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ゲームする人としない人がディスカッションしてみた(後編)

ゲームする人はなんでするんだろう?しない人はなんでしないんだろう?
そこそこ歴史はあっても未だに理解しにくい(されにくい)ゲームというものについて、異なる立場の方々を集めてディスカッションしてみたら学びしかなかったので、まとめてみた後編です。

前編はこちら。

参加者

B1さん:ゲームする度1
(まったくしない)

@ミケさん:ゲームする度2
(ゲームは好きだけど下手)

@Okudaさん:ゲームする度2
(年間で総プレイ時間1日程度)

M3さん:ゲームする度3
(子育てが落ち着いたのでボチボチ)

O3さん:ゲームする度3
(大人になってやや節制)

@YATさん:ゲームする度4
(ゲーム制作を学んだ経験もあり)

K4さん:ゲームする度4
(闘う系からほのぼの系まで)

@さくさん:ゲームする度5
(3歳からのヘビーゲーマー)

けんじ(司会進行):ゲームはもはや空気

ゲームをする/やめることになったきっかけは?

B1さん
(ゲームをやめることになったきっかけに対して)どなたかも言われてましたが、自分にとってもコミュニケーションツールみたいなところがあったと思っていて、中学校くらいまでは(家にゲーム機がなかったので)友達の家に行ってゲームして遊んでました。

多分ゲームをやめたのは高校生くらいのときで、もしかしたら携帯を持ったことによって、別のコミュニケーションツールを持ったからゲームが必要なくなったのか、もしくは、友達の家に行くということがあまりなくなったという環境の変化なのかな、と思いました。
明確に「やめよう」と思ってやめたわけではないですね。

けんじ
まあ確かに、大人になると友達の家に行ってゲームしようぜ、みたいなことはだんだんなくなりますよね(笑)

B1さんのゲームをやめるきっかけは、ゲームが別のコミュニケーションツールに置き換わったのではないか、というところと、一緒にプレイする環境がなくなったことを挙げておられました。これはゲーム=コミュニケーションと捉えると、誰しも起こり得ることなのかもしれません。

@ミケさん
(ゲームをやめることになったきっかけに対して)わたしは小さいときは家にゲーム機がなく、誰もしてなかったので自分もしてませんでした。そこから友達の家で遊ばせてもらったりはしたんですけど、マリオの最初のクリボーに倒されたり、バイオハザードの最初のゾンビ犬に食われたりしたので、「自分に向いてないんだな」という苦手意識を持ってしまったんだと思います。

なので、大人になって自分でゲーム機を買えるようになっても、「自分にはアクションゲームは無理なんだ」という食わず嫌いみたいなものはあるかもしれません。

けんじ
じゃあ、是非デビルメイクライ5をやってみてください。オートマチックアシストという機能があって、ボタンを適当に押してるだけで自動的に超スタイリッシュな技で敵を倒してくれるので、アクションが苦手な人でも楽しめるかもしれません。

@ミケさん
買います(笑)

B1さん
それちょっと感想聞きたいですね。簡単にできちゃって楽しいのか?

けんじ
そうそう。逆にゲーム上手い人からすると「そんな適当に押してるだけで倒せて楽しいの?」という感じなんですよ。だから人によりますね。アクションが苦手な人にとっては神機能だし、得意な人にとっては無駄な機能でしかないので。視点の違いが面白いですよね。
「下手だけどアクションゲームを楽しみたい」という要望はあると思ってます。

@ミケさんは、ゲーム機がなかったという環境と、アクションゲームで上手にプレイできなかった、という体験から苦手意識を持っていたということでした。今時のアクションゲームは割と初心者の方に優しい作りになっているので、是非体験して欲しいですね。NieR:Automataとかもアクション苦手な人はイージーモードプレイがおすすめです。

@Okudaさん
(ゲームをやめることになったきっかけに対して)ジャンルごとにだんだんやめていったんですね。

けんじ
ジャンルごと!?

@Okudaさん
もともとうちもゲーム機をあまり買ってもらえる環境ではなくて、周りがスーファミやってるときに、ようやくファミコン買ってもらえた、みたいな。
だからいいゲームをやるためには、友達の家に行かなくちゃいけないんですけど、それで友達の家で格ゲーとかをやるとボコボコにされるんですよ。当然向こうはホームだから。
で、全然面白くねーや、ってコミュニケーションゲームとしての格ゲーはもうしたくない、とやめて(笑)

次に一人でチクチクできるものとして、中古でファミコンのドラクエ4を買って、トータルで2年くらいやってたんですよ。けど、バックアップが壊れてるのか、レベル28になると(セーブデータが)消えるんですね(笑)
その法則を知るために3回くらいセーブデータ消して。これはレベル29にいけばいける、みたいな。
結局僕は、システムを把握しきることに喜びを得るようになって。小さなメダルを1マス1マス調べるとか。
けど、そういうことを突き詰め過ぎて、反動で何やってんだこれ?となってRPGをやらなくなりました。

その後は、パネキットとかカルネージハートとか、アストロノーカとか、システムをいかに把握するか?みたいなゲームをコツコツコツコツやってました。マインクラフトはModを作る側にまわって。システム熱が凄くあったんですけど、それらも時間がなくなってきてやめた、と。

その後に、周りが楽しそうにやってるんで何回か再挑戦しようと思ったんですが、マリオパーティーとかコミュニケーションのためのゲームとか、システムを把握することにあまり喜びを得られないし、ネットゲームなどは状況によってアップデートされるので、固定されたシステムを把握したいんだけど話が違うじゃないか、となってしまうんで、これはもう不毛だな、と(笑)

けんじ
@Okudaさんは、何やってもインタラクションデザイナーの@Okudaさんですね…

@Okudaさん
ゲームの攻略本は好きなんですよ。攻略本はシステムが自分で自由に想像できるから。
攻略本も出版社によって全然毛色が違っていて、僕はVジャンの攻略本が苦手で。編集部のコメントのノリがあまり合わない感じで・・

けんじ
マニアックな話になってきた(笑)ファミ通系は?

@Okudaさん
ファミ通系は結構好きなんですよ。あと双葉社が好きですね。
あと、ストーリー編、システム編って分かれてるやつは、間違いなくシステム編が好きですね(笑)

けんじ
攻略本は面白いですね。うちの子供がどうぶつの森の攻略本を持ってるんですけど、あれめちゃくちゃ分厚いんですよ。辞書みたいなやつ。
それを付箋貼りまくるくらい凄い読み込んでまして、それによって調べる力と記憶力が凄い養われているのを感じます。僕が「このアイテム誰からもらうっけ?」と言ったら、すぐ答えられる、みたいな。

@Okudaさん
今って時代的には、「調べ方を知っておく」みたいな感じで、知識ごとインストールすることって減ってきているのかな、と思っていて、でも即答できるってことは、ある種それに逆行しているようで面白いですね。

@さくさん
わたしも先日、子供と博物館に行く機会があったんですけど、昆虫標本とか凄い並んでいて、結構長い名前をペラペラと言うんです。学芸員さんも、最近小学生くらいで(昆虫の名前とか)分かる子供が多いんですよー、みたいなことを仰っていて。だいたい「どうぶつの森」に出てくる昆虫や花の名前だったりするみたいで(笑)

けんじ
昆虫とか魚の名前とか、やたら詳しくなりましたよね(笑)

B1さん
ゲームやってる人って、大人になってもそういうの結構記憶に残ってるんですかね?

けんじ
ゲームに関する記憶は結構覚えてたりしますね。ファイナルファンタジーのボスの倒し方(二刀流魔法剣サンダガみだれうち)とか。

@Okudaさん
ゲームって結構エピソードで覚えるから、そういうの覚えやすいんですよね。

@YATさん
ちょうどこの週末、友達が家に遊びに来て、Switchで「月華の剣士」をやったんですよ。
二人とも当時やってたはずなんですけど、技のコマンドを覚えてなくて、「この技ってどうやって出すんだっけ?」って二人で首傾げながらずっとやってました。忘れるものは忘れますね(笑)

@Okudaさんは、ゲームのシステムに対する凄い情熱があるのはよく伝わったんですが、それによって逆にその情熱が失われる様が聞いてて辛かったです… そういうやめ方もあるのか!?と思いました。

そして攻略本に対するマニアックな知識から、ゲーマーの記憶に関する話題に。エピソード記憶として残っているものはあるけど、ゲーマーが特別記憶力に優れている、というわけではなさそうでした(笑)

M3さん
(ゲームをすることになったきっかけに対して)年代がバレちゃうんですけど(笑)親がゲームしてたんですね。
で、親がしてたゲームが、テーブルテニスかな?どでかいコントローラーのつまみを回してテレビで遊ぶテーブルテニスみたいなやつが家にあったんですよ。それを家族でやってて。それから、夜「子供たち寝ろー」って言われて寝たあとに、親が一人で携帯(ゲームウォッチ?)のパックマンみたいなやつで遊んでるんですよ。「なんだよ、親ゲームしてんじゃん!」みたいな(笑)
そういうのを見て育って、わたしも思いきりファミコン世代で、ドラクエIIIが流行ってるときにちょうど小学生だったので、典型的なファミコンブームに乗っかって。そこからRPGにハマって、ファイナルファンタジーとかもやりつつ中高生世代を過ごしてきたので、よくあるRPGオタクみたいな感じでしたね。

M3さんは、小さい頃のご両親の影響でゲームを始めたということでした。
僕も小学生の頃に兄が買ってきたファミコンでゲームに出会ったんで、家庭環境で身近な人がゲームをやっていることがきっかけになったパターンは多そうです。

O3さん
(ゲームをすることになったきっかけに対して)僕も兄がきっかけでファミコンのスーパーマリオをやったのがきっかけでした。
自分で買うようになったのは、ドラクエとかFFとかRPG系で、土日とかずっとやっちゃうような遊び方をしてました。

その後一時やめるきっかけになったのが、奥さんのお腹の中に子供がいるときに、モンハンの狩りをするときの「ガシュッ!ガシュッ!」みたいな音を聞かせてたときに、「これじゃいかんな・・」と思って、ちょっとずつ離れていった感じですね(笑)

O3さんも、家庭環境でお兄さんの影響で始められたということでした。そして、お子さんが誕生することが一時やめるきっかけになったということで、家庭環境によってゲームを始めることもあれば、やめることもある、というのがよくわかりました。

@YATさん
(ゲームをすることになったきっかけに対して)父親がある日急にファミコンを買う、と言って、家にファミコンが来たんですね。
そのときスーパーマリオが出たときで、僕がテレビのCMを見て「あれが欲しい!」と言って買ってもらったんですよ。

だけど、最初のクリボーで死ぬんですよ。最初意味がわからなくて。「なぜ死ぬのか?」って。そのとき保育園児なので、説明書とかまだ読めないんでわからないままずっと毎日繰り返しやってて。ある日ジャンプできることを知るんですよ。で、ジャンプしたら進めることがわかって、今度穴に落ちて死ぬんですよ。Bダッシュ知らないから(笑)

で、そういうことをずっとやってると、自分ができることが増えてくるとゲームがクリアできるとわかって、そこからゲームにハマっていきました。

けんじ
徐々にシステムを学んでいく感じですね。

@YATさん
そうですね。自分が成長してシステムを理解していくと進めるから、「自分がわからないところをとにかく頑張ればいいんだ」って思って、ずっとやってました。

けんじ
システムを学んでいく、それが行き過ぎると@Okudaさんみたいになるんですかね(笑)

@YATさんは名言の宝庫でした(笑)
システムを学んでいくと先に進める、というのは確かにゲームの原点ともいうべきことかな、と思いました。僕の娘も幼稚園時代にマイクラをやらせたときは、自分の直下に穴を掘り続けて、世界の底まで行ってしまって投げ出していたんですが、小学生の頃には立派な家まで作れるようになっていたので、それもきっとシステムを学んだ結果なんでしょうね。

K4さん
(ゲームをすることになったきっかけに対して)自分もやっぱり家庭環境の父がきっかけでした。最初に父がやっていたのが、かなり昔の記憶で、白いネコが出てくる「どこでもいっしょ」というゲームで・・・

けんじ
wwwwwwwwwwwwwwwww(昔父がやっていた、という言葉にショックを受ける)

K4さん
それをやっているのを見て、僕と姉で「やらせてやらせて」って言うところから始まっていき、ずっと父が原因なんですけど、小学生に上がってくると、クラスでみんながゲームやってて。話題についていけないから、父に「みんなやってるから!」と言って買ってもらうんですけど、基本的に父のお下がりをずっと使わせてもらってました

小学校6年くらいの頃に父がPSPをやってて、「PSP欲しい!」って言ったら、「金をよこせ」って(笑)小学生にゲーム機売る気か!?と思って(笑)5,000円くらいであげるよ、って言われて5,000円渡してPSPもらいました。

そんな感じで、ずっと父がいました。自分の人生でゲームやり始めたのは、完全に父が原因です

K4さんは、清々しいくらいお父さんの影響でゲームを始められていて、微笑ましかったです(笑)そして、きっかけになったゲームタイトルでギャップを感じました…

@さくさん
(ゲームをすることになったきっかけに対して)わたしは3歳の終わりくらいから記憶が残っていて、そのときに友達の家でゲームを見て、目の前で起こっていることがよくわからなかったんですけど、「自分の意思で何かが操れる」って衝撃を受けました。

で、そこからずっと(ゲーム)をやっていたんですけど、小学校高学年くらいになると、やっぱりゲームを馬鹿にする風潮みたいなのが少なからず出てくるんですね。
わたしはゲームも好きだったんですが、馬鹿にされるのも嫌だな、というのがあり、中高生は一般の人の生活をしようという意識があり、部活に打ち込んでました。

そういう普通の生活も楽しんだ上で、「やっぱりゲームが好きだな」ということで戻って来て、そこから今までずっとやってるって感じですね。
僕はあえて(ゲームを)選んだんだ」と。

@さくさんは、3歳のときのゲームとの出会いが印象的でした。また、確かにいつの時代にもゲームに対するネガティブな風評というものはあるので、大っぴらにゲームが好き、とは言えない環境というのもまたあるのかもしれません。

けんじ
ゲームをする人は、やっぱりみんな結構若いときに家庭環境の影響でやり始めた、という人が多いですね。

A1さん
やってない勢もそうですね。(家族が)持ってなかった、というのがあると思います。

けんじ
じゃあ仮に家族のどなたかが持っていたら、やっていた可能性もある?

A1さん
かもしれないですね。

幼少の頃の家庭環境(家族がゲームをしていたか?)によって、後にゲームする人、しない人に分類される、という仮定も興味深いです。

ゲームは今後どうなると思う?

B1さん
ゲームやる人は、非現実的なものへの拡張性を求めているのかなと思っていて、僕はその逆で現実世界にゲームを呼び込みたいんですよ。昔あったSecond Lifeみたいに、現実とリンクして仮想空間で人生を歩むようなものに興味を持ったことがあります。結局やらなかったんですけど(笑)

例えば、家庭があるからチャレンジできない転職とか、そういうのに(ゲームで)挑戦できるようになったら面白いです。

米津玄師がFORTNITEに登場」や「Marshmelloがゲーム「Fortnite」内でバーチャルコンサートを実施」など、ゲーム内仮想空間での、現実を模したイベントやコミュニケーションは割と行われている印象ですが、もっと自分の人生にリンクしたものができると可能性は拡がりますよね。面白い!

@ミケさん
現実の感覚に近い形のインターフェース的なのが発達するのでは…?というかしてほしい!
実はゲームをしないと言いつつ、Oculus Quest2を買いまして。
VRをやってみたんですけど、感動してしまって。まだ手に感覚はないですけど、掴んでる感じはするし。これがもっと身体の感覚まで返ってくるようになると、わたしのようにボタンを押すのが遅い、みたいなコントローラの操作が苦手な人も自然にプレイできるようになるのかな、と思っています。

@ミケさんは、VRデバイスでの体験から、もっと現実の感覚に近付けて欲しいという希望でした。確かに、コントローラーを通すと上手く出力できない人も、身体を動かした感覚そのままのフィードバックを得ることができれば(且つアシスト機能もあれば)、苦手意識なく没入できそうです。

@Okudaさん
現実世界の僕らは、フォロワー数とか学歴とか給料とか、ほとんどパラメータ化されていて、あとはシステムさえあればそれをゲームとして捉えられるから、人間がインターネットを通じてゲーム化されていく、という方向性があるだろうなと思いました。

それから、インターフェイス的な感覚でいうと、@ミケさんが言われたような現実に近い形のインターフェイスとして、バーチャルリアリティの次に、リアルバーチャリティというか(笑)
例えば今ドローンレースってゴーグルとか被ってほとんどF-ZEROみたいな感じなんですけど、現実に起こっていて。
@Okudaさん
ゲームっぽいエフェクトとかシステムが現実にオーバーレイして
、リアルなんだけどゲーム感がある、みたいな。殴ったら衝撃波が飛んでいくみたいなインターフェイスが出そうだな、と思ったりします。

あとは、個人的な希望なんですが、僕の原点のドラクエIVのように、閉じたシステムの中の世界で物凄い遊べる、システムに溶け込む自分みたいなゲームも好きなので、世に開けたゲームや、現実をゲーム化していくこととは別に、そういう箱庭のゲームもピュアなエンターテインメントとして残って欲しいですね。

けんじ
昔ハマったゲームの世界をもう一度ハマってみたいという気持ちはありますか?

@Okudaさん
常にありますね。

@Okudaさんのゲーム的未来予想は、「現実(リアル)のゲーム化」をテーマにしていて面白かったです。技術的にはほとんどできているような気がするので、VRデバイスのワイヤレス化のようなブレイクスルーで一気に近未来に突入する、なんてこともあり得るかも。

そして一方でノスタルジックな閉じた世界でのエンターテインメントとしてのゲームも残って欲しいという感覚、めちゃくちゃわかります(笑)
僕もSF世界のようなゲームも楽しそうだけど、一人で没入する世界観も無くなって欲しくない、と思います。

M3さん
他の皆さんが言われたように、やっぱりVR系とかが発展してリアルに近くなってくると、今までゲームをしてこなかった人も、生活に関わるなんかしらの形で、特にゲームをやっているという感覚なしで自然にゲーム的なことをすることが増えるのかもしれない、と思いました。
特にゲームとは括られていないんだけど、ゲームする人から見ると「それってゲームの延長だよね」みたいなことがあるのかもしれません。

あとは、最近コロナ禍にあって人と会えないことが凄い増えたので、あつ森のように人と緩く繋がるようなゲームが増えるのかもしれないな、と感じました。

けんじ
確かに、自分の周りの小学生くらいの子供たちも、学校行く前にFORTNITEで朝練してから行く、みたいなオンライン上の繋がりが当たり前になってきているのを感じます。

M3さん
放課後の遊びもほとんど会えなくなってるんで、Switchで集まる、というのが増えましたね。

M3さんの言われるような「人と緩く繋がるゲーム」というのは、このご時世でその傾向が増えているのは確かに感じます。

特に自分の自由なスマホを持たない子供たちにとっては、ゲーミングデバイスは最も身近にあるインターネットに繋がる端末なので、親や身近な大人による良識あるゾーニングとリテラシーの強化も必要のような気もします。

O3さん
ハードウェアとしてゲーム機がどこに行くか?というよりは、職場のOJPとか学校教育とかで、ゲーム的に何かを学べる、何かジョブを達成して成果を得る、というような活用ができたら良いな、と思います。
最初の学ぶ大変さというネガティブな部分に、ゲーム持っている「楽しい」というポジティブな面を取り入れることができないかな、という思いはあります。

けんじ
遊びながら学べる、というのはゲームの一つのメリットでもあるので、そこが教育に広がっていくと良いのかもしれませんね。

O3さん
小学校のプログラミング教育とか、割とゲーム感覚的に取り入れてるところがあるので、その辺は良い傾向かな、と思います。

O3さんは、ゲームで学べるという可能性について。子供のなりたい職業に「ゲームクリエイター」が上位に入るくらいなので、教育に対するゲーム的アプローチはもっと増えても良いかもしれません。大人も(笑)

@YATさん
Switchのマリオカートでラジコンを動かすやつ出たじゃないですか。
あれは(カメラを通した)画面上だけ(ARで)敵キャラとか走ってるんだけど、画面上だけじゃなくて現実に3Dグラフィックが目に見えてて、それをみんなでワイワイ動かして競う、みたいなことが出るんじゃないかな、と思っています。出たら欲しいな、と思います(笑)

けんじ
あのラジコンを使った現実世界との融合はよくできてましたよね。面白いコンセプトだと思いました。

O3さん
うちも買うか!って話ありましたけど、家がそんなに広くないねって・・・
おばあちゃん家とかじゃないとできないねって・・(笑)

けんじ
体育館とか借りてやりたいですね(笑)

@YATさんは、ARゲームの進化として、画面を通さなくても現実にオブジェクトを表示させて楽しむ未来を語っていました。とても楽しそうですが、個人で楽しむには物理的なプレイ空間の問題が出てきそうでした(笑)

K4さん
ポケモンGOや、ドラクエウォークのように生活に溶け込み、現実と一体化するような物になっていくと思います。
具体的には、Gateboxのデカイ版みたいな、特定の空間の中で実物大のキャラクターを表示でき、プレイヤーと一緒に会話とかできると良いな、という願望です(笑)

けんじ
ちなみに、実物大のキャラクターと会話できるなら、どのキャラクターと会話したいですか?

K4さん
一回峰不二子が見てみたいですね(笑)

K4さんは、@YATさんと同じく現実空間でのゲーム的キャラクターの具現化についての願望でした。いわゆるホログラフィーの分野はまだ発展途中の印象なので、ゲームなどのエンターテインメント分野との融合も気になるところですね。

@さくさん
僕はゲームをするのが良いとか、しないのが良いのかとかは考えなくて、やる人はやる、やらない人はやらないまま、老若男女問わず、一部の人の趣味として続いていくと思います。
ゲーム自体がまったく姿を消すことはないんじゃないかな・・

@Okudaさんもおっしゃっていましたが、僕もノスタルジーのようなものは感じるので、オンラインとかコミュニケーションや現実への拡張性とは別に、限られた空間やコンテンツの中でいかにやりこむか?みたいなゲームも残るんじゃないかな、と思います。

フルダイブ型VRもできたら良いな、とは思いますが、あまり現実的ではないかな・・

ゲームは今後どうなると思う?という質問では、ゲームをやらない人もする人も、「テクノロジーの進化と共にある」というところでほぼほぼ共通していたんじゃないかと思いました。
M3さんの言われた、「ゲームをやっているという感覚なしで自然にゲーム的なことをする」という言葉が印象的で、今は子供でも当たり前のようにオンラインゲームで世界中の人と繋がってゲームをプレイしているのも、一昔前は考えられない状態だったので、ネットワークやテクノロジーの進化によって、より一層ゲームが現実世界に馴染み、いわゆる「ゲームらしさ」というものはどんどん薄れていくような気がします。

ただ、一方でノスタルジックな「ゲームプレイ」というものも残ってくれたら良いな、とも思います。

e-Sportsについて一言

B1さん
そもそもあれがスポーツというのが分からないのですが、他のスポーツに比べて、開発元に委ねる部分が多くて大変そうな気がします。
例えばバスケのルールは一回覚えたら変わらないんですが、これがゲームだったらアップデートされたり新しいソフトが出たりすると変わってくるわけですよね?
それは選手も大変だろうし、見る側にもそれを求められるのは、競技としてはハードルが高いな、と思いました。何もしない人からすると「そこまでして見たくないな」と思ってしまいます。

けんじ
実は僕もすごく同意で、リアルスポーツの中だと、その道の第一人者のような人は、引退したら解説者や指導者のように、ずっとその道にい続けられると思います。バスケや野球というものはなくならないでしょうし。
だけど、e-Sportsの中の特定のゲームタイトルが流行らなくなったら、今までそのゲームをやり込んでいた人がついていけなくなったり、最悪選手生命が終わってしまうこともあり得るように思えて、スポーツと呼ぶにはリスクが高いというか、スポーツとしてのジャンルではなく、ゲームタイトルに依存する部分が大き過ぎるように感じています。

@YATさん
プロゲーマーやる側までいくと、例えば格闘ゲームでコンマ1秒早かったらコンボが繋がる、みたいな感覚でゲームをしだすんですよ。そうなってくると、そこまでやり込んでるゲームで大会とかあったらもっと特訓してゲームができるんだけど、逆にプロゲーマーではない人って、仕事が終わってから趣味でやるしかないじゃないですか。それがプロゲーマーになることで、そこに突き詰めて好きなことに集中してゲームをやることができるようになるんですよ。

僕が期待しているのはそこで。
「他のことはできないけど、ゲームなら誰にも負けない」というような、ゲームに対して特化している人ってやっぱり世の中にいるんですよ。これまでだったらプロゲーマーというのがなくて、ゲームがどれだけできても、やっぱり「仕事」ではなくて「遊び」だからそこまでしても意味ないよね?って言われていたのが、プロゲーマーというのが出てきたことで大きく観点が変わったんですね。
だから僕のような元々格ゲーやってた人間からすると、この世界はもっと拡がって欲しいし、一般化して欲しい、というのがあります。

一般の人が(観客として)目を向けるって、ルールとかもあるんだけど、例えばアイドルのような人がいたら(歌の知識がなくても)応援するじゃないですか。e-Sportsでもそういう人が出てきて、一般の人がもっと目を向けるようになって欲しいな、と思います。
そうなっていけばいくほどお金が発生すれば、メーカーの人やe-Sportsの選手だって潤うし、アップデートやゲームタイトルの入れ替わりがあったとしても、プロゲーマーの人たちって基本的に面白ければやると思うんですよね。
そこはどっちにしてもメーカーが頑張るとこじゃないですか。
売るために面白いゲームを出すって、買う側からしても良いことだから、それが活性化すれば良い流れですし。
e-Sportsはもっと盛り上がって欲しいな、と思います。

@さくさん
法的な問題もあって、日本だとちょっと盛り上がりに欠けるとこがありますね。僕も応援してるチームがあったり、友達の友達がプロゲーマーになってたり、割と(e-Sportsを)身近に感じてるほうの人間だと思うんですが、それでも先ほど言われたような、セカンドキャリアどうする?とか、コンテンツが変わったらどうする?とかの疑問は感じます。
ルール変更に関してはあまり問題じゃないと思っていて、バスケやバレーとかのリアルスポーツでも、ここ何十年で細かいルール変更はありますし。

けんじ
皆さん、いくつかの問題点は感じつつも、基本的には「盛り上がって欲しい」というポジティブな思考ではあると思いますが、例えば自分の子供から「プロゲーマーになりたい」と言われたときに、自分は果たして賛成できるのか?という疑問はありますね。。

@さくさん
そうですね。盲目的にはなかなか勧めにくいですね。
これは多分YouTuberになりたいとか、芸能人になりたいとかと一緒だと思うんですけど、そこは多分それを目指すとしても、別の生き方もできるようにしとくのが親の責任なのかな、と思ってます(笑)
大学をしっかり卒業しながらプロとしてやってる人もいるので・・

けんじ
リアルスポーツもそうだと思うんですが、遊び半分で登り詰められるほど甘い世界じゃないだろうな、とは感じますね。

@さくさん
そういう意味では、僕は「e-Sports」という名称がダメなんじゃないのかな?と思っています。
劣等感というか、「ゲーム」は「スポーツ」くらい素晴らしいものなんだよ、と無意識に下に置いてないかな、と。
やるやらないとか好き嫌いはあると思うんですけど、「スポーツは素晴らしい」これは多分ゲームやる人も皆思ってると思うんですよ。変に「スポーツ」と付けてしまったことで、ゲームが嫌いな人からも反感を買うし、一般化しない理由なんじゃないかな、と思ってしまいます。
スポーツが本当に好きな人からすると、「一緒にしないでよ」みたいに感じると思うんですよ。
僕はそれもその通りだと思うんです。そもそも比較することが間違いで、将棋の羽生さんとか、スポーツやってる人でも「あの人は凄い人だ」と言うと思うんですよね。変に同じ土俵に乗せに行ったことで、双方から反感を買ってると感じます。

@Okuda
さん
今で言うと、YouTuberと芸能人の関係性が、e-Sportsとプロのアスリートの関係性を少し先取りしている気がしました。
YouTuberって、芸能界には行かなかったけど一芸に秀でてる才能ある人たちがやってるイメージだったけど、今では芸能界がYouTube業界に進出したことで、世間的にはあの○○(有名芸能人)がやってるんだったら、ちゃんとしたプラットフォームなんじゃない?みたいな感じもしてきて。

結局のところ面白い奴がやっぱり凄いよね、という本来の実力主義みたいになっているように、もう少しe-Sportsのプラットフォームが進むと、もしかしたら特定のスポーツを引退して、これまでだったら解説者や指導者の道しかなかったアスリートたちがe-Sports界に来て、若手プロゲーマーと対等に勝負ができてやっぱり凄いよ、みたいなことができると、業界の図面が変わって面白いですね。
スポーツとゲームのボーダーがだんだん曖昧になっていきながら、ルールの中で何かをするのが凄い、みたいに成熟していくのかな、という気がします。
今は急に「e-Sport」というものが出てきたら業界がハレーションを起こしているけど、時間の問題なのかな、って思ったりしました。
10年後には何か良い感じになってるんじゃないでしょうか(笑)

一言と言いつつ、ゲームしない人もする人も、それぞれの考えでかなりのディスカッションになりました(笑)
e-Sportsに関しては、まだ誕生して日も浅いので、これからいろんな意見が出てくるであろうとは思いますが、最後に@Okudaさんが言われたように、混沌としながら盛り上がっていけば良いと思いますし、その業界にいる身としては、少しでもそれに協力できればという思いです。

今後自分がゲームをすることがあると思いますか?

B1さん
元からそんなにゲームが嫌だったわけではないので、あると思います(笑)
ただ、ゲームをする人はどこか非現実的なものを求めていると感じたんですけど、自分はそれがまったくないので、逆にプロのボクサーがゲーム内のキャラクターと戦う、とか、プロ棋士がAIと戦う、みたいな現実に主軸を置いたイベントがあれば興味があります。

@ミケさん
(下手だけど)チャレンジはし続けると思います(笑)
やってみて「あぁ〜」みたいなことはあるかもしれませんが、ゲーム側の方からもちょっと歩み寄っていただけたら凄い嬉しいな、と思います。

@Okudaさん
わからないですね(笑)
やったら失望しちゃうかもしれないし、ハマり過ぎるかもしれないし。
怖いっていう気持ちもあるんですが、そういう永遠の憧れはこれからも同じ距離感なのかな、と思いつつ、e-Sportsが既存のスポーツと混ざっていくとか、現実世界への拡張などは楽しみに思います。

前編と合わせて2時間ちょっとという長時間のゲームする人としない人ディスカッションでしたが、ゲームをしない人の意見に凄く共感したり、逆にゲーマーの人の意見を新鮮に感じたり、「ゲームとは?」みたいな禅問答は、まさにプレイヤー、ノンプレイヤーの数だけ答えがあると実感しつつ、自分にとっても視野が拡がる面白い体験になりました。

ゲームする人としない人ディスカッション、興味ある方(特にゲームしない人)が増えたら、また第二回など開催できたら良いな、と思います。
参加してくれた皆さん、ありがとうございました!

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