部座席には女が乗っている。他人には見えず、ミラーにも映らない。幽霊なのだ。

「本当に下北半島の先端まで行けば成仏するのか?」
「ええ、きっと成仏しましょう。恨みを果たせば成仏するのです」

 幽霊女いわく、薄暗い山道を歩いているときに、猛スピードで通り

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『師弟関係』

先輩猟師に弟子にしてほしいと頼んだのですが……

『師弟関係』

 鹿猟を始めたとき、地元のベテラン猟師に「弟子にしてほしい」と頭を下げたことがある。

 猟師不足で、猟友会でも「若手がほしい」と繰り返し叫ばれている時代だ。若い自分が弟子になりたいと言えば、きっと受け入れてくれるはず、と疑っていなかった。

「何でも教えてもらえると思うな。まず何百回も山に行け」

 とだけ言われ、弟子どころかなに

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『ネッ友』

ネットでできた友だちについているウソ。

『ネッ友』

 憂鬱だった。待ち合わせ場所に向かう電車で、ずっとため息をついていた。

 ネットで知り合った人と、今日、初めて会う。もう半年近く毎晩毎晩チャットをしていて、よくこれだけ話をしてもまだ話すことがあるものだ、と自分でも驚くほど気が合う人だった。

 その人と会うのだから本来なら喜ぶべきだったが、そうではなかった。言うなれば、懺悔のための対面であ

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『娘の記憶』

娘がふと放った言葉がずーっと親の記憶に残ることってありますよね

『娘の記憶』

 私はこの日以来、娘を見る目が変わった気がする。

 幼稚園から帰ってきた娘はいつものように庭に出て、木に止まっている鳥を見上げた。

「鳥さん、今日もいるね」
「あんな風に飛べたらきっと素敵だろうね」
「うん、すっごい素敵なんだよ」

 娘が見たように言うので私は堪えきれず吹き出してしまった。娘はそれを無視して鳥を

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