カレル・チャペック『白い病』(第1幕第2場)


 第2場
 枢密顧問官、ジーゲリウス教授の執務室

枢密顧問官 ……失礼、記者の方。三分しか時間がないんだ。患者が待っているんだ! で、質問は?

記者 顧問官、わが社は、しかるべき方の言葉を読者に伝えたいのです。

枢密顧問官 白い病、ペイピン病のことだろ、わかっている。嫌というほどの記事が出回っている。だが、どこも素人の見解ばかり。病気のことは医師に任せておくべきだ。新聞で取り上げると、読者の大半は、すぐに自分にそういう徴候がないか気にしはじめる、そうだろ?

記者 そうです、ですが、私どもの新聞は読者に安心を与えたいのです――

枢密顧問官 安心? どうやって、安心を与えるっていうんだね?――いいかね、これは……とても深刻な病気なんだ、しかも雪崩のように広がっている――もちろん、世界中の大学病院が懸命に仕事をしている、だが――(肩をすくめる)目下のところ、我々の学問は無力なのだ。徴候が見受けられたら、かかりつけの医者を訪れるようにと書いておきなさい。以上。

記者 そのあとの医者の対応は?

枢密顧問官 ――処方箋を書く。貧しい人にはパーマグネイトを、金持ちにはペルーの軟膏を処方する。

記者 これは役に立つんですか?

枢密顧問官 ああ、傷が開いて悪臭を放つとき、臭い消しには役立つ。これは、この病気の第二段階だ。

記者 第三段階になったら?

枢密顧問官 モルフィネだよ、君。モルフィネ以外にはない。それで十分だろう? ひどい病気なんだから?

記者 この病気の……感染力は強いのでしょうか?

枢密顧問官 (講義の口調で)捉え方次第だ。病原体の細菌がどういうものかまだわかっていない。ただ、とてつもないスピードで広がっていることだけは確かだ。それから動物への感染はなく、人間でも、少なくとも若い世代への感染もないこともわかっている。これについては、東京の広田博士がみずから被験者になって証明している。私たちは戦闘の最中にある、君、戦闘だ、だが、これは未知なる敵との戦闘だ。記事にしてもらってもいいが、我々の大学病院で研究を開始して三年になる。相当な数の学術論文も発表し、専門誌で相当数の引用もなされている。――(呼び鈴を鳴らす)だが、まだよくわかっていないのだ――残念だが、三分しか時間はない。

看護婦 (中に入ってくる)顧問官、失礼します――

枢密顧問官 こちらの記者さんに当院の刊行物を。

看護婦 わかりました。

枢密顧問官 その論文を記事にしてもかまわない。我々がペイピン病と格闘している様子を知れば、読者も安心するだろう。実は、我々はこの病気をハンセン病とは呼んでいない。ハンセン病というのは皮膚の病だが、今回の病気は純粋に体内の病だ。皮膚科の同僚たちにもこの病気を語る権利があるようだが、それはまた別の話だ。この病気は、疥癬などではない。ハンセン病ではないと書いて、読者を安心させたまえ。ハンセン病とこの病気を一緒にするなんてありえんとね。

記者 この病気は……ハンセン病よりも重篤な病気なんでしょうか?

枢密顧問官 言わずもがなだ。はるかに重篤で、はるかに興味深い。ハンセン病と同じなのは初めの徴候だけ。皮膚に小さな白い斑点ができるが、大理石のように冷たく、そこの感覚は麻痺している――いわゆる、大理石のような白斑、マクラ・マルモレアだ。それゆえ〈白い病〉とも呼ばれる。だが、その後の経過は独特なもので、ほかの普通のハンセン病とはまったく異なっている。我々は、チェン氏病、つまりモルブス・チェンギと読んでいる。シャルコーのもとで研修医を勤めていたチェン博士は、ペイピンの病院で症例を初めて記録した人物だ。優れた研究だ。私は、1923年にはこの本を書評で取り上げている。当時はまだチェン氏病がいつの日か、パンデミックになるとは誰も予測していなかったんだ。

記者 え、何ですか?

枢密顧問官 パンデミックだ。雪崩のように世界中で流行する病気のこと。いいかね、中国では毎年のように興味深い新しい病気が誕生している。おそらく貧困がその一因だろう。だが、チェン氏病ほどの威力があるものは、これまでなかった。新しい病気だ。ゆうに五百万人が亡くなり、一千二百万人が罹患し、すくなくともその三倍の数の人が、レンズ豆ぐらいの大きさの大理石のような、感覚のない斑点ができているのを知らずに世界中を駆けずり回っているだろう――しかも、この病気の症例が我が国で見られてから、まだ三年と経っていない! そう、ヨーロッパ初の症例は、この病院なんだ。君、誇りを思っていいぞ。チェン氏病のある症状は、ジーゲリウス症状と呼ばれている。

記者 (書きながら)顧問官、ジーゲリウス教授の名字を冠した症状ですか?

枢密顧問官 そうだ、ジーゲリウス症状だ。ご存じの通り、我々は懸命に取り組んでいる。確実に言えるのは、チェン氏病に感染するのは、45歳、もしくは50歳以上の人間に限られているということ。一般的な身体組織の変化、いわゆる老化がこの病気に好ましい条件をもたらすのだろう。――

記者 それは、たいへん興味深い。

枢密顧問官 そう思うかい? 君は何歳だね?

記者 30です。

枢密顧問官 なるほど。もうすこし年齢が上なら「興味深い」とは思わないだろう。それからもう一つ確実に言えるのが、初めの兆候から好ましくない予後があるということ。三ないし五ヶ月後に、多くの患者が全身の敗血症により死亡にいたる。私の、それから我々の大学病院の見解によれば、ちなみに、当院は私の義理の父である偉大なるリリエンタールの名を冠している、このことも書いておくといい、リリエンタール古典学派の見解では、チェン氏病は、目下のところ未知の病原体が引き起こす感染症であり、素因は身体老化の初期徴候によって形成される。疾患の症状と経過については省略してよかろう。あまり美しいものではないから。治療は――セダティヴァ・タントゥム・プラエスクリベレ・オポルテト。

記者 どういう意味ですか?

枢密顧問官 省略して結構、君。医者にしか通じない言葉だ。偉大なるリリエンタールの古典的処方箋だ。偉大な医師であられた! 今日、存命でいらっしゃれば!――まだ質問はあるかね? あと三分しかない。

記者 顧問官、読者がいちばん知りたいのは、この病気の予防法です――

枢密顧問官 ん? なに? 予防? それは無理な話だ! ぜったいに無理だ(すっくと立つ)いいかね、私たちは皆、死ぬ。40歳を過ぎた者は誰もがそういう定めなんだ。――愚かな30歳の君には、どうでもいいことだろうが! だが私たちは、人生のピークにあるというのに――さあ、こっちに来て! 私の身体に何かないかね? 顔に白い斑点がないか? え? まだない? そうか、私はね、毎日、日に十回は鏡を見ている――そう、君の新聞の読者は、生きたまま進行する腐食の予防法を知りたがっている。そうだろう。この私だって、知りたいのだからね。(腰をかけ、両手で頭を抱え込む)人類の学問がこれほど無力であるとは!記者 顧問官、最後に何か人々を励ます言葉をいただけないでしょうか?
枢密顧問官 そう。では……では、こう書きなさい……ただ、この病を受け入れるしかないと。

 (電話が鳴る)

枢密顧問官 (受話器を持ち上げる)もしもし……そうだ。――何?――誰とも面会しないのはわかっているだろう。――医師? 名前は?――ふむ、ガレーン博士。紹介状を持っているのか? ない? いったい何の用だ?――学術的な案件だと! 第二助手にでも対応させておけ。私には学問に割く時間はない。――五回目の訪問だと、なら、こちらに通しなさい。でも、三分しか時間はないと念を押して。そう。(受話器を置き、立ち上がる)こんな具合だ。こうやって学問に没頭するというわけだ!

記者 顧問官、貴重なお時間を頂戴いたしまして、ありがとうございます――

枢密顧問官 いや、かまわない。学問と市民はたがいに手を取り合っていかなければならない。また何か必要になれば、訪ねてきなさい。(手を差し出す)

記者 心より御礼申し上げます、顧問官!(深くお辞儀して、その場を去る)

枢密顧問官 では!(デスクに腰掛ける)

 (ノックの音)

枢密顧問官(ペンを取り、何か書いている。少し間を置いて)どうぞ!

(ガレーン博士が入室し、戸惑った様子でドアの前に立っている)

枢密顧問官(何かを書いているが頭は上げない。しばらく間を置いてから)君、用件は何だ?

ガレーン博士(口ごもりながら)すいません、顧問官……お仕事の邪魔をするつもりはなかったのです……ガレーンと申します。

枢密顧問官(まだ何かを書いている)聞いている。何か用かね、ガレーン博士?

ガレーン博士 わたくしは……地域診療をしていまして、顧問官……とくに、貧しい方の診療をしています……そこで多くの症例を……観察することができまして……貧困層では……患者数が伸長しています……

枢密顧問官 なに? シンチョウ?

ガレーン博士 ええ、蔓延しています。

枢密顧問官 そうか。医師は回りくどい言い方をしてはならない。

ガレーン博士 ええ。とくにここのところ……〈白い病〉は蔓延しています――

枢密顧問官 モルブス・チェンギだよ、君。医療に従事する者は正確かつ簡潔に話さなければならない。

ガレーン博士 患者が生きながらすこしずつ腐敗していく姿を……見ているのは……しかも家族の目の前で……ひどい臭いを放ちながら……

枢密顧問官 匂い除去の方策を取らないといけないよ、君。

ガレーン博士 ええ、ですが、病人を救いたいのです! 何百もの事例を見てきました……目を覆いたくなるような事例も、顧問官……ですが、かれらの前で……私は何もできず……絶望に打ちひしがれ……

枢密顧問官 君、それはいけない。医者はいかなる時も絶望してはいけない。

ガレーン博士 ですが、それほどの脅威なのです、顧問官。私は自分に誓ったのです、このままではいけない……自分が無駄にならないよう何かをしなければと。この病気に関する文献はすべて目を通しました、ですが、顧問官……そこにはないのです、そこには……

枢密顧問官 何がないのかね?

ガレーン博士 あるべき治療法が。

枢密顧問官 (ペンを置く)君はそれを知っているのかね?

ガレーン博士 ええ。多分、知っています。

枢密顧問官 多分? チェン氏病についての独自の考えをお持ちということだな?

ガレーン博士 そうです。私なりの考えです。

枢密顧問官 それは結構、ガレーン博士。治療法が判明せずお手上げだと、人は空想する。よくあることだ。だが、私によれば、臨床医はすでに確立された治療法を用いるべきだ。患者は、まだ証明されていない君のアイデアの被験者となるのかね? そういうことをするのは大学病院だよ、君――

ガレーン博士 ですから、ここを訪れたのです――

枢密顧問官 まだ話は途中だ、ガレーン博士。ご存じの通り、私には三分間しかない。チェン氏病については、匂い除去の手立てを尽くすしかない――それから、モルヒネだ、まずはモルヒネだ。つまりはだ、私たちにできるのは痛みを和らげることぐらいだ。――少なくとも支払い能力のある患者に対してだが。以上だ。では失礼。(ペンを手に取る)

ガレーン博士 ですが、私は……顧問官……

枢密顧問官 まだ何か用かね?

ガレーン博士 ええ。私は〈白い病〉を治療できます。

枢密顧問官 (書きながら)そんなことを訴えてきたのは、君で十二人目だ。しかもその中には何人も医者がいたのだからね。

ガレーン博士 ですが、私はすでに臨床で実践しているのです……二、三百例ほど、ええ――それなりの結果も出しています――

枢密顧問官 快復率は?

ガレーン博士 六割ほど。あとの二割は確かではありません――

枢密顧問官 (ペンを置く)百パーセントと言っていたら、どこかの変物か、詐欺師として君をすぐに追い出していただろう。さて、どうする?――気持ちはよくわかる、君。チェン氏病の特効薬を発見することに、誰もがとりつかれている。名誉ばかりか、上流の顧客も保証され、ノーベル賞、それに大学でのポストも手にすることもできる、だろ? そうすれば君は、パスツール、コッホ、それにリリエンタールに並ぶ人物となる――だが、判断を間違っていることもある、何度失望させられたことか――

ガレーン博士 顧問官、こちらで私の臨床実験を行なってみたいのです。

枢密顧問官 この大学病院で? 寝ぼけたことを。君は――外国出身だね?

ガレーン博士 そうです。生まれはギリシャです。ペルガモン出身です。

枢密顧問官 そうかね。この国立リリエンタール大学病院は外国人の受け入れはできないのだ。

ガレーン博士 ですが、私は、ここで暮らしています……子供のころから。

枢密顧問官 断っておくが、いいかね、名誉教授リリエンタール博士は私の義理の父だ。もちろん、今はそういう時代じゃない。それは承知しているだろう。ガレーン君、偉大なるリリエンタールが自分の名を冠した大学病院で、町医者を受け入れるとは思えんね。失礼だが。

ガレーン博士 いえ、受け入れてくれるはずです、顧問官。以前、リリエンタール博士の助手をしていましたから――

枢密顧問官 (飛び上がって)君が!――どうして、そういうことをはじめに言わないんだ? まあ、座って――回りくどい話は後にしよう、ガレーン。義理の父の助手していたのか! 君の名前を聞いた覚えはないが!

ガレーン博士 (椅子の端に座り)博士は私のことを……ジェチナ、つまり童子と呼んでいましたから。

枢密顧問官 君が、あのジェチナか! ジェチナこそ一番弟子だとリリエンタールは話されていた!――どうして、義父のもとに残らなかったのかね?

ガレーン博士 色々とありまして、顧問官……結婚したかったのです……助手では家族を養っていけません、でしょう――

枢密顧問官 それは間違っている。学生にはつねづねこう言っている。学問をしたければ、結婚はするなと。つまり、結婚したければ、裕福になれと。私生活は学問の犠牲にしないといけないとね。――タバコは? ガレーン。

ガレーン博士 いえ、狭心症でして。

枢密顧問官 そうか、重くなければよいが。どれ、診察をしようか。

ガレーン博士 大丈夫です、顧問官、今は結構です。もしこちらの大学病院で……私の治療法を試すことができれば……数名、手のほどこしようがない患者を……

枢密顧問官 そういう症状の患者ばかりだ。だが、君の要望を叶えるのは難しい……こういうのが知られるのは困るのだ。でも、義父の大事な教え子でもある――いや、待て。君の治療法がどういうものか話してくれないか、それを我々が検討し、場合によっては臨床に回してもいいい。今のうちに、誰にも邪魔されないように手配しておこう――(電話に触れる)

ガレーン博士 大変申し訳ないのですが、顧問官……臨床で結果が出てからでないと……誰にも、〈白い病〉の治療法について話すことはできません。たいへん申し訳ありませんが。

枢密顧問官 私にもかね?

ガレーン博士 どなたにもです。ほんとうにだめなのです。

枢密顧問官 本気で言っているのかね?

ガレーン博士 本心です、顧問官。

枢密顧問官 では、どうしようもない。すまないが、ガレーン、そういうことは大学病院の規則に反することで、その上、何というか――

ガレーン博士 ――研究倫理に反するもの。承知しています。ですが、私にもそれなりの理由があります……

枢密顧問官 どんな?

ガレーン博士 顧問官、申し訳ありませんが……今はまだ、お話できません。

枢密顧問官 わかった、好きにするがいい。では、この話はそこまでだ。とはいえ、君と知り合えて嬉しく思う、ジェチナ博士。

ガレーン博士 お願いです、まだ話を聞いてください。どうか、大学病院で受け入れていただきたい、顧問官! そうすべきなんです!

枢密顧問官 どうして?

ガレーン博士 顧問官、この治療法については保証できます! 誓ってもかまいません! 再発した事例は一件もまだないのです……これは、他の医師たちの手紙です……それぞれの地域から、私のもとへ患者を送ってくるのです……貧困地区のことは、あまり知られていません。お願いです、ご覧になってください、顧問官……

枢密顧問官 見たいとは思わないね。

ガレーン博士 残念です……ここから出ていけ、ということですか?

枢密顧問官 (立ち上がる)そうだ。残念だが。

ガレーン博士 (ドアのところで振り返る)これほど脅威にさらされているというのに……顧問官、ご自身がこの病に……

枢密顧問官 なに?

ガレーン博士 いえ、もしかしたらか、いつの日か……ご自身も薬を必要とする時が訪れるかもしれません。

枢密顧問官 そういう発言は慎むべきだ、ガレーン!――(歩き回りながら)憎たらしい病だ、ったく、憎たらしいたりゃありゃしない。私も生きたまま腐っていきたくはない。

ガレーン博士 その場合でも、臭い除去でご対応いただけるのではないかと。

枢密顧問官 わかった!――手紙をよこして!

ガレーン博士 どうぞ、顧問官――

枢密顧問官(手紙を読む)さて(咳をする)ふむふむ――ストラデラ博士、これは私の教え子だね? 背が高い奴だろ?

ガレーン博士 そうです、顧問官。とても背が高い。

枢密顧問官(読み続ける)ったく!(頭を振る)いや、君――みんな、開業医じゃないか――いや、成果は出ているな!――いいかい、ガレーン、提案がある――この私が君の治療法を用いて、何人か試してみることもできる。だが、それ以上のことは難しいだろう?

ガレーン博士 いえ……たいへん光栄であるのは承知しているのですが……

枢密顧問官 ――自分で、この治療法を他の患者で臨床してみたい、か?

ガレーン博士 そうです、顧問官。こちらの大学病院で……私一人で試してみたいんです。

枢密顧問官 そのあとで発表をする、だろ?

ガレーン博士 ええ、ただ……ある条件の下で……

枢密顧問官 どういう条件だい?

ガレーン博士 ――それは後ほどお話しします、顧問官。

枢密顧問官(椅子に腰かける)結構。つまり、私の大学病院が君の治療法の有効性を確認する、だが、その治療法の取り扱いについては、君の専権事項にしておきたい。そういうことだね?

ガレーン博士 そうです、顧問官。つまり……

枢密顧問官 いや。もちろん、リリエンタール大学病院にこのような依頼をするのは、ガレー博士、厚かましいことこの上ない。今、私は、君を階段から突き落としたい気持ちに駆られている。だが、君の気持ちがわからなくもない。医師は誰だって、自分の工夫で一儲けしたい気持ちをもっている。だが、治療法を企業秘密とするのは、あるべき医師の態度とは言えない。そんなことをするのは、詐欺でいんちき医者の藪医者だけだ。何よりも、今まさに苦しんでいる人々に対して、人間としてあってはならない振る舞いじゃないかね、その上――

ガレーン博士 ですが、顧問官――

枢密顧問官 まあ、待って。その上、同僚の医師に対しても、失礼千万だ。皆、患者の治癒を望んでいる。それが仕事だからな。そうだ。君は、自分の治療法を個人的な収入源と捉えている。だが、私は、研究者として、医者として、人類に対する義務は何かをよくわきまえている。ガレーン博士、私たちの立場は根底から異なるようだ。失礼。(受話器を手にする)第一助手を呼んでくれ。そう、すぐに。(受話器を置く)医師のモラルがこれほど落ちぶれるとは、何たる醜聞か! 奇跡の医者が現れて、謎の治療法から金を絞り出そうとしたかと思うと、そればかりか、箔をつけるために、この大学病院で臨床をしたいと。何たる恥知らず。

 (ノックの音)

枢密顧問官 入れ!

第一助手(中に入る)顧問官、お呼びになりましたか……

枢密顧問官 そうだ。チェン氏病の患者は何号室にいる?

第一助手 ほとんどすべての部屋です、顧問官。二号室、四号室、五号室……

枢密顧問官 治療費を払えていないのは?第一助手 貧しい白病患者は、十三号室に集めています。

枢密顧問官 担当は?

第一助手 第二助手です、顧問官。

枢密顧問官 わかった。では、第二助手に伝えて欲しい、今日から、十三号室の患者の処方および治療は、こちらのガレーン博士が担当すると。同室の患者はすべて、彼の担当だ。

第一助手 顧問官、ですが――枢密顧問官 何だ? 何か言いたいことでもあるのか?

第一助手 いえ、顧問官。

枢密顧問官 そうか。てっきり異論でもあるかと思っていたよ。それから、ガレーン博士の治療に関して責任を負うことは一切ないと第二助手に伝えておくこと。これは、私からの依頼事項だ。

第一助手 承知しました、顧問官。

 (第一助手は退出する)

ガレーン博士 何と言ったらいいのか……顧問官……感謝してもしきれません。

枢密顧問官 必要ない。あくまで医学のためだ。学問の前では、ありとあらゆるものが優先される。たとえ強い嫌悪心を抱いていたとしても。すぐにでも十三号を見てかまわない。(電話を手にする)婦長、ガレーン博士を十三号室に案内してくれ。――(受話器を置く)それで、期間は?

ガレーン博士 六週間もあれば……足りるかと。

枢密顧問官 そうか? ガレーン博士、その間に魔法でも使ってくれるのかね? ではこれで。

ガレーン博士(ドアの方に下がる)顧問官……心から感謝いたします

枢密顧問官 幸運を!(ペンを取る)

 (ガレーン博士は困惑して部屋の外に出る)

枢密顧問官(ペンを放り投げる)この金亡者め!(立ち上がって、鏡の前に立ち、注意深く顔を眺める)いや、ないな。まだ、出てはいないな。

 幕

(c) Kenichi Abe


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