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小説【ガール・プログラミング】第3章:「うごめき」

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 日曜日。

 課題も一通り終わって、やることを列挙したい。と言いたいところだけど、私はTodoリストというものが嫌い。何故なら時代は「Not Todoリスト」。むしろやらないことを決めたい。

・お化粧に15分以上かける
・髪型のセットに時間をかけてあれこれ変える
・洋服選びにお金も時間もかけ過ぎる
・女の子の日に冷たい物を食べる
・プログラミング言語をあれもこれもと手をつける
・寝坊
・お弁当作りが面倒くさい時にお惣菜で済ませる
・部屋の掃除をサボる
・MacBook Proのお手入れをサボる
・自己投資のためのお金をケチる
・自分のための嘘をつく
・人にわがままをいう

 小さい頃読んだ児童文学の「クレヨン王国シリーズ」のシルバー王妃様が、12個の悪い癖を持っていたことを連想させる。

 これと決めたことは「やらない」。やりたいことややるべきことを決めると、それらは際限なく増えていってしまう。

 しかしそれは「やるべき」こともやはり無視できないことを意味していた。例えば創作しようとしているアプリ「with HSP」(昨夜一晩で考えたタイトル名)。これを全部1人でやりながらどんなに遅くとも卒業までにリリースして、並行して大学の授業でもしっかり単位をとって、そして院に入る或いは就職活動のための努力をする。うん、無理だ。仲間が必要だ。

 そのために必要なメンツの候補は、もう目星がついてる。言うまでもなく「女子プロ」のお歴々。目黒部長は様々なプログラミング知識を持っていることがうかがえるし、まさにリーダー格としてはうってつけ。辰巳副部長も私の苦手なインフラ知識が素晴らしい、と、星野教授に聞いた。すると、残りの2人は……正直実力や経験は未知数だけど、あのサークルにいるからには、何かしらの役に立ってくれるに違いない、と信じたい。


 翌日、私が「おはようございます」と挨拶をして部室に入っても、誰からも返事がなかった。

 教室の中は私を除くと3人。本当に部長は来ていなかった。

 相変わらず忙しそうにノートパソコンを開いている辰巳副部長と関口さん、そしてゲーミングモニターの画面に向かって忙しそうに格闘ゲームをしている小川さん。どの人も近寄りにくいけど、一番話しかけやすいとしたら、小川さんか。

 私は、敢えて小川さんのプレイするキャラクターが勝ったのを確認してから、話しかけた。

「ねえ小川さん。私と一緒にこのサークル内でゲーム作らない?」

 すると、小川さんはこちらを見向きもせずに

「スマホゲーやブラウザゲーなら興味ないよ。私の本分はコンシューマーゲームだから」

 と、つっけんどんに跳ね返されてしまった。

「そんなこと言わないで。小川さんのゲームに対する情熱や知識が必要なのよ」

 彼女は手を止めて、やっとこちらを向いてくれた。

 だが、それでも気怠そうな顔をしている。私はこりゃもう一息必要だな、と思い

「ほら、別にね、プログラミングどうこう、ってことじゃないの。ただ仲間が欲しいの。そのためにはお互いのことをまず知ることから始めましょう。第一せっかく一緒のサークルに入ったんだし、小川さん笑うと可愛いし、私も新入生で大学に友達全然いないし。仲良くしよう」

 すると小川さんは、クスッと笑いながら

「食えない人が入ってきたこと。まあゲームを作りたいって言うなら話くらいは聞いてあげても良いけど」

 よし、と私は心の中でガッツポーズをした。

「ありがとう小川さん。実はね……」

 と、ここで不意に私の心にストッパーがかかった。生きづらさを抱えている人のためにアプリを作りたい、なんて言って彼女達は興味を持ってくれるだろうか。どの人も自分のことで精一杯そうだし、ましてやHSPなんて言葉は知りもしなさそうだ。私だって先日知ったばかりなのだから。

「実はね、何よ」

 小川さんが聞き返してきた。私は一瞬まごついたが、思い切って口をついて出た言葉がこんな内容だった。

「部長みたいな心を病んでしまった人のためのアプリを作りたいの!!」

 小川さんは、顔をほころばせて、ついに笑い始めた。教室中にゲラゲラ声が行き渡るくらいに声を響かせ、それは1分間程止まらなかった。

「あー……おかしい。情報通信科の学生って、こんな変なこと言ったりする人結構いるんすか? 辰巳さん」

 彼女は辰巳副部長の方を見て、尋ねた。すると副部長はパソコンから目を離さずに

「ううん〜〜、1年生でこんなこと言う人初めてだな〜〜。ましてや部長のあの性格を知らない訳がないだろうに〜〜」

「ですよねぇ。で、桑谷さんだっけ。話はそれだけ?」

「……何がおかしいのよ」

「は?」

「何がおかしいかって聞いてるのよ!!」

 私は先ほどの小川さんの笑い声が響き渡る以上に声を荒げ激昂した。すると目の前の小川さんだけでなく、背後にいる副部長の表情もビビっていることが感じ取れた。

「私は、プログラミングサークルで、みんなとプログラミングをしたりアプリを作りたいの。それなのにあなた達、どういうつもりなの。ゲームで遊んだり1人でパソコンやったり、そんなのお家帰ってからソロでできるじゃない! もし今の私の話が馬鹿馬鹿しいと思うなら私はここを辞める。そしたらこのサークルは廃部になるわね。私は1人でも今言ったアプリを作る、あなた達もあなた達で好きなようにすればいい。もう帰るわ。さようなら」

 私は、荷物を持ってその場を後にした。途中「ふーん」と言う誰かの声が聞こえた気がしたが、もう関係ない。


 さらに翌日。私は午前中まで授業を受けて、テスト対策用にレジュメをまとめた。終わった時には午後2時を過ぎていた。

 今日もあのサークルの部室に行くべきだろうか。流石にいくらなんでも、あんなに怒号を放ってまで大声を出すことはなかった。それとも最初から他人に期待しすぎると言う行為が悪かったのだろうか。でもそれならそれで仕方ない。せっかく女子同士でプログラミング仲間が出来そうな予感がしたのに、とは言えそれ以上は私が口出しする資格はない。

 1人で帰って、アプリの計画を練ろう。

「桑谷さーん、桑谷さーーん」

 人通りがまばらに行き交う正門の出口から出ようとした矢先、どこかで聞いた女の子の声がした。しかもそれがだんだん近づいてくる。声の方向に体を向けると、キャンパスの方角に向かう大通りから、走ってくる人がいた。

 関口さんだった。彼女は息を切らして、私の両手を握った。

「はぁ、はぁ……桑谷さん。私、関口。女子プロの。知ってるよね?」

 私は頷いた。

「昨日のあの一件の後、私考え直したの。私、やっぱりあのサークルで誰かと一緒にプログラミングやりたいな、って」

「えっ」

「昨日、桑谷さんが熱意を持って声を出してくれたの、私横で見ててちょっとびっくりしたけど感動しちゃったよ。実は私も、プログラミングが好きであそこに入ったの。でもみんな全然やる気なかったものだから、1人でパソコンやってたの。それに私、アルゴリズムや理論の腕前や知識ならちょっとしたものよ。だからさ、桑谷さん。あのサークルに戻ってきて欲しいんだ。それで、あなたが作りたいっていうアプリの話も、詳しく聞かせてちょうだい。よかったら、一緒にやりましょう」

 私は胸が熱くなった。あの女の子らしい顔をしながら寡黙に怖い形相でパソコンをいじる関口さんに、こんなにプログラミングに対する情熱があったなんて。私は顔を明るくさせ、握られていた手を更に強く握り

「もちろんよ、関口さん! 呼び止めてくれてありがとう」

「ううん、こちらこそ、話聞いてくれてありがとう。それじゃ、これからついてきてくれる?」

 もちろん私は再び頷いた。


 2人で行くと、部室には部長がとてつもない威圧感の漂う形相で一番前の座席に座っていた。他のメンバーもそれぞれの席に座っていた。

 その部長の様子に思わずギョッとした。

「こ、こんにちは……」

 私の挨拶には気にもかけず部長は「よぉ……」と薄気味悪い微笑みを浮かべた。

「お前か? 私のことを鬱病だなんて言って、それを治すとかしゃらくさいこと言ったのは」

 私は明らかに怒っている様子の部長を見て、かぶりを振った。

「ち、違います。治すんじゃなくて、HSPの人のためになる物を……」

「どうでも良いけどよぉ……誰だ? 私のことを鬱病だとか言ったのは」

 部長は室内を見回した。どうしよう、すごく怖い。この人こんな怖い人だったの? 元が美人だから余計にその恐ろしさに拍車がかかる。

「は〜い、菜々さん。鬱病って言ったのは私ですけど〜〜」

 副部長が手をあげて答えた。すると部長は立ち上がり、怒鳴った。

「いい加減な事言うんじゃねぇ! もしや”あんなこと”を私がまだ気にしてるとでも思ってるのか!? ”あんなこと”で鬱病になるわけねぇだろ! あと菜々さんって言うのはやめろって言っただろ!」

 副部長はギリギリ聞こえる声で「ごめんなさ〜〜い」と言い、再び自分のパソコンに目を向けた。

 私は一瞬部長の言った”あんなこと”とは何のことだろう、と思ったが、今はそれ以上に目の前のことに受け答えしなくては。部長は再び私と関口さんの方に体と顔を向け

「おい、桑谷って言ったな」

 と、私に声をかけてきた。何を言われるかわかったものではない。ひたすら怒られるか、それともキツくヤキを入れられるか。私はガタガタ震えていた。

「お前得意なプログラミング言語は?」

「え?」

 意外だった。何をされるかと思ったらまさかの問いかけ。

「得意な言語はなんだって聞いてるんだよ?」

「ぱ、PythonとC#です」

 すると部長は「ふん」と声に出し、

「C#はわかるとして、なんでPythonなんだ? まさか人工知能とか機械学習に興味を持って、とかじゃないだろうな?」

 すると、私の後ろにいた関口さんが私に合図を出してきた。同時に小声で「違うって言ったほうがいいよ」とも。なんのことかよくわからないが、私は関口さんのアプローチに従って、こう答えた。

「ち、違います! 私にプログラミングを教えてくれた人が数学好きで、その時をきっかけに数理モデルを扱うPythonに興味を持ちました! それにPythonは初心者にも優しい言語ですし、すぐ基本を覚えられました!」

 嘘はついていないけれど、なんとなく罪悪感も湧いてきた。しかし目の前にいる先輩は少し機嫌が良くなったのか、薄笑いを浮かべるようになった。

「確かお前、ゴールデンウィーク明けに私にメンチ切ってくるくらい度胸あったよなぁ。それじゃ何か、その作りたい新しいアプリってのもC#でやろうってのか」

「い、いえ。正確にはUnityで作ろうと思って。でもまだ全然どんなジャンルのゲームにしようかというのも考えていないんです! だからつい、昨日も小川さん達に無為に怒ってしまって」

「ふーん……全く大した度胸じゃねぇか」

 私は少し安心した。どうやら部長はもうすっかり機嫌を直したようだ。加えてこう言った。

「私もゲームエンジンを使ってでのソフト開発は初めてなんだよ。どうだ、そのプロジェクト、私にも1枚噛ませろよ」


(今日の柚木さんとのチャット内容)
私:【悪い癖が12個あるヒロイン、って児童文学があるけど、その10倍くらい癖の強い人がうちのサークルにいたりもするよ】

柚木さん:【事情はよくわからないけど、例え120個の悪い癖があっても1ヶ月に1個ずつ良いところを増やしていけば10年でそれ以上に素敵な人になれるじゃないか】

 うーん、人生経験が豊富な人は言うことが違う!


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