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青白い女 ハン・ガン『菜食主義者』

ごおごおごおと鳴りつづける冷蔵庫。冷気は母のからだを舐めるように、腹から腰、腰からくるぶしをそって落ちていく。青白い光に照らされた女は母ではない。女はだらりと垂れ下がった分厚い舌のように、ピンク色のベーコン塊を口元にたくわえている。

ハン・ガン『菜食主義者』を読み、このイメージが流れ込んできた。これは記憶だろうか。それとも夢だろうか。中学まで住んだ家を離れ、街中のマンションに引っ越した直後だったと、なぜかそこは身体が諒解している。

夜半過ぎ、キッチンに突っ立っている女性は末恐ろしい。夫である「私」の気持ちがどこかわかるような気がする。ベジタリアンの話でありながら、草の描写というよりも、むしろ肉の描写が多い。これは菜食主義者の「肉」にまつわる話だと思う。

ハン・ガンの作品をちゃんと読んだのはこれが初めて。訳者が良いのか、日本語におけるひらがなと漢字、カタカナの配合が絶妙だ。そして、夫である「私」がどうしようもないくらい世俗的ゆえに、「妻」の狂いが際立つ。「私」は「妻」を侮蔑、軽蔑している。平凡な女だと高を括っていた。ある意味、たんなる性を満たし、腹を満たす存在としてしか見ていなかったのだろう。

その「妻」が豹変する。「肉」は性欲と食欲のメタファーだ。その肉の世界を否定した女に、肉を食べさせようとする切迫感。ハン・ガンが描くシーンはキレがいい。背後にある儒教的な家がある意味、このドラマを成り立たせている。ひょっとしたら菜食主義者のプロットは欧米では成り立たないかもしれない。

「妻」が肉を食べなくなる発端は夢にある。夢では饒舌で、人を殺し、犬を殺す。殺すことはとっても肉的だ。その夢の世界だったはず肉的行為が、最後、現実におけるメジロの死につながっている。その示唆だけで、妻がおそらく現実世界において「肉を求める」のだろうと、一種の読みを与えてくれる豊穣さがこの小説にはある。

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