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「妖怪の孫」鑑賞



4月2日

安倍晋三首相の政治時代を追ったドキュメンタリー、「妖怪の孫」を見る。
なんとも言えないモヤモヤが残る、というのが本音。
正直、作品としても編集をも含め雑然とし、ドキュメンタリー映画としてこちら側の気づきや思いが深まるところも、ワクワクや驚きもなかった。YouTubeで割と長めのジャーナル番組などを視聴している層であれば、新しい発見があるわけでもないだろう。じゃあ、そういうものに馴染まない層に向けての啓蒙効果があるかといえば、年齢層の高さを思えば自分もそうだが、安倍政権の時代のヤバさについての再確認作業でしかないと。あえて酷にいえば、既にわかっている層に改めて確認してもあまり効果はないのではないかと。
途中で入るアニメの割と単純な図式化。安倍政権が繰り広げた、いま問題となっている放送法の問題を取り上げた場面を見ながら、それでも安倍政権が戦略として立てた政治のポピュリズム、コマーシャリズムに比べても、その洗練度においてこの映画は落ちる。(自民党のコマーシャル政治も僕にはちっとも響かぬダサさだが)。

それは安倍政権で菅官房長官と渡り合った望月衣塑子記者をドキュメントした森達也監督の作品にも通じるわかりやすい善悪の図式化に思える。
ドラマがない、といえば有料で映画館で見てもらうほどのドラマがない。おそらく途中でプロデュースを引き受けた元経産省の古賀茂明氏がいうように、テレビでドキュメンタリーとしてやれるような内容なのだ。

確かに安倍晋三氏が第二次政権になって行なってきたことは相当に、ぼくなどから見た場合、戦後日本を為政者側から革命しようと思われるような凄いことだった。放送法によるマスメディアへの威嚇もそうだし、アベノミクス欺瞞、森友加計学園問題、それに伴う近畿財務局の職員の自殺、そして集団安保を認める集団安全保障法の強行採決、政権交代に打ち出した生活保護費の削減公約、桜を見る会の疑惑、国民の反対派に対し、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」という国民への分断的な姿勢、そして実質命を落とす直接の引き金になった統一教会との関係。

これらのことが映画では時系列に関係なく問題として映像に浮上し、わかりやすいアニメのオチが挿入される。だが、一つひとつの問題での詳しい因果関係が省かれているので、その一つひとつの問題を理解している人、記憶している人にしか届かない構造になっている。つまり散漫になっている。

ゆえに、自分は途中で何度か眠りに誘われる感があった。(悪いけれども、そんな感じなのだ)。安倍政治のほぼ8年近くに行われたこと、その行いに至る彼の衝動への深い推察が感じられず、現象を映しているのみにしか見えてこないので、推理力が働かず、また安倍氏が去った後に残されてしまったものの本質も、例え岸田首相の公の発言を切り取っても何らか発見に至らず、また安倍政治の現象の歴史的な意味も掴みきれない。
 この映画の流れでは、何とかその意味を伝える話者が必要だと思うのだ。それがどういう立ち位置の人たちであるべきか。シャープな知性の学者や批評家なのか。あるいは安倍政治に利益を得たものでも、逆に苦役を得たものでもいい。多様な声を掬い上げる道という方法論もあったかもしれない。

いずれにしても、映画の未編集感が半端なく、例えば森達也監督の東京新聞の望月記者と菅官房長官の関係を撮った作品『新聞記者ドキュメント』にもあった、「後に何かが残る感じがしない」というのがこの作品ではより濃厚だった。加えていっそう図式化が過ぎたのだ。



同時に思う。安倍氏を描くというのは、結局こういう薄い図式化しかできないものではなかったか?と。それくらい公の場で話す安倍氏の言葉や国会の姿勢は薄っぺらく、同時にその薄っぺらい首相とその取り巻きの内閣の顔ぶれで「戦後日本」は大きく変えられて、今も変えられ続けている。それを主導した人はおそらく深い哲学などない。それが実に怖いことで、またそういう首相を忖度図式でもってメディアも、官僚も、果てはエンタメ界も揃ってヨイショしてきたこと。そちらの方が恐ろしい。いや。それが人間の本質なのか……?どうなのか?

昭和の妖怪のほうはおそらく敵とするにはきっと本源的に本当の意味で恐ろしい妖怪の本質があっただろうと思う。
しかし、「孫」のこの「おぼっちゃまくん」と日本社会の関係はいっそう単純で、それだけに逆説的に社会側との関係で実は複雑な諸相の反映なのかもしれない。いや、それも考え過ぎか。

映画館はミニシアターとしてもかなりの盛況ぶりだった。そして終わってみれば、自分もシニア料金で見れる側の人間になってしまったけれども、いずれにせよ年配者が多かった。自分その一人になっているのだが、“答え合わせをしに来るお互い様”の感覚では何か本当の意味での生産性にはつながらないのではないだろうか。

なんだか、Twitterあたりで似たようなグループの、似たようなスタンスの偶然なる人々の集いのように思えた。残念至極である。

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