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久しぶりにウィキペディアで1日を潰してしまった。だけど、何かに活きると信じている。

僕はウィキペディア愛好家である。本当にもう、ウィキペディアを読むのが楽しくてしょうがない。知的ふざけコンテンツを作るのがめちゃくちゃ好きなのだが、それ以上に下調べの第一歩でウィキペディアを読んでいる時間が楽しくてしかたない。寄り道でいくらでも雑学を収集できて、一生使うことのない知識の海に溺れることができる。

以前、そんなブログも書いたことがある。

だけど、最近はやらないように気をつけていた。それなりに忙しくしており、たくさんあるタスクをほっぽり出してウィキペディアを読んでいたら、関係各所に迷惑をかけてしまうからだ。


そんな中で3日前、久しぶりにやってしまった。ひたすらにウィキペディアを読み続ける8時間を繰り広げてしまった。

だから、今日は自戒を込めてその記録を書こう。僕が8時間、ウィキペディアという広い海の中をさまよい溺れていくまでの記録だ。


始まりはいつも調べ物

午前11時、僕は自分が話し手を務めるゆるコンピュータ科学ラジオの台本準備をしていた。「オブジェクト指向」をテーマに1シリーズやろうと思ったので、下調べをしながら資料を集める。

オブジェクト指向について語るためには、プログラミング言語の歴史について軽く話す必要がある。いにしえのコンピュータ事情を調べようと思った。そこでたどり着いたのがこのページ。

「かつて存在したアメリカ合衆国のコンピュータ企業」である。こういうのがウィキペディアの楽しさだ。絶対に辞書には載ってない謎のまとめ、たまらない。内容を見ても諸行無常がたっぷり詰まっているページで、実にグッと来る。

テキトウにいくつかクリックしてみると、「経営者が急死した」とか「度々買収や組織再編を繰り返し、社名も度々変更された」とか、悲しすぎる話が次々に出てくる。ニヒルな気持ちになりたいときはこのページを眺めると良かろう。僕は自分の会社が倒産したらすぐにこれを全部読むと思う


……とまあこんな調子で、「ふーん、おもしろいな~」といくつか読んですぐに終わるはずだったのだが、圧倒的な当たりを発見してしまった。

それが、こちら。

「オズボーン・コンピュータ」である。聞いたこともないコンピュータメーカーだ。僕は「もしかしたらオジー・オズボーンと関係があるのかなぁ」と薄氷のような希望を持ちつつ、軽い気持ちでクリックした。

当然ながらオジー・オズボーンとは関係がなかったのだが、それより大きな収穫があった。この記事、「オズボーン効果」というめちゃくちゃおもしろそうな用語が出てくるのである。

Tipsだが、「○○効果」とか「○○現象」とかいうウィキペディアの記事は大体おもしろい。加えて、僕は「効果・現象野郎」を自称しており、効果と現象を個人的にたくさん収集しているので、見たことのない「オズボーン効果」には胸が踊った。この世のすべての効果・現象を自分の手中に収めたい。

そんなワケで、早速「オズボーン効果」を読んだ。

要約すると、「うちが将来出す新製品がめちゃくちゃイケてるぜ!」と言っちゃった結果、「じゃあ今ある製品は買わなくていいか」と顧客が思ってしまい、現行製品が売れなくなった(そして倒産した)という話。転じて「早すぎる新製品の発表が現行製品の販売不振を招くこと」を意味する。

現代を生きる我々にとっては、割と身近な現象だ。iPhoneやMacBookの買い時を探って新製品発表ニュースを待っている人も少なくない。そんな身近な現象だが、「それ、名前ついてたんだ!?しかもそんな大昔に!?」という驚きがある。こういう「身近だが名称があるとは思えない現象」をちゃんと押さえておくと、効果現象野郎として一歩先んじることができる。効果現象野郎ビギナーの皆さんも、ぜひ押さえておいてほしい。

あと、「オズボーン効果」の記事の中にある「その他の事例」もおもしろい。

1978年、ノーススター・コンピューター社は、現行製品の2倍の容量を実現できる新型フロッピー・ディスク・コントローラを現行製品と同じ価格帯で販売すると発表した。その結果現行製品の売上は急落し、同社の経営状態は倒産寸前のところまで悪化した

ウィキペディア「オズボーン効果」

めちゃくちゃかわいそうだ。


オジー・オズボーンに飛ぶ

さて、「オズボーン・コンピュータ」は創業者のアダム・オズボーンにちなんでおり、残念ながらオジー・オズボーンとは特に関係なさそうだった。

が、もしかして親戚だったりしないかなと一抹の希望を持って「オジー・オズボーン」のウィキペディアも見てみた。(こういうのが意外にバカにならない。ベネディクト液を発見した化学者のスタンリー・ベネディクトと『菊と刀』を書いた文化人類学者ルース・ベネディクトは夫婦である)

結果、恐らくこのオズボーンふたりは関係なさそうだったのだが、そんなことよりオジー・オズボーンのウィキペディアがおもしろすぎてどうでもよくなってしまった。


ずーっとうっすらおもしろいが、特におもしろいのはここ。見出しだけで大笑いできる。


ウィキペディア「オジー・オズボーン」


生きた鳩を食いちぎり事件」「コウモリ食いちぎり事件」である。そんな似たような事件を立て続けに起こすな

内容もすごい。何を言っているか、ひとつも理解できない。

当時マネージャーであったシャロンがオジーに鳩を飛び立たせるように渡したところ、朦朧としていたオジーは鳩の首を食いちぎってしまった

そうはならんやろ

どんなに酒だの薬だので朦朧としていたとしても、そうはならんやろ。「はい、セレモニーで飛ばしてくださいね」と渡された鳩をうっかり食いちぎることはないだろ。


あと、その後ろもすごい。

その後シャロンの家に戻った際に、ベースのルディ・サーゾの目の前でポケットに残っていたもう一匹の鳩までをも食いちぎった。

なんで????

1億歩譲って「朦朧としていたからうっかり鳩を食いちぎっちゃいました」は許容したとしても、「ポケットに鳩を入れておいて、後で食いちぎっちゃいました」は許容できない。何が何だかさっぱり分からない。


もう何度目か分からない「都市伝説」へ

オジー・オズボーンのページがあまりにも面白かったので満足しつつ、「いかんいかん。調べ物に戻らないと」と義務感に駆られて、ブラウザのタブを閉じる。

すると先ほどの「オズボーン効果」の記事が戻ってくる。実は、オズボーン効果は都市伝説に近いという旨の説明が目に入る。そう、オズボーン・コンピュータが倒産した原因は別にあり、新製品の発表によるものではないとも言われているらしい。

「なるほどなぁ。真実はいつも複雑だよな」などと思いながら「オズボーン効果」のタブも閉じようとするが、どうしても今度は都市伝説のリンクが気になってくる。思わずクリックした。

「都市伝説」のカテゴリはめちゃくちゃおもしろく、今まで何度も読んだことがある。気の向くままにいくつか読んでから満足して閉じる、というのがお決まりのルーティンだ。

「もう何度目か分からないな」と思いながら、気になるものをいくつかクリックする。今回、目を惹かれたのは「肉じゃが」。

肉じゃがのどこに都市伝説要素があるのだ、と思ったが、どうも肉じゃが誕生の由来が都市伝説らしい。「東郷平八郎が留学先で食べたビーフシチューを忘れられず、シェフに作らせた。シェフはワインやバターがなかったので醤油と砂糖で代用した」というよく知られた逸話はかなり怪しいようだ。都市伝説レベルの代物である。

これは、舞鶴の「まいづる肉じゃがまつり実行委員」による創作らしい。「舞鶴が肉じゃが発祥の地だから祭りをやっています」と言い張るため、つまり祭りの正当性を主張するために由来をでっち上げたようだ。厚かましいというか商魂たくましいというか、複雑な気持ちになる。そういえば、歴史上でも統治を正当化するためにしばしば物語が作られ、「私が皇帝だ」と言い張る人間が出現した。スケールの大小を問わず、人間はいつも正当化のために物語を作っている。

さらにすごいことに、広島県呉市も同じように「肉じゃが」で町おこしをしたくなったらしく、「東郷平八郎は呉市に赴任していた時期の方が早いので、こっちが肉じゃが発祥の地だよ」と言い始めたらしい。人が作った物語に便乗して自分も創作を始めた。厚かましい町が厚かましい町を踏み台にしている。

最終的に、舞鶴市も呉市も「舞鶴と呉の両方が発祥地だよ!」という説明をするように落ち着いたらしい。まさかの談合である。脛に傷を持つ者たちが、お互いにウソなのを知りつつ、お互いを肯定している。まるで核抑止論のようだ。どちらかが一度「お前ウソだろ」と言ってしまえば、あとはお互いに崩壊するしかない。だってどちらもウソなのだから。したがって、お互いに認め合う談合をするしかない。核抑止ならぬ肉じゃが抑止である。

僕は、肉じゃが一つに人間の業が見えた気がして、なんだかすごく楽しくなってきた。


そして始まる、下ネタ集め

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