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クラばな!(仮)第53話「オールドボーイ」

~クラブマネジャー 大野の視点~

ここクラブハイツリーのクラブハウス「ピジョン」は、誰もが利用できる公共施設だ。俺たちはその中の事務所を間借りして拠点とさせていただいている。本当にありがたい支援だ。
朝は10時から夜は21時半まで開けていて、小学校が終わる時間までは主に60代以上の高齢女性たちが体操をしに来たり、おしゃべりをしに来ている。

今日もまもなく子どもたちが帰ってくる時刻だ。小学1年生が帰ってきたと思ったら、次々と上の学年の子ども達が帰ってくる。「こんにちは~」とあいさつして入ってくる子もいれば、「ただいま~」と言って入ってくる子もいるし、何も言わない子ももちろんいる。俺たちはただただ「こんにちは」「おかえり」と言って迎え入れるだけだ。
やがて中学校のジャージを着た4人組が入ってきた。「こんにちは」と不愛想ながらも挨拶をしながら入ってきたあたりは、さすがクラブハイツリーのOBだ。さすがに俺のことを無視はしないらしい。久しぶりに見かける4人だった。俺が彼らのことを見かけていたのは2年前くらいだろうか。彼らが4年生とか5年生の頃だ。今では彼らは中学1年生になっている。
「みんな久しぶりだね。元気だった?」と聞くと、「お久しぶりです。元気です」と返してくれる。
彼らはみんな小学校時代はそれぞれのスポーツをしていたが、クラブハイツリーではスポーツ広場という不特定種目の活動をしていた。
「部活は何に入った?」と俺は興味本位で聞いてみた。
「卓球部」
「卓球部」
「野球部」
「卓球部」
「卓球人気すごいな」と俺は驚いた。卓球は千賀村では小学生でやっている子はほとんどいない。俺の記憶が正しければ、彼らがメインでやっていた種目は、野球・陸上・野球・サッカーだったはずだ。野球部に入った彼以外はみんな種目を変えたことになる。
種目を変えることはいいと思う。ただ、何となく野球部やサッカー部の部員数を勝手に心配してしまう。やはり田舎のこれからのスポーツは個人種目が中心になっていくのだろうか。確かに、人数が足りなくてチーム編成ができなければ十分に試合ができずに不満を覚えることもあるかもしれない。それでも俺は好きなスポーツをやったらいいとは思うけど、子どものニーズだって色々だ。従来通りの試合に出たい子は多いだろうし、みんなと同じ部に入りたいという子ども心もあるだろう。
「新しいスポーツに挑戦してる子もいるんだな。頑張れよ」と俺はさらっと言って業務に戻る。
4人は「はい」と返事をすると卓球をし始めた。その光景を見て、なるほど、ここにフリーでできる卓球台があることで卓球部に入ってみようかなというきっかけになっている可能性はあるな、と思った。世の中にスポーツはたくさんあるけど、子どもがその内のいくつを経験できるかというと、実はほんのわずかしかない。実はスポーツの選択肢というのはかなり限られている。地元にチームがあるか。部活があるか。親がやっていたか。テレビで見たことがあるか。遊びでやったことがあるか。これに当てはまらないスポーツは、その子にとっては存在しないも同然になる。その点、ここピジョンに来ていた子にとっては卓球は誰もがやったことがあるスポーツとして身近だ。スポーツの普及ってこうやるのかもな、と思う。数人が始めると不思議なものでみんながやりたがる。
こうなると卓球以外の種目も、気軽にちょっとプレーできる環境を整えていった方がいいかもな。
クラブOBの中学生たちはワイワイと卓球を楽しんでいる。この景色をクラブハウスの外でも実現できるといいなと思う。
ちょっとトイレに行く振りをして卓球台の横を通り過ぎる時に、「卓球楽しい?」と聞くと、「楽しいっす」とすぐに返ってくる。
彼らは無邪気にスポーツを楽しんでいる。部活や他の種目の心配をしているのはたぶん大人だけだろう。
俺も含めて地元の人は、歴史とか伝統とか、過去にとらわれているのかもしれない。子どもは今を楽しんでいる。過去はほとんど関係ない。
クラブハイツリーがこれから彼らに対して何ができるか分からないけど、過去にとらわれることなく、今と未来を見ていかなきゃいけないなと思う。俺たちが子どもの頃にあったものがなくなるのは寂しいけど、その寂しさは俺のもので、今の子どもたちに共感させるものではないんだな。
ピンポン球は軽快な音を響かせて跳ね回る。

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総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5