遠藤謙
世界最速の義足
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世界最速の義足

遠藤謙

世界最速の義足

 このトップの画像は2014年の時に作成した企画書の1ページ目だ。これまで順調だねとよく言われるが、そんなことはなく壁にぶつかりながらなんとか今まで生きながらえてきた。

 2012年、博士課程を終えソニーCSLという研究所の研究員になってから始めようと考えていたプロジェクトの一つが世界最速の義足づくりだった。2012年はロンドンオリンピックに歴史上初めて義足のランナーが出場した年だ。私は義足ランナーはいずれオリンピックチャンピオンを追い越すのではと2008年の頃から予感していた。

 2014年、スポーツ用義足や関連技術の開発、選手サポートをする会社Xiborgを創業した。会社の名前は創業メンバーで色々と議論したが、一番最初に同じ創業者の為末大が
「障害とか福祉のイメージじゃなくて、未来っぽい感じで、みんなが知っているような名前がいいね、サイボーグとか」
といった一言が最終的には会社の名前になった。

起業する時に社名を決める時に作ったマインドマップ
Xiborg創業当時のスライド

サイボーグのスペルは正しくはCyborgだが、これだと流石にgoogleでの検索で会社が出てこなさそうだったので、Xiborgというスペルを採用した。これは「人を超越したボーグ」を意味するものだ。

そして、世界最速への挑戦が始まった。当初はアメリカから帰ってきた業界では全く無名のエンジニアの話を聞いてくれる人はほとんどいなかった。そんな中、佐藤圭太選手、春田純選手、池田樹生選手、義肢装具士の沖野敦郎氏を中心にスポーツ用義足の開発を始めた。何の実績もない、当時どうなるかもわからないような無謀なプロジェクトに参加してくれた彼らにはいまだに頭は上がらない。そんな選手たちの走り方を見ながら、どのようにしたら速く走ることができるようになるかという目標に向かい、選手本人、コーチ、義肢装具士、エンジニア、研究者などを含むチーム全体が議論を重ねた。最初は数名のチームが、東レなどのパートナー企業が現れ、大きなチームになっていった。起業してから2年後、佐藤圭太がリオパラリンピックでXiborgの義足を使って100mを走り、当時のアジア記録を更新した。

その後、アメリカのJarryd Wallace選手と契約をし2017年からXiborgは選手たちと一緒に海外選手とも交流をするようになった。彼は2017年の世界パラ陸上の100mで銅メダル、200mで金メダルと名目上では世界最速という一つの目標を達成することができた。

小さいスタートアップでメンバーも片手で数えられる少数精鋭のチームだが、プロジェクトはグローバルに広がり始め、Xiborg初のヨーロッパ、そして女性のアスリート、キンバリーアルケマデ選手のサポートも始まり、ついに2021年の東京パラリンピックを迎えた。ここでジャリッドウォレス 選手とキンバリー選手が出場し、それぞれ200mで銅メダルを獲得した。

東京では世界最速とまではいかなかったものの、選手たちは素晴らしい成果を出してくれた。残念ながら出場できなかった選手も彼らがいなかったら、ここまで走れるスポーツ用義足を作ることはできなかった。ここに感謝の意を表したい。

 一方で2015年からずっと気になっている選手がいた。リチャードブラウンだ。彼は2015年の世界パラ陸上で10.61という驚異的な世界記録を出し、渋谷で行われたストリート陸上Shibuya City Gamesで2連覇してから、世界から姿を消した。
 その彼が2021年の秋口に急にXiborgの義足を購入したいという連絡があった。彼の話によると、2018年引退してから、刑務所に入り、ホームレスも経験し、双極性障害という診断を受けた後、メンタルヘルスサポートを受け、練習環境が整ったので競技を開始したという、なんとも波乱万丈な数年を過ごしていた。私自身、2015年の彼の走りには衝撃をうけ、走りのテクニックやフィジカルにおいて最も義足アスリートとして恵まれている選手だと感じていた。なので、この才能が消えてしまわないようにまずは楽しく走って欲しいと思い、手元に余っているスポーツ用義足を送った。その後、彼のinstagramから地元のレースに出場したり、十種競技にも取り組んでいることは伝わってきたが、実際どれくらいの走りができるのかは正直彼の投稿からはわからなかった。そんな彼が6月18日の全米パラ選手権に出場して世界記録を出すと公言してきた。もともとビッグマウスなところもあり、またいつ走ることをやめてしまうかわからない彼なので、まずはレースに出場してレースを楽しんで欲しいと思い、Good Luckとだけ伝えた。そのやりとりを見ていた佐藤圭太選手は「彼が勝つと思いますよ」と言っていたが、私は正直そこまで走りが戻っているかどうかは疑問だった。

レースはライブ配信がなく、ウェブサイトで結果だけがリアルタイムで表示されていたので、レースの時間にそのウェブサイトを更新して結果を待っていた。そんな時怪我でレースを棄権してたジャリッドウォレスからメッセージが送られてきた。

Richard just broke the WR in the Xiborg blade - 10.53.
Looked so good.

目を疑った。レースに勝つならまだしも自身の世界記録を更新していたのだ。一緒に送られてきた動画には彼の抜群に仕上がった走りを見ることができたのだ

彼は7月初旬に十種競技の大会にも出場することになっている。義足のアスリートが世界レベルの十種競技の大会に挑むことのすごさをなかなか伝えることは難しいが、間違いなく歴史上初めてのことなのではないか。

選手たちやチームの頑張りもあり、これまでに我々はいくつかの”世界最速”の走りをサポートすることができた。だが本当の世界最速はウサインボルト選手の9.58。これに手が届いた時、きっと障害者に対する我々の認識がまた一つ変わると信じている。

こんなことをまとめた子供向けの本が今月出版されます。これまでいくつかの出版の話はいただいたことはありますが、出版に至ったのは初めてです。もし、このような一エンジニアが仲間たちと一緒に世界最速を目指す話に少しでもご興味あれば、ぜひ手にとってみてください。

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遠藤謙
ただのエンジニア