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建設DXに関する最新の政策動向 ~政府文書を読み解く~

令和4年6月7日に岸田政権の新たな政策指針を取りまとめた「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」や翌年度の予算編成に向けた基本的な考え方を示した「経済財政運営と改革の基本方針2022」等の重要文書が閣議決定されました。
これらの文書においては、新しい付加価値を生み出す源泉であり、様々な社会的課題を解決するための鍵としてDXが特に重要視されており、多様な分野のDX関連政策や取組が掲げられています。その中でも、本記事では「建設DX」*に焦点を当てて解説していきます。

*今回紹介する文書には、DX関連の政策・取組のほかに、GX(グリーントランスフォーメーション)関連のものが数多く言及されています。GX関連の政策・取組には、ZEHやZEBなど建設分野と関わりの深いものが複数挙げられていますが、DXに焦点を当てた本記事では、範囲が広がり過ぎてしまうため対象外としています。

【閣議決定された重要文書とその概要】

令和4年6月7日に閣議決定(持ち回り)された文書として、前述した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」と「経済財政運営と改革の基本方針2022」のほかに、「デジタル田園都市国家構想基本方針」と「規制改革実施計画」が挙げられます。
まず、それぞれの文書の概要について解説していきます。

①新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画
本文書は、経済格差の拡大や気候変動問題の深刻化等の様々な社会課題に対応するため、「新自由主義」を基調とした資本主義のあり方を見直し、新たな資本主義の考え方や重点投資分野を示したものです。重点投資分野として、DXを含む次の4つが示されています。

1. 人への投資と分配
2. 科学技術・イノベーションへの重点的投資
3. スタートアップの起業加速及びオープンイノベーションの推進
4. GX及びDXへの投資

このうち、DXは様々な課題解決の重要な鍵と目されており、「デジタル田園都市国家構想」として取組の方向性が具体的に示されています。また、DXを推進していくためには、現行の規制・制度をデジタル時代に合致したものにアップグレードすることが併せて謳われています。

②経済財政運営と改革の基本方針2022
本文書(通称:骨太の方針)は、政権の重要課題や翌年度予算編成に向けた基本的な考え方が示されたもので、2001年の小泉政権下から毎年作成されています。
今年の文書では、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」で示された前述の4つの重点投資分野毎に方向性が整理されている点が特徴的です。

③デジタル田園都市国家構想基本方針
本文書は、新しい資本主義の実現に向けた成長戦略の重要な柱の一つである「デジタル田園都市国家構想」を別文書として詳述したものです。次の5つの取組方針と分野毎の政策が示されています。

1. 地方に仕事をつくる
2. 人の流れをつくる
3. 結婚・出産・子育ての希望をかなえる
4. 魅力的な地域をつくる
5. 地域の特色を生かした分野横断的な支援

今回紹介する4つの文書のうち、最も具体的に建設DXに関する政策や取組が示されており、今後の建設DXの政府動向を知る上では重要な文書といえます。

④規制改革実施計画
本文書は、規制改革推進会議の答申を踏まえて、規制改革に係る取組を具体化したもので、2017年から毎年作成されています。
前述した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」において、重点投資分野の一つであるDXを推進していくためには、規制・制度の見直しが不可欠とされており、DX推進を下支えする重要な文書といえます。建設分野に特化した言及はありませんが、デジタル原則*を踏まえた規制の横断的な見直しの中で、建設分野に関係する様々な規制の改革について触れられています。

*デジタル社会の実現に向けた構造改革のための基本原則で、①デジタル完結・自動化原則、②アジャイルガバナンス原則、③官民連携原則、④相互運用性確保原則、⑤共通基盤利用原則の5つから構成されます。

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【建設DXに関する政策及び取組】

次に各文書で言及された建設DXに関する政策や取組について解説していきます。

①建築・都市のDX

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、建設DXに関して「建築・都市のDX」という語句が用いられており、「BIM」、「3次元モデル」、「不動産ID」の3点の推進が中心に据えられています。これらは決して目新しいものではありませんが、建設DXの推進において重要性が再確認されたといえるでしょう。
なお、この「建築・都市のDX」という語句は「骨太の方針」でも用いられています。「建築・都市のDX」という用語が「骨太の方針」で登場するのは初めてのことであり、「BIM」や「3次元モデル」についても初めて言及されたことから、これらの取組が政府の中でより重要な位置を占めるようになったと考えられます。

⑧建築・都市のDX
建築物の形状、材質、施工方法に関する3次元データ(BIM:Building Information Modeling)、都市空間における建築物や道路の配置に関する3次元モデル(PLATEAU)、土地や建物に関する固有の識別番号(不動産ID)の活用を促進する。
       出典:「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」
災害リスクや人口動態の変化を見据えた立地適正化を促進するとともに、建築・都市の DX(建築物の形状、材質、施工方法に関する3次元データ、3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化を推進するProject PLATEAUやデジタル技術を用いた都市空間再編、土地や建物に関する固有の識別番号の活用等)等を活用しつつ都市再生を促進し、公園の利活用等による人間中心のまちづくりを 実現する。
             出典:「経済財政運営と改革の基本方針2022」

「BIM」及び「3次元モデル」については、建設DX研究所の過去記事(BIM関連、3次元モデル前編/後編)でも、何度か取り上げていますが、不動産IDについては初めて取り上げることになるため、本記事にて簡単に紹介します。

不動産IDは、不動産を一意に特定することができる識別番号で、不動産の類型にかかわらず、不動産登記簿の不動産番号を基礎とする不動産番号(13桁)と特定コード(4桁)から構成されます。
これまでは、不動産を一意に識別するIDが存在していなかったため、住所や地番の表記揺れにより、同一物件かどうか直ちに識別できず、適切な情報の連携・蓄積・活用が難しいという課題がありました。不動産IDは、こうした課題を解決するものとして大きな期待が寄せられています。

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出典:国土交通省「不動産IDルールガイドライン

②インフラ分野のDX

「骨太の方針」では、前述の「建築・都市のDX」のほか、前年に引き続き「インフラ分野のDX」という語句が用いられています。「インフラ分野のDX」では、具体的な取組として「インフラデータのオープン化・データ連携の推進」、「i-Constructionの推進」の2点が掲げられていますが、前者は今年度が初出となります。

5Gネットワーク等の整備拡大による超高速・超低遅延・多数同時接続環境をいかし、 大学・民間等の技術開発の促進に向けたインフラデータのオープン化・データ連携の推進、 中小建設企業へのICT施工の普及支援等による i-Construction の推進など、インフラ 分野のDXを加速し、生産性を高める。
       出典:「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」

「インフラデータのオープン化・データ連携の推進」は、国土交通省が所管する「国土交通データプラットフォーム」が取組の中核となります。
「国土交通データプラットフォーム」とは、3次元データ視覚化機能、データハブ機能、情報発信機能を有するプラットフォームで、令和2年4月から運用が開始されており、毎年新たな機能やデータが追加されています。
建設DXを推進する上では、行政が保有する様々なデータに容易にアクセスできることが重要となりますが、「骨太の方針」に記載されたことで、従来の取組がより一層加速されることが期待されます。

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出典:国土交通省「国土交通データプラットフォームに関する報道発表資料(参考資料)

③ 建設DXに関する具体的な取組

建設DXに関するより具体的な取組は、「新しい資本主義」の重要な柱とされる「デジタル田園都市国家構想基本方針」の「インフラ分野のDXの推進」の項目で言及されています。
このうち、建設分野に特に関わりの深い取組として、次の5つが挙げられています。いずれも目新しいものではなく、建設DXを推進する上での重要性が再確認されたといえますが、注目すべきは「建築分野のDXの推進」です。

(5) 豊かで魅力あふれる地域づくり
 ②公共交通・物流・インフラのデジタル実装
 ⅲインフラ分野のDXの推進
⒜BIM/CIM 等、建設事業のデジタル化の推進
・2023 年度から BIM/CIMの原則全ての公共工事への適用に向け、ガイドライン改正を実施するほか、施工段階における画像解析による配筋の遠隔確認について実施要領を策定する。(国土交通省大臣官房技術調査課)
⒝i-Construction の推進
・現場にいなくても現場管理を可能とするなど、建設現場の生産性を向上させるため、2022 年度中に中小建設企業への普及支援を目指した ICT 建設機械等の小規模工事への適用拡大や ICT 施工に係る人材育成プログラム導入など、iConstruction を推進する。(国土交通省大臣官房技術調査課、総合政策局公共事業企画調整課)
⒞建設機械施工の自動化・自律化
・建設機械施工の自動化・自律化に向けて、安全ルールの標準化、基準整備に向けた検討等を進め、自動施工の現場導入の加速化につながる技術開発を促進し、技術基準類策定を実施する。(国土交通省総合政策局公共事業企画調整課)
⒟国土交通データプラットフォームの構築
・インフラデータ利活用による民間投資や研究投資、技術開発を誘発させるため、「国土交通データプラットフォーム」を整備し、国土交通省や民間等が保有する多様なデータとの連携を図る。(国土交通省大臣官房技術調査課)
⒣建築分野の DX の推進
・建築分野の DX の推進を図るため、設計、施工、専門工事業者等の多様な主体間での円滑なデータ連携を促進するとともに、地域の中小事業者等における BIM の普及等の利用拡大に向けたロードマップを策定するなど、建築分野における BIM の活用等を推進する。(国土交通省住宅局建築指導課)
             出典:「デジタル田園都市国家構想基本方針」

これまでの建設DXでは、土木分野での取組が先行しており、建築分野の取組はやや遅れていた印象があります。そのため、本文書では建築分野においてもDXを加速させることを目的として、多様な登場人物間での更なるデータ連携の促進や、中小事業者に対するBIMの普及の2点を掲げています。これらはあくまで一例であり、建築分野におけるDXを加速する取組はこれまで以上に増加することが予想されます。

また、「デジタル田園都市国家構想基本方針」では、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」で触れられていた「建築・都市のDX」のうち、都市に着目した政策・取組も複数見られます。

(5) 豊かで魅力あふれる地域づくり
 ③質の高い暮らしのためのまちの機能の充実
  i 魅力的な地方都市生活圏の形成
(p)まちづくりのデジタルトランスフォーメーションの推進
・人間中心の社会を実現するまちづくりの DX を目指し、3D 都市モデルの整備・ 活用・オープンデータ化、デジタル技術を用いた都市空間再編やエリアマネジメントの高度化、データを活用したオープンイノベーション創出等を進める。 (国土交通省都市局都市政策課、まちづくり推進課、都市計画課)
・3D 都市モデル(PLATEAU)の全国展開に向け、地方公共団体による 3D 都市モ デルの整備・活用・オープンデータ化への支援やモビリティ等の先進的なユースケースの開発、データ整備の効率化・高度化等の技術開発に取り組む。 (国土交通省都市局都市政策課、都市計画課)
             出典:「デジタル田園都市国家構想基本方針」

④ 建設DXを推進する上で必要となる規制改革に関する取組

建設DXを推進するためには、経済社会の仕組みをデジタル時代に合ったものに作り直していくことが求められます。そこで、政府は「規制改革実施計画」において、規制改革に必要な具体的な取組内容及び時期を定めることで、改革の着実な実行を目指しています。
本文書で言及された取組は多岐にわたりますが、建設DXに関連する代表的な取組は次のとおりです。

・目視規制の見直しの着実な推進
・実地監査規制の見直しの着実な推進
・常駐・専任規制の見直しの着実な推進
・生産性向上に資する建設業における技術者等の配置・専任要件の見直し

このうち、「生産性向上に資する建設業における技術者等の配置・専任要件の見直し」については、先日国土交通省が「技術者制度の見直し方針」を公表し、兼任可能な制度が新設されることが明らかになりました。兼任可能な制度が新設されることで、ICTの活用による施工管理の効率化が可能となり、更なる建設DXの推進が期待されています。

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出典:国土交通省「技術者制度の見直し方針


【まとめ】

今回は、令和4年6月7日に閣議決定された政府の重要文書4種を対象として、建設DXに関する最新の政策及び取組についてご紹介してきました。
今年から、従来用いられていなかった「建築・都市のDX」という語句が新たに用いられるなど、政府の中でも建設DXに関する政策がより重要な位置づけを占めるようになっています。具体的な取組自体は、特段目新しいものというわけではありませんが、政策上の重要性・緊急性は増しているといえ、これまで以上に建設DXが加速していくものと考えます。

今後政府においては、今回紹介した各種文書に基づいて、次年度予算の概算要求、予算編成へと進んでいきます。建設DX研究所では建設DXに関する政策・取組がどのように予算化・具体化されていくのかを継続的にウォッチしていく予定です。
また、今回ご紹介した政策・取組のうち既存記事で触れていないテーマについても深掘りしていく想定ですので、続報をご期待ください。

筆者プロフィール
須田 和宏
建設DX研究所 研究員。
大学卒業後、コンサルティング会社で官公庁向けの経営・業務・ITコンサルティングに従事。同社在籍中にさいたま市のCIO補佐監を6年間兼務。2021年4月より株式会社アンドパッドに入社し、新規事業の推進やガバメント・リレーションズ業務を担当。