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自分にしか撮れないモノ。

えらい大層な話ですが、そういうモノが撮れればいいなって話です。

フォトZINEの企画展示に出展させていただいた時、壁に掛けられた30冊ものZINEを、他の方がどんなものを創っているのかと順番に詠んでいくわけなのです。音楽を聴きながら一緒に詠むZINEもいくつかありました。フィルムで撮ったモノ。デジカメで撮ったモノ。30人いれば30様。ほんとに多彩なZINEが並びました。

どれが一番良かったのかは、詠みてにとって違う。

私が良かったと感じたZINEは、その人にしか撮れないモノをZINEとしてまとめているもので2つありました。子供の頃に住んでいた家や家の中を撮ってまとめたもの、もう1つは母とのフィンランド旅行のZINEでした。
 前者は、そのZINEを創られた方にしかわからないその家との関係とか、思い出の品にどんな意味があるんだろうかって、写っているもの以外の事をつい考えこんでしまう。後者は、創りての母への思いが旅行という題材を通じてじーんと伝わってくるもので。なんかウルっときた。

私が思う良いZINEというのは、写真がきれいとか、構図が決まっているとか、色がいいとか、見た感じのそういうことではなく、写真を超えた部分を考えさせられるところにあると思います。何を感じるかは詠み手次第。写真の表層しか見ない人には、ぱっと見で良しあしを決めてしまう。それが悪いわけではないのだけれど。だからヒトによってシンクロするモノが違う。

SNS時代の写真家って、(オールドレンズも含め)カメラやレンズの性能を駆使し、レタッチソフトや現像ソフトを使って物語を創ります。何でもできる時代だから。写真の方向性の1つであることは間違いないけれど。なんかちゃうと感じるこの頃…。

話がそれました。ZINEの話でしたね。ふと自分にしか撮れない写真でまとめるということは何かを考えた時。自分の創ったものは、表層にとらわれてばかりと感じたのでした。どうも絵物語になる。よいZINEというのは時系列ではない。絶妙な写真の順番と、ぱっと見から連想する事とは違う何かを連想させてくれる事で、それにシンクロした時。

自分にしか撮れないモノで、そんなZINEをいつか創りたい。


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