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【小説】クラマネの日常 第4話「クラブハウスでときめいて」

 僕はひょんなことをきっかけに、小さな村にある総合型地域スポーツクラブのマネジャーをすることになった。
 竹内隼人。それが僕の名前だ。郷田さんという役場職員のかたに強引に誘われて、この仕事をすることになった。仕事には慣れてきたと思う。でもまだまだどうしたらいいか分からなくなる出来事が、クラブではたくさん起きる。

 今日は世間では4連休の2日目。クラブに祝日休業はないから、僕はいつも通りにクラブハウスの事務所に来て仕事をしている。むしろ、事務パートのおばちゃんが休み希望を出していたから、僕は一日中クラブハウスにいることになる。朝8時半に開館してから、21時半に閉館するまで。もっと人手があるといいのだけど、と正直思う。もう一人、中山さんというクラブマネジャーはいるのだけど、何をしているのか滅多に事務所には来ない。たまに来ては、こういうチームを作ろうととか、こういう仕事取ってきたとか、面倒なことを持ち込むから堪らない。でも僕は中山さんには頭が上がらない。思えば僕は、僕の周りにいる人のほとんどに頭が上がらないではないか。

 朝8時半の開館とほぼ同時に来たのは、大きなリュックを背負った高校生くらいに見える男の子だった。窓際の席についてリュックから取り出したのは、書籍やノートに見えるものだった。恐らく学校の勉強でもするのだろう。図書館へ行くのが好きな人もいれば、少し賑やかなここを好む人もいるというのが、クラブハウスで仕事をしていて分かったことだ。このクラブハウスは、クラブ会員だけでなく、地域住民なら誰でも使えるように開かれている。
 次にやって来たのは、大きなトートバッグを肩に下げた女の子だった。女性の年齢はいつも分かりにくいなと思うけど、彼女もまたバッグから書籍やノートを取り出して机に向かい出したから、やはり高校生なのかなと見当をつける。見当をつける必要など全くないのだけど。女の高校生は、男の高校生の斜め向かいの方向に位置する少し離れた席についた。お互いに、首を45度捻れば目が合うといった位置関係だ。
 それからしばらく人の出入りはなかった。連休だからみんなどこかへ出掛けているのかなと、僕はぼんやり思う。次の来客は、元気な男の子だった。僕も知っている小学3年生。クラブでは3つのチームに入っているコアな会員だ。彼がいるところはすぐに分かる。なぜかというと。
「おい!竹内コーチ!今日は全然人いないじゃん!貸切じゃん!いえーい!」
 うるさいからだ。
 僕は彼が入っている野球チームのコーチをしているから、彼は僕のことを「コーチ」と呼んでいる。
「こんにちは。お休みだからかな、今日は空いてるね。でも貸切じゃないからね」僕がそういうと、彼はあたりを見渡し、高校生の存在に気付く。
「あ」と言うと、苦笑いをして口を手で押さえる。こういうところはまだ3年生で、子どもらしい。でも僕は、彼の「静かにしなきゃ」がいつまでももたないことを知っている。その後彼は、おとなしくDVDを観ていたが、10分ほどした頃だろうか、突然、「コーチ!暇!!」と叫び出した。僕が「しっ」と人差し指を口元に当てて注意すると、「だって暇なんだもん!遊んでよ!遊んで!」とさらに声のボリュームを上げて騒いだ。
「僕は仕事中だから遊べないよ。一人で遊んでくれ」と、僕は彼を突き放す。そうせざるを得ないのだ。すると彼は、一人で卓球台の方へ歩いていき、一人でボールをラケットでポンポンとつき始めた。クラブハウスには卓球台が置いてあって、誰でも自由に使えるようになっている。彼はそれ自体を楽しんでいるようにも見えるし、一人でもできる卓球のやり方を考えているようにも見えた。しばらく一人でポンポンとした後、思いついたようにラケットとボールを卓球台に置いて、卓球台を離れた。僕は彼が次に何をするのか目が離せなかった。何か乱暴なことをしようとしたら、止めなくてはならない。すると彼はラケットが置いてあるコーナーへ向かい、ラケットを1つ取り出した。そしてそのまま男の高校生のところへ向かった。
「ねぇ、卓球しよ」落ち着いた声で誘うと、高校生の彼は持っていたペンを机に置いて、「いいよ」と言った。感動的な瞬間だった。僕なら、あれだけ騒ぐ男の子が勉強の邪魔をしてきて、卓球に誘ってきたら、あの対応はできない。たぶん、「勉強してるから」と言ってあしらうと思う。ところが高校生の彼は、二つ返事で快諾した。寂しそうな小学生に同情したのか、彼も卓球がしたかったのか。もしかしたら卓球部なのかもしれないなと、僕は思った。
 とにかく、小学生と高校生の男の子2人は、卓球を始めた。楽しそうな声が聞こえていて、これで
しばらくは平穏な時間が続くかなと僕は思ったものだが、そうはいかなかった。
「もう!強い!手加減してよ!!」という叫び声が再びクラブハウスに響き渡る。
「いや、してるよ」と高校生の彼は落ち着いた声で言う。
 気になって見ていると、確かに高校生の彼は相当に手加減をしていた。優しくボールを打ち、小学生が待ち構えているところに打っているように見えた。ところが小学生の彼は、「もう!強いって言ってんじゃん!!」と、怒りを膨らませている。高校生の彼も、これ以上どうしようかと困っているように見えた。
 その時、小学生の彼は、「あ」と声を出して、急にニヤニヤしはじめた。そしてラケットを置くと、また先ほどのようにラケットが置いてあるコーナーへ行き、新しいラケットを取り出した。そしてそのまま、今度は高校生の女の子の元へ向かった。
「ん」小学生の彼はほとんど無言でラケットを差し出した。
「え、なに?」高校生の彼女は明らかに戸惑っていた。
「あんたも一緒に卓球やって」
「え、あ、た、卓球?」
「はい」小学生の彼はまだ戸惑っている彼女に強引にラケットを押し付けて、一人で卓球台の方へ戻ってしまった。
 高校生の彼女はどうするかなと思っていたら、すぐにペンをラケットに持ち替えて、卓球台へ向かおうとしている。カウンターのすぐ前を横切る彼女の表情を僕はよく見ることができた。あれは間違いなく、張り切っている、という表情だった。
「私、元卓球部だから」そう言うと彼女は小学生の彼の隣で本格的な構えを見せた。
「そういえばそうだったね」高校生の彼はそう言うと、サーブを放った。どうやら二人は同じ中学生の同級生だったのだなと僕は思った。
 ボールは、ネットの手前で一回、超えた後にもう一回バウンドして、彼女の方へ向かった。それを彼女は驚くべきスイングで、驚くべきスピードボールで、驚くべきコースへ返した。
「いえーい!やったー!ざまーみろー!」今度は小学生の彼の喜ぶ声が響いた。上機嫌になった小学生の彼は、しばらく高校生と一緒に卓球をした後、お昼ご飯に迎えに来たお母さんに連れられて帰って行った。
 小学生の彼がいなくなると高校生の二人は、しばらくお互いを見合った後に静かにラケットを置いて、それぞれのいた席に戻った。しばらく二人は椅子に座るでもなく、何故か広げたノートを閉じたりしながら、もぞもぞしていた。そして僕を感動させる奇跡的なセリフを、二人が同時に言った。
「これからコンビニ行くけど」
 それから僕は、駐車場を抜けてコンビニへ向かう二人の後ろ姿を、ニヤニヤしながら見ていた。二人は徐々に距離を近づけて、やがて手を握り合って歩いて行った。なんてことを想像したが、そこまではさすがに起きなかった。




















総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5