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シンテグレート渡辺氏、石原氏インタビュー(後編)~BIM専門家集団が考えるBIM活用の現状と課題

【はじめに】

前回に引き続き、シンテグレート合同会社 代表 渡辺 健児氏、同社BIMコンサルタント 石原 隆裕氏のインタビュー記事をお届けします。今回は、BIM活用推進のために必要な取り組みなどを詳しくお伺いしています。

■プロフィール
渡辺 健児
シンテグレート合同会社(Syntegrate JAPAN GK) 代表社員
1993年日本大学芸術学部デザイン学科卒業。メーカーのデザイナーを経て2000年〜2008年にロンドンに滞在し建築CGの制作に携わる。2008年に帰国後「コンピューター・ビジュアリゼーション」を設立して多くの著名建築家のビジュアリゼーションを手がける。2013年に「表参道けやきビル」の施工BIMサポートからBIM事業を展開。2015年にシンテグレートのパートナー・ディレクターに就任して日本法人を統括。複雑な形状の施工サポートやBIM導入、VR・MRの活用など、情報技術と最新テクノロジーを駆使して建築産業の変革に取り組む。株式会社ヴィック代表取締役、慶應義塾大学SFC非常勤講師も兼任。

石原 隆裕
シンテグレート合同会社 BIMコンサルタント
2013年東京大学大学院工学系研究科修了。大手設計事務所で意匠設計に携わった後、シンテグレート合同会社に入社。ファサードグループ リーダーとして複雑形状の設計・施工のコントロール、BIM導入サポートに尽力する。一級建築士。

大江 太人
Fortec Architect株式会社代表
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architect株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。一級建築士。

【BIM活用のメリットがまだ業界内に浸透していない】

大江:まだ日本のオーナーは、BIMでのプロジェクトマネジメントの手法やBIMがファシリティマネジメントにもたらすメリットを詳しく知らないのが現状ですよね。

石原:そうですね。3Dモデリングを請け負うだけでもビジネスとしては成立するのですが、プロジェクトの初期段階でお声がけいただいたお客様には、私たちからBIMでのデータ管理も合わせて提案しています。形状を生成する際にパーツにさまざまな情報を入れたり、部材をトラッキングしやすいようにIDを振ったりと、データ管理もBIMに組み込み、BIMを利活用する方向へリードしています。

当社とのプロジェクトを数回経験したお客様は、生産の管理手法としてもBIMが使えると実感されているので、最近ではBIMデータでのマネジメントも一緒に相談していただけるようになっています。

岡本:データ管理にBIMを活用するとどんなメリットがあるのでしょうか。

石原:現状では、ガラス1枚の管理番号や設置位置の情報を把握しているのは、ガラスを扱う専門業者だけです。例えば、来週施工するガラスの枚数や位置を調べたい時、ゼネコンに話を聞いても詳細はまず分かりません。ゼネコンはサブコンに、サブコンは窓製品メーカーに、メーカーはガラス工場に聞くという伝言ゲームを経て、ようやく情報が分かるのです。

また、そのデータはExcelや紙ベースで管理されていることが大半です。工場が管理している商品番号と図面上の管理番号が異なる場合、人が大量の資料と図面を照らし合わせて確認しなければなりません。

その点共通のBIMが使われていれば、BIMモデル上のパーツに割り振られたIDを参照するだけで情報がすぐに閲覧できます。パーツの形状はもちろん、納品日・設置予定日も分かるので、進捗の遅れも把握しやすくなり、非常に効率的です。

ただ建築業界は、階層が深い産業構造のため、関係者間で細かく情報を整理したり、共有したりするのを避ける傾向があります。BIM運用に関しても、管理費を渡した上で下請けに任せるケースが多く、最後の最後で身動きが取れなくなったサブコンから当社に依頼が来ることも珍しくありません。上流工程から踏み込んで、データの可視化・最適化をすれば業務効率は大幅に上がりますし、管理にかかる経費も少なくなるはずです。

岡本:予算をどこが持つかも問題になるのですか?

渡辺:BIMは、プロジェクトの初期段階に3Dモデリングとデータの作り込みを行い、情報を活用したシミュレーションや検証を行うフロントローディング(初期に負荷をかけるプロジェクト管理法)で進めるのが理想的です。

私たちが設計の初期段階から入ることも最近では増えていますが、BIM関連に必要な見積もりを提出した際、設計費用を大幅にオーバーしてしまうことがあります。そうなると、「設計では予算が出せないので施工段階でお願いします」と後続工程に流れてしまうケースはありますね。

石原:そうした事態を避けるために、施工部門が設計部門にBIM制作費を内部的に支払うことで、設計段階からBIMを活用している事例も一定数見られます。私が知っている範囲ではマンションディベロッパーのマンション建設でこの手法が採られていました。

渡辺:規格化されているマンションだと設計が標準化しているので、一度BIMデータを作成してしまえば、あとも調整しやすく効率化が図りやすいのは間違いありません。逆に、一品生産の建築を多く手がけるゼネコンの場合、予算調整が難しく、メリットを感じにくいのかもしれません。

石原:BIMでシミュレーションを行うと、お客様には「手戻りが少ない」「必要最小限の資材で建築ができる」などのメリットを感じてもらえています。ただ、BIMを活用する物件が毎回異なるため適切な比較が難しく、コスト削減などのメリットを定量的に示すことができないので、追加コストを請求しにくいのではないかと考えています。

【オーナーの意識改革、BIM人材の育成が喫緊の課題】

岡本:今後BIM活用を推進するためにはどんな取り組みが必要でしょうか?

渡辺:まず着手しなければならないのは、オーナーの意識改革です。BIM活用のベネフィットを整理し、オーナーへ伝え、理解していただくことは必須です。また、国や地方自治体は、公共建築物のオーナーであり、ルールを決める側でもありますから、彼らにメリットを実感してもらうことも大事だと考えています。

石原:国や地方自治体へのアプローチはもちろん重要ですが、慎重に進めなければBIMに対する意識が悪い方向へいってしまう可能性もあると感じています。2017年に施行された建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律(建築物省エネ法)がその事例の一つです。

建築物省エネ法は、大規模なビル建設にあたり、環境適合性の判定を受けることを義務付けた法律です。ただ、国内のビルすべてを環境性能に優れた先進的な建物にするのは難しく、現実のプランの押し戻しもあり、形骸化してしまっています。本来であれば民間の実務者に省エネや環境配慮の方向性を指し示すための法律でしたが、現状ではただ書類仕事が増えただけになってしまっているのです。

私は、BIMについても同じことが起きかねないと危惧しています。例えば、建築確認申請までをBIMで行うとなった時、紙や2次元CADで設計している会社は、確認申請のためだけに別途BIMデータを作成することになります。オーナーが「国から言われたからとりあえずやろう」という意識のままだと、実務者も「手間が増えただけ」と感じてしまい、日本中にBIMアレルギーが生まれてしまうと思います。やはり、まずはオーナーにBIMの存在意義や導入メリットを感じてもらうことが重要ではないでしょうか。

大江:おっしゃる通り、公共事業でBIM活用をリードすれば、ルールが明確化されて、メリットも伝わりやすいでしょう。国や地方自治体からの波及効果は大きいと思います。

岡本:BIMを扱える人材の不足も課題ですね。

渡辺:日本の大学の建築学科は、設計者と施工者を育てる教育に偏りすぎていると以前から言われています。最近私もBIM関連の講義に出向くのですが、やはりモデリングの仕方や工作機械との連携など、ものづくり側のテーマに寄っています。

大江:たしかに日本は構造、設備、建築意匠といった「作る」教育に特化していると感じています。それに対してアメリカの建築教育は、オーナー側の経済的メリットに結びつく教育が根づいており、BIM活用への理解を深めやすいと思います。この分野の教育は、私も非常に大事だと考えていて、日本の建築学科でMBA教育をやりたいと思うくらいです。

アメリカには、建築やBIMの知識を十分に備えた上で、オーナー側でファシリティマネジメントに携わっている人材がいます。BIMのメリットを理解している人材がオーナー側にいると、BIMでのマネジメントが前提になりますし、維持管理にBIMデータを活用することも可能です。ただ、日本の場合、社内に建築に精通した人材がいる企業はまれで、BIMデータも総務部や管財部が管理していることが多くなっています。このような状況では、せっかくBIMデータを納品しても、活用されない可能性が高く、非常に問題であると感じています。

岡本:オーナー側に興味を持ってもらうために、例えば政府の援助策などではどのようなものが考えられますでしょうか?

石原:BIMは仮想空間といえども、現場保全のために長年使うことができる重要なデータです。建物と同様に資産価値があるとみなし、固定資産税の減価償却対象にしてもいいと思います。

大江:BIMに関わる会計的なインセンティブはあまりまだ議論されていない部分ではあります。たしかにBIMデータがある方が建物評価がしやすいのは事実です。今後、BIMデータを持つ物件の資産価値が高くなるとなれば、オーナーからの注目も集まりやすくなり、BIM普及に一役買うかもしれません。

岡本:今後どういったユースケースが生まれればBIMの利用は進むと思いますか?

石原:有効なパターンは二つあると考えています。一つ目は、単体で規模の大きい案件に入って仕組みを作り、波及させていくケースです。二つ目は、一つひとつの案件は小さいけれど、数が大量にあるケースです。例えば、国や地方自治体が管轄する公営住宅や学校は規格が似ており、物件が大量にあります。CADとBIMで改修を行った際の効果の比較検証がやりやすいので、維持管理にかかるコストメリットも明確になると思います。

岡本:最後に読者の皆様へのメッセージをお願いします。

渡辺:BIMをきちんと使って成果を上げ、素晴らしい建築物の完成や、より良い生活環境の創造、建築業界の就業環境改善に寄与していきたいというのが、私たちの一番の思いです。このビジョンの実現に向け、BIMが正しく使われるためのコミュニケーション、情報発信に今後も積極的に取り組んでいきたいですね。

【おわりに】

後編では、BIM活用推進のために必要な取組についてお話を伺いました。

オーナーの意識改革とBIM人材の育成が急務であるとのご意見には非常に共感できました。特に印象に残ったのは、BIM活用について安易な義務化を行うのではなく、オーナーにBIMの存在意義や導入メリットを感じてもらうことが重要であるという点です。中長期的には建築確認申請においてBIMデータの提出が義務化される可能性もありますが、当面の間は実際のBIM活用プロジェクト事例を通じて、BIM活用のメリットを地道に啓発していくのが重要だと感じました。

本研究所では、今後も建設DXに係る様々なテーマを取り上げてご紹介しますので、引き続きよろしくお願いいたします!