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noteのフォロワーさんに会ってみた。1

 2年近く前になる話だけれど、僕が書いた小説について、ある欠点を指摘してくれた人がいた。

「新山くんの小説って、現代のアイテムが全くと言っていいくらい、出てこないよね」

 それは正しかった。僕の書く小説に出てくる人物たちは、愛の告白のために和歌を送るし、そこまで風流じゃない人も手紙を書く。日常的な連絡にはたいてい公衆電話を使う。(何時代やねん)

 どうしてそうなのかというと、僕自身が上記のような人間だったからだ。少なくとも、僕の初めての愛の告白(照れる)は”和歌”だった。それを、京都の老舗文房具屋”鳩居堂”で買った高級和紙に筆ペンで書きつけ(達筆である)、好きだった女の子に送り、、、もちろんフラれた。(「生まれてくる時代を間違えているよ、千年くらい」とその人は言った。「ありがとう 僕はあなたが 大好きだ」五七五)

 大学生になってスマホ(はじめ、それは不思議な形をした文鎮にしか見えなかった)を手に入れ、LINEアプリをインストールした後にも、僕は全くと言っていいほどSNSを使わなかった。電車の中でスマホ聖徳太子を見るたびに、「なんだか寂しいなぁ」と思い続けてきた。歩きスマホをする人を見ても、やっぱり悲しくなった。(これじゃ、ナンパすることも難しい)

 とまぁ、そんな僕が書く小説は、やっぱり、どこか20世紀前半のアメリカ小説くさい。(実際、その時代の小説が大好きだ。)

「もっと現代のことを書きなよ、これじゃ原始人だよ」とその人は僕に言った。
「必ずしも現代のアイテムを登場させることが、現代を書くことではない」と僕は反論したけれど、よくよく考えたら僕は、そうしたアイテムを「書けるけど、敢えて書かない」ではなく、「書けないから、書かない」

 だから、「せめて書けるようにはなろう!」ということで、SNSに本腰を入れてみることにしたわけです。

 様々なSNSにアカウント登録をして、同時並行的に手を出して回った。ツイッター、フェイスブック、ユーチューブ、インスタ、アメブロ、、、(TikTokはまだ。)

 努力のかいあって、僕はそれらのSNSの違いを、なんとなく感覚として掴めるようになった。

 やがて、僕はブログに本腰を入れることになる。その他のSNSはあまりに断片的だったり、映像や音声等に寄っているところが多かったので、小説の中に登場させるのは至難だったからだ。どうしても、臨場感が劣る。

 というわけで、アメブロに力を入れた。(ついでに、これまでに書いてきた小説を売ってみようと思い立った。いわゆるSEO対策を頑張って、自分のブログがgoogle検索の1ページ目に表示される所にまで持っていった。おかげで僕の小説は売れに売れて、、、作家として年収2000円を達成した。←ケタ、間違ってません)

 アメブロを始めるにあたっては、先達何人かに注目して、勝手に参考にさせていただいた。(僕はそれ以外にものを学ぶ方法を知らない。ありもしない知恵を絞るよりは、先人の真似をした方がいいと孔子様もおっしゃってる。)

 先達ブロガーさんたちの中でも、僕が特に参考にさせていただいたのはミモザさんだった。

 その理由はいくつもあるけれど、ここでは省略させていただこうと思う。

 ミモザさんは、アメブロの中でちょくちょくnoteを紹介されていた。そこで僕は初めてnoteなるものの存在を知ることになった。

 さっそく、覗きにいくと、UIのシンプルさがとても気に入った。なんというか、コンテンツだけが注目を浴びやすいような、そんな設計になっている。その中にある記事も、他のSNSと比較して、より文章に重きをおいているのが気に入った。そこにいる人たちの多くは”文章”にプライドを持ち、それで勝負している。(少なくとも、そんな気がする)

 そこで、僕はアメブロからnoteに、ほぼ完全に転向したわけです。

 さて、ここで私の当初の目的を思い出していただきたいです。

 私はそもそも、自分の書く時代おくれ小説(時代小説ではありません)に現代的なアイテムを登場させたかったのであります。できれば、私も現代人になりたい。

 そこで、”noteのようなSNSを扱う人間”を小説の中に登場させたく、、、実際に何人か(と言っても二人だけだけれど)お会いさせていただいたわけです。一人は女性(ミモザさん)もう一人は男性(その人のアカウントがもう無くなってしまっているので、名前はK氏ということにさせていただく)。

 その二人については、また次の記事にて書かせていただこうと思います。


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