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プノンペン散策とシェムリアップへの旅立ち

はい、こんばんはけんしろうです。
最近俺の記事の読者が急増している。一月最初はフォロワー160人だったのに、今は30人近く増加している。いやはやありがたいことだ。これからもフォロワーとファンを増やして、今年中に千人は超えたいと思っている笑。そのためにも記事の質の向上と、宣伝を上手くやんなきゃな。

前回はカンボジアの負の遺産、キリングフィールドを見てきた。記事を書いていても大変暗い気持ちになった。去年の出来事なのにも関わらず、こうなるってことはよっぽどの衝撃だったんだなー。

チュンエク村からプノンペン市街へ。トゥクトゥクは行きより安く済むことができた。しっかしプノンペンは発展してきているにしても、郊外やその周辺の村々はまだまだと言ったところだ。まぁーさっき見てきた暗黒の時代よりはかなり平和な国になっただろうが。
写真は郊外の屋台街🤳

で、戻ってプノンペンを適当にフラフラしてみる。
目に止まったのがどでかいドーム状の建物。なんじゃこりゃってことでいってみる。今時は知らなかったが、セントラルワールドという巨大なマーケットだそうだ。マーケットというよりは、デパート?てかこんなにドーム型に豪華にする必要あったの?笑

インスタでザギンでショッピングなう、でも騙せそう。カンボジアだけど

市場は普通の東南アジアにありがちな雰囲気。生肉が常温で置いてたり、ネズミがチョコチョコ走ってたり。あんな豪華な風貌なのに中身は変わらなかった笑。市場にはクモなどの昆虫も見かける。実はもともと、クメール人は昆虫を食べなかったそうだ。たべはじめたのは、ポルポト政権下の食糧難の時代、餓死を防ごうと食べ始めたらしい。。うーん、ポルポトを知ってからこの国の闇を垣間見てしまう自分がいるな。。勉強になったから良いけど、正直見て後悔してしまっている。
俺らが帰ったちょうどくらいに凄まじい雨が降ってきた。沖縄と東南アジアの気候は本当によく似ている。この南国のスコールには日々参っている。

ゲストハウスに戻り、シェムリアップ行きのバスを待つ。ここのゲストハウスは欧米人オンリーだった。この高級感はすごい、千円未満なのに。プノンペンの高級ホテルでバカンスってインスタ載せても騙せるだろう。実際俺らのやってること、バカンスの対義語だけどね笑。

えー時間が来てピックアップされて、バスへ。メコンエクスプレスだって。東南アジアらしいイカシタ名前だ。座席は多少狭かったが、そんなに運転も荒くなかった、、と思う。ちょくちょく逆走してたようなそんな気もするが、ここでは全て許される。カンボジアで免許講習受けたら楽々取れそう。

シェムリアップまでは延々と一本道を走る。牛と、地平線と、民家と人。本当にこれだけが延々と車窓から繰り返し繰り返し。良いところだとは思うが、どこかにまだ地雷があると考えただけで住む気にはなれない。ポルポト派のせいでカンボジアがネガティヴに映ってしまっていた。

FUOS?んん???????????

バスは数時間かかってシェムリアップへ到着した。窓の外から見るにプノンペンよりも明るく、近代的なイメージだ。さすがアンコールワットで栄えた観光都市!俺が住む沖縄も観光業が主体。何か似たものを感じないような感じるような。

まぁ良いや、シェムリアップ編は次回から詳しく書くとしよう。

とりあえず今回滞在したプノンペンのことは一生忘れない。旅という枠を飛び出して、人間の命、社会について深く考えさせられた。そして、カンボジアのこれからが明るいものになるように、ただひたすら願うしかなかった。

またいつか必ずプノンペンとチュンエク村に訪れようと思う。その時までさようなら。


つづく、、

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