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日本の勝算

  東洋経済オンラインの最新記事から、『日本人の「給料安すぎ問題」はこの理論で解ける』。ベストセラー「日本企業の勝算」の著者であるデービット・アトキンソン氏による寄稿です。

  アトキンソン氏は、一般にはあまり知られていない「Monopsony/モノプソニー」こそ、日本の産業構造の問題と賃金の議論にあたって最も重要な経済原則だといいます。もともと“売り手独占”を意味するMonopolyの対義語で、“買い手独占”という意味で使われていたそうですが、現在では「労働市場において企業の交渉力が強く、労働者の交渉力が弱いため、企業が労働力を安く買い叩ける状態」を説明するために使われることが多くなっているのだそうです。

  そして、日本で最低賃金の重要性がわからない人が多いのはMonopsonyを知らず、「労働市場は完全競争である」という従来の理論に固執してるからだといいます。
  「完全競争」にはさまざまな意味がありますが、あらゆる情報が労使双方に共有されていて労働者は少しでも条件がいい雇用先があれば即座にコストゼロで転職できるような状況を指し、このような状況では各企業の賃金は完全に横並びとなります。(企業と労働者は”完全に対等)

  この仮定のもとでは、賃金は需給によって決まるので最低賃金を引き上げるとその分だけ雇用が減る(最低賃金を引き上げると失業者が増える)ということになりますが実際にはそんなことはありません。そして“そんなことはない”度合いは労働供給の賃金弾力性という指標で測ることができます。いわば賃金を1%下げた(上げた)時に労働供給は何%減る(増える)か、という計算です。

  賃金弾力性が0に近くなればなるほどその業種のMonopsony、すなわち買い手の競争力が強く、大きくなるほど弱いとされています。

  従来の理論では、完全競争のもと労働の価格は常に適正であるとされ、低賃金で働いている人は「スキルがないから低賃金」なのでありその賃金を国がむりやり上げさせようとすると経営者はその人を解雇するということになります。

  これに対してMonopsonyとは労働市場が完全競争ではなく企業のほうが強いため、本来払うべき給料より低い給料で人を雇うことができる状況を指します。つまり低賃金なのは一種の「搾取の結果」であり、必ずしもその人が低スキルだからではないと考えるのだといいます。特に、一般的に労働市場では弱者と考えられている低学歴、女性、高齢者、外国人労働者、移動が難しい人などにはMonopsonyの力が強く働きます。とりわけ子どもを持った女性にMonopsonyの力が最も強く働いていることが世界中の研究で確認されているのだそうです。小さな子どもがいる女性は現実的に転職が難しく、企業はその足元を見ることができるため賃金が相対的に低く抑えられるというのです。

  そして先進国では近年、産業構造の変化によってMonopsonyの力が強くなっていると分析されていて、その原因は過去数十年間、労働組合の機能が低下してきたことにあると分析されています。企業の規模が小さくなりやすいサービス業が発達し、全産業に占める製造業の割合が低下すると、労働組合加入率が低下してMonopsonyの力が強くなるのです。

このように、過去数十年間でMonopsonyの力が強くなり、労働者の交渉力が弱くなったことが先進国で労働分配率が下がった原因だと筆者はいいます。


  筆者は結論として、日本で根強い「最低賃金を引き上げると失業者が増える」という盲信をデータを使って否定した上で、データ分析に基づいてMonopsonyの力を測り、その範囲内で適切に最低賃金を引き上げていくと同時に、中小企業の統廃合を進めて規模を拡大し、産業構造を強化するべきだと述べています。

  このほか、アトキンソン氏の著書では、国内企業の99%を占める中小企業の生産性を高める方策として、統合や輸出の強化などが提言されています。

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