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「好意を表明すること」だけで食っていた友人の話。人を好きになることは最も希少なスキルかもしれない。


インターネット芸人稼業をやっていると、異様な生計の立て方をしている人間をよく見る。

「ど田舎で生活コストを下げながら、月に数枚だけ絵を描いて売る」という映画のような生活をしている友人がいる。「憧れるなぁ。お金はなくても素敵な暮らしだなぁ」と思いながら「最近どんな絵を売ったの?」と聞いたら、某有名アーティストのCDジャケットの仕事で、想像より金額が2桁多かったのでビックリした。生活コスト下げなくてもええやんけ。タワマン住めるやん、と思った。

「人工知能コンサルタント」の肩書きで某有名企業から毎月100万の報酬をむしり取っていた知人は、いつの間にか消滅していた。彼がまともな人工知能の論文の話をしているところはついぞ見たことがない。バズワードに乗っかっただけのまがい物は、たいてい1年で消える。

数ヶ月前、NFT関連の会社を経営している人に「今NFTを振りかざしてる人って、8割ぐらい詐欺じゃないですか?」と失礼な質問をしたら、「いや、それは違いますよ」と言われた。怒られるかなと思ったら、「95%くらい詐欺です」と言われて大笑いした。当事者さえも認める圧倒的な詐欺比率。


そんな話を聞くたびに、「色々な生計の立て方があるなぁ」と感心する。世界は広いし、僕は世界のごく一部しか理解せずに死んでいく。20歳の頃は「なるべく世界を理解したい」と思っていたけれど、今はもう諦めている。世界は複雑怪奇すぎる。10億分の1だって理解することはできない。自分の目の届く範囲を見つめておもしろがることしかできない。


複雑怪奇な世界の中で、特に「複雑怪奇な生活だなぁ」と感じた人がいる。

彼女の仕事をなんと形容すればいいのかは分からなかった。ブロガーなのかライターなのかイラストレーターなのかイベンターなのかコワーキングスペース職員なのか、おそらくそのどれもが正しくない。表層だけを捉えた肩書きだ。

多分、彼女の仕事は「人に好意を表明すること」だったのではないかと思う。

そんな仕事があるのかは分からないけれど、少なくとも彼女はそれを仕事として成立させていた。自覚はなかったかもしれないけれど。


好意を表明することはすごく難しいことだ。

少なくとも、僕はずっとできなかった。中学生の頃に好きだった女性には思いを伝えずに終わったし、高校時代の親友の良いところをひとつも伝えないうちにいつの間にか疎遠になってしまった。

少しだけできるようになったのは、21歳のときだった。当時のバイト先や学生団体で、初めてチームビルディングのマネごとをやり始めたのをきっかけに、なんとか好意を伝える習慣ができ始めた。

「仕事とプライベートは別だ」という主張もあるけれど、僕はそれが正しいとは思わない。仕事をする上で学んだ「好意の伝え方」は、プライベートでも活きている。後輩の上手な褒め方を憶えてからは、明らかに生きやすくなった。


世の中、好意の表明がヘタな人ばっかりだ、と思う。

「この人はこういうところが素敵だな」と思っても、何も言わない人が多い。

普段は怒ってばっかりの上司が裏では褒めている、という昭和の頑固オヤジみたいな文化が続いていることが信じがたい。本人に言えばいいのに。


なぜみんな好意の表明がヘタなのか。単純である。「キモくなったらどうしよう」というリスクを考えるからだ。人に好意を伝えるのは割とキモくなるリスクがある。

だから、お喋りにある程度の自信がないと、好意の表明は難しいかもしれない。「○○さんの笑顔は、品があって素敵だよね」をサラッと言うのは難しい。冗談に寄せるのか、マジメに語るのか、相手との関係や親しさを考慮して適切に喋らなければいけない。コミュニケーション力とプレゼン力の総力戦だ。そういえば僕が好意の表明を身につけたのは、お喋りのトレーニングをした時期と一致している。関係があったのかもしれない。


そういうワケで、僕は好意の表明がそんなにヘタではないと自負している。だけど、特別に上手くもない。

僕にとって「好意の表明」は、後天的に身につけたスキルだ。必要に駆られて身につけざるを得なかった。留学や大学院進学の条件を満たすためのTOEICに似ている。身についたと言ってもそれは付け焼き刃である。とりあえずTOEICで750点を取った人間が英語を大して喋れないのと同様、僕も好意の表明が特別に上手いわけではない。


一方、彼女は最初からそれが抜群に上手かった。大して知りもしないのに、「○○さん、好きー」と、馴れ馴れしく接触できる。初めて話した瞬間から面食らった。特殊人材だと思った。多分先天的なものなのだろう。努力でどうこうではないような気がした。

「好意の表明の達人」は特殊スキルなので、彼女はそれで食えたのだ。僕のようにTOEIC750点レベルではなく、ネイティブレベルだったのだ。


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